最初の合格者
他の食通達も味わう。
「んん~♡何かしら、普通の肉とは違うけど、美味しいわね!」
「……うむ。たしかにうまい!」
シイダもベレリも、料理に舌鼓を打つ。しかし、吉仲はこの料理のポイントは肉じゃない気がした。
「ああ、たしかに、肉の風味が違うな。……なんだろう、内臓の旨味を引き立てるような味だ」
「……そうですね、このレバーが格別です!」
吉仲の言葉にマルチェリテが反応する。吉仲は調理台の上の蛇を見た。
「活け締めか。蛇の頭があったのもそれが原因か?」
何気なく呟いた一言に、マルチェリテの隣の食通、ガテイユが椅子の音を響かせ立ち上がった。
「そう、問題はそれだ!蛇は首を落とすのが定石のはず、なぜ首が残っている!」
「おおっと!都の偉大な料理人、ガテイユがイサに噛み付いた!」
司会の言葉と共に、イサはニヤリと笑った。
「ま、普通に捕まえるだけならそっちの方が良いさ。内蔵抜き血抜きの時間も、熟成する時間も確保できるならな。……問題は、時間を掛けて熟成させなければ、肉の旨味は出ないって所だ」
ほとんどの獣の肉は、死後硬直の後の熟成期間を経なければ、いわゆる肉の旨味は出てこない。
死後硬直中の肉は硬く、パサパサして味気ないのだ。
「蛇の首を落とし鶏をパニックにすると捕まえやすくはなるが、鶏のストレスが高まり、死後硬直が早まる。今回みたいに早い勝負ですぐ調理に入りたい時だと、致命的な遅れになりかねない。なら、闇討ちが一番だ」
「闇討ちって?」
「蛇と鶏の呼吸音を頼りに、曲がり角の先にいるコカトリスを見つける。そして一気に飛びかかり、二つの首を同時に折るのさ。そうすればコカトリスは、気付く間もなく逝くって寸法だ」
イサは両手を捻り動きを再現する。
鶏と蛇は別の個体だが、身体は一つのため、体内のストレスレベルなどは共有している。
片方が獲物や天敵を見つけると、もう片方にも即座に伝わるのだ。
ガテイユは再び驚愕に目を見開いた。
「ば、馬鹿な……そんなこと……」
コカトリスの蛇は熱を感知するピット器官を持たない、蛇に依存している鶏もそこまで周囲に気を払っていない。
だが、曲がり角の先にいる、正確な位置の見えない二匹の獲物に飛びかかり、俊敏な鶏、自由に身体を曲げられる蛇の首を同時に捕らえるのは並大抵の技術ではない。
「毛だけは急ぎあらかた抜いておくが、内臓は抜かずに持ってくることで、外界の菌に触れさせず、さらに調理に入る時間を短縮できる」
吉仲は肉を食べる。肉は新鮮だが、味としてはどこか物足りない感じがした。
「そして、吉仲の言う通り、内臓をメインにする料理に仕立てれば、旨味の少ない肉でも充分な料理ができるってわけさ」
活け締め。
生きている状態で首を折るという締め方の利点は、旨味の元になる物質が身体に多く残る他、死後硬直を送らせて鮮度を保つ効果がある。
さらに内臓だけは、締めたてが一番うまい。締めたてであれば部位によっては生でも食べられるほどだ。
首を折られたコカトリスはたしかに絶命していたが、イサが捌く直前まで、身体は生きていたのだ。
今回の予選は一回戦の参加人数十六人が選ばれた時点で終了し、その十六人が決勝トーナメントに進むことになる。
予選で求められるのは何より迅速さだ。
技量を見せられ、そこそこ美味い料理であれば美食を追求する必要はない。肉をあえて添え物にした内蔵料理。それがイサの答えだった。
食通達の驚きを眺め、予選審査員も顔を見合わせ頷きあった。最速であり、最良の回答だ。誰もがそう思った。
「包丁とグリルの技術の高さ、そして熟成不足というデメリットを帳消しにする内蔵料理の構成。グリル・アシェヤ料理長代理、通称“鯨波”のイサ、合格!」
「文句無しの一発合格!“鯨波”のイサが貫禄のトップ通過!!!!」
本来は熟成が必要な獣の肉より、植物系の魔物の方が確実なのだ。
しかし、この男は、技量を見せるためにあえて肉料理をやってのけた。
観客の大歓声が、アリーナを包んだ。
「へっ。ざっとこんなもん……ん?」
ゆらりと、黒づくめの男がイサの隣に立つ。
「……流れの料理人、テツヤ。審査してもらおう」