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牛丼屋のこと、世界のこと

閉店後、吉仲は店の掃除を手伝っていた。

あの後老人達は昼まで喋り、昼を食べて帰り、店はかなり暇になった。他の客が来ないのだ。


リヨリは試しにと吉仲に包丁を持たせてみたが、吉仲の手つきを見てすぐに諦めた。ただ、皿洗いや掃除の手際はとにかく良い。


「吉仲、今まで掃除をする仕事でもしてたの?」

「いや、飲食店だったよ」


皿を洗う吉仲は、食洗機が恋しくなりながら答えた。こびりついた汚れは軽く洗ってから食洗機に掛けるが、全ての皿を丁寧に洗うのは初めてだった。

日曜大工で食洗機が作れないかを考えたが、すぐに雲散霧消する。


「飲食店?あの腕で?修行始めたての下働きか何かだったの?」

「五年くらい働いてたし、店では十人くらいいる内の三番目くらいに偉かったけどなぁ。手際も俺より良いのは一番古株の人だけだったし」

「ええ!?あの腕で?なんて店よ!?」


食洗機の無い世界には辟易しつつも、吉仲は世界観のギャップが少し面白くなってきた。


牛丼屋のオペレーションで料理人のそれと大きく異なるのは、店内で調理することはほとんど無い点だ。

送られてくる調理済みのパックを取り出し、温め、盛り付けて提供する。全て決まっている手順をとにかく早く回転させることが求められるのだ。そこには包丁の技術も、調味の秘伝もいらない。

そして唯一の正社員である店長と、店長より偉いたまに店に来る本部のマネジメント社員。バイトリーダーは立場的にはその二人の次だ。


経営部分も行う店長が古株のパートのおばちゃんやバイトリーダーより作業が遅いこともよくある話だ。

何一つ違ったことは言ってないし、元の世界では当たり前のことで驚かれるのは新鮮だった。


「よく潰れないわね、包丁一つまともに使えない料理人が上位にいる店なんて初めて聞いたわ……」


「全国展開してるぞ?……まあ、俺が料理人かが怪しいのは確かだけどな」

吉仲はニヤニヤしながら皿洗いを終えて、拭き始める。これも食洗機があれば不要な作業ではあるが、リヨリに色々言うのが楽しくなり気にならなくなっていた。


「それはさすがに嘘でしょう?料理人不在のレストランが全国にある?そんな店があれば噂が聞こえてくるわ」


「あー、そうなるか……まあ、全国規模で見れば俺も三番目の立場じゃないしな」


街中に無数にある牛丼屋の中の一つの話だ。本部にはもっと偉い社員がたくさんいる。吉仲この世界で牛丼チェーンをすれば億万長者になれるんじゃ、と思いついた。経営はともかく、オペレーションは全部知っている。

少なくとも、リヨリに言っても理解はされなさそうだが。


吉仲はこっちの世界のことを聞こうと思ったが、どう聞けば良いかが分からなかった。

「……都って近いの?イサさんは刺客を送るって言ってたけど、あまり近そうには感じ無かったな」

「うん?歩き詰めで一日かな。途中に宿場があるから、イサさんはそこに泊まって来たんだと思う。私もあんまり行ったことは無いしね」


歩き詰めで一日、四〜五十キロくらいだろうかと吉仲は見当を付けた。車か、せめて原チャリでもあれば行ける距離だが、歩きは絶対に辛い。泊まりが必須になるなら簡単には行けないだろう。牛丼チェーンの展開には、輸送がネックになりそうだ。


「お父さんがいた頃は、それだけする価値のある店だって言われてたんだけど……」

リヨリが手を止めて、遠い目をした。

「今でもたまにお父さんが死んだことを知らない人達が来てね。私が料理を作って出すと、期待外れだったのかすぐ帰るんだよ。まあ、それもそうだよね……」


丸一日掛けて歩いて来るまでに期待した美食が、思った以上じゃなかったら。ある程度美味しくてもガッカリの方が勝るだろうと吉仲は思う。

「でも、料理勝負はチャンスだよね!これで勝って、店の評判を取り戻すんだ!」

リヨリは手にしたふきんを握りしめた。顔に決意がみなぎっている。

吉仲は、リヨリが少し羨ましくなった。


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