イサ、調理開始
リヨリとフェルシェイルがコカトリスを追い詰めた頃、地上では――。
同じくコカトリスを抱えたイサが、アリーナに戻ってきた。
鶏も蛇の頭も、どちらも付いたままだが、どちらも事切れているようだ。あらかた羽毛を抜かれているが、内蔵は取り出されていない。
「グリル・アシェヤ料理長代理、通称“鯨波”のイサだ!都でも有名な放浪料理人、イサが一番乗りで戻ってきた!」
司会が高らかにイサの名を叫ぶと、観客達の歓声が巻き起こる。
「おお!一番乗りだ!」
「さすがに早いぞ!鯨波のイサ!」
観客の声援を受け、イサはコカトリスを持ったまま、お湯を沸かし始めた。
「イサさんはグリル・アシェヤで登録してたのか」
<リストランテ・フラジュにすれば、お店が有名になるのにねぇ>
「多分、ここでグリル・アシェヤの名を有名にして、ジェイダーさんの後継者を見つけたいんでしょうね……あら?」
マルチェリテが吉仲とは反対側の隣を見た。老料理人ガテイユがわなわなと震えている。
「……馬鹿な、蛇の頭が残ったままだと?」
今まで黙り込んでいたガテイユが目を見開き、思わず驚愕の声を上げた。
「ん?どういうことだ?」
首をかしげるマルチェリテを挟み、吉仲が尋ねる。
「……あ、ああ。これは失礼。……私はこれでも長年料理して来ましたが、蛇の首を落とさず、無傷で捕獲されたコカトリスを見るのは初めてでしてね。……それに、内臓を抜いてないというのも……」
ガテイユは、晩餐会の一件で吉仲に一目置いている。
ガテイユ自身は“ダンジョンに潜らない派”だが、料理人としてカルレラに長く住むため、都のダンジョンで多く獲れるコカトリスについては、最も詳しい者の一人だ。
その彼ですら、蛇を切らずに捕らえられたコカトリスは初めて見た。
「コカトリスの大部分は鶏ですがね、厄介な毒攻撃をしてくるのは蛇の頭だけなんです。だからダンジョンクローラーは蛇の頭を落として捕まえる。……もしくは新米が下手に傷つけて、鶏肉もめちゃくちゃに切られてるかですな」
「……そう言われてみると、鶏の頭を使う煮込み料理はたまに食べるけど、蛇の頭って食べたことって無いわね」
「ふむ、たしかに。見かけんな」
ガテイユの声をきっかけに、派手な貴族のシイダと、不機嫌な商人ベレリも話に入ってきた。吉仲に負い目を感じる手前、彼らも話に混ざるのを遠慮していたのだ。
イサが、地面に作業板を敷き、その上にコカトリスを置き熱湯をぶっかけた。残りの毛を処理するためだ。
そのまま手早く捌き始める。
熟練の手並が、見る見る残りの鶏の毛を毟り、蛇の皮を剥ぎ、そして背開きの形から肉を切り出す。一体のコカトリスは見る間に食材へと姿を変えていった。
「なんと素早い手並!これがベテラン、イサの技術だ!」
「熱くないのかあれ……」
司会の叫びの後に、吉仲が呟く。
長い年月を料理に捧げた者の手は、熱への耐性が異常に高い。それでいて、機械のように動きは速く、精密だ。
その包丁捌きで、内臓が入った丸のままの鶏から、肉が切り出されて行く。
観客席、貴賓席、そして審査員席に座る人々の視線がイサの手練に集中する。
時間は一時間も経過した頃だが、イサは誰よりも早く調理に取り掛かれる状態になった。