コカトリスとは
――コカトリス。
頭と胴体、翼と脚が鶏で、尾羽の中から毒蛇が生える、大型犬ほどの大きさの魔物だ。
成長と繁殖の速度が早く、ダンジョンの浅い階層でよく見られる。
鶏も蛇も食材として申し分無いため、王都のダンジョンクローラー達に獲物として愛されている。
獲物の身体を石化させる毒を持つと言われていたが、時代と共に検証が進み、石そのものにはならないことが分かっている。
“石のように”全身の動きが固まり、“石のように”皮膚の色が濃灰色になるため、長年石化と思われ、実際そう呼ばれて来た。
だが、現代の魔物医学では石麻痺――麻痺に分類される症状を与える神経毒だと言うことが知られている。
体組織が完全に石に置き換わるわけではないため治療薬が効き、またコカトリス自身も“石化”で固めた獲物を捕食できるのだ。
石麻痺を引き起こす神経毒は、毒蛇の牙と、鶏の呼気――石化ブレスにあるが、無数の強力な換気魔法陣を備えるカルレラ地下ダンジョンでは石化ブレスは意味をなさない。
そのため長年に渡る世代交代を経て、このダンジョンに棲むコカトリスの石化ブレスは退化している。
石化ブレスを吐く個体、吐かない個体どちらも淘汰圧が等しい場合、効果の薄い石化ブレスを維持するコストは無駄になる。
その分のエネルギーを筋力や、蛇の成長に使えていた個体の子孫が生き残りやすいのだ。
また、仮に蛇に噛まれ石麻痺に掛かっても、コカトリスに捕食される前に助けられれば死や後遺症の危険は薄い。気性も普通の鶏よりは荒いが、魔物の中で見ると穏やかな方だ。
総じて鶏の蹴爪と蛇の牙にさえ気を付ければ、狩りやすい魔物の代表格と言える。
そういった事情が重なり、都のダンジョンクローラー達に愛されているのだ。現代の見習いダンジョンクローラー達の良きトレーニング相手でもある。
もっとも、それはダンジョンクローラーにとっては、だが。
「コカトリスね……蹴爪と蛇の牙に気をつければ、安全な部類って話は聞くけど……」
「父さんがたまに捕まえて来てたな。えーと……蛇の首さえ落とせれば、鶏の方はパニックになって簡単に捕まえられる、だったっけ……身体の作りはほとんど鶏と蛇そのままだったかな」
フェルシェイルがニヤリと笑った。
「時間も無いし、ちょうど良いと思うよ。鶏は締めたてでもそう悪くはないしさ」
「……やっぱ、アンタを追ってきて正解だったわ」
コカトリスの鶏と蛇は威嚇を続けるが、鶏はどこか及び腰だ。逃げ道を探そうとしているように見える。一方蛇は戦う気が満々だ。
鶏と蛇は産まれた時から身体を共有するが、別の意識を持つ別個体だ。
同様の魔物は、多個体同体と呼ばれている。
スライムのような群体とは異なり、自意識を別個に有する生物が、一つの身体に収まる魔物の形態のことだ。
キマイラやケルベロス、ヒュドラも同様の多個体同体として有名だ。
それぞれの脳は互いに、自分と身体を共有する相棒のことを、気づいた時から身体についていた寄生生物くらいにしか認識していない。
互いに意思の疎通は行えず、それぞれが自分の身を守っているだけだ。
だからこそ同時に弱らせる必要がある、という厄介な点はありつつ、協同しての攻撃の心配は薄い。
石化ブレスの衰えた鶏部分は、蛇が獲物の捕獲と防御を完全に担ってくれるため、鶏は蛇に依存して生きている。蛇の首さえ落とせば、鶏はただの大きな鶏になるのだ。
この地下ダンジョンのコカトリスは、一般的なコカトリスよりは遥かに弱い。
もちろん、経験を積んだダンジョンクローラーであればだ。料理人には少々荷が重い。