料理人入場
「……それでは、栄えある都の料理人達の登場です!」
大きな歓声が一際盛大になる。
審査員席に対面する、観客席の間に開いた門から、料理人達がぞろぞろと入ってきた。どの顔も腕に自信が満ちている。
人間の料理人ばかりではない、ボーンフィッシュの姿煮を作ったシーガルフォークの店長の他、豊かな髭を三つ編みにしたドワーフ、狼の頭のウルフフォークなど色々な種族が混じっている。
仮面を被った料理人もいた、身体つきから女性のようだ。仮面の奥から青い瞳が輝く。
多彩な種族がいても、仮面はよく目立つ。初代もあんな感じだったのかなと吉仲はぼんやりと思った。
ただよく眺めても、エルフはいない。
「吉仲さん、ほらあそこ。フェルさんですよ」
この場で唯一のエルフ、マルチェリテが声を上げる。指差した先を見るとフェルシェイルが真剣な表情で前を見据え、入って来た。
白に濃赤色のアクセントの入ったコックコート、豊かな赤髪はお団子にまとめて帽子の中に、戦闘服のフェルシェイルが入って来た。
瞳はいつにも増して燃えている。というか、実際に抑えきれず熱を放っているのかもしれない。
料理人達は行列をなしているが、フェルシェイルを中心に、ぽっかりと穴が空き目立っていた。
「随分気合入ってるなぁ。……お、あっちにはトーマだな、同じ制服の人が何人かいるけど、同じ店かな?」
マルチェリテが不思議そうな顔で吉仲を見る。
「あら、行きましたよ?ミサヤ亭、その時トーマさんは店には出ていませんでしたが……」
「……そうだっけ?」
「お忘れですか?ボーパルバニーのシチューの店ですよ」
<ボーンフィッシュのたたきも食べたじゃない>
吉仲の脳裏に、素朴な木のテーブルの上に並んだ料理が思い浮かぶ。
庶民向けの手頃な店だったが、田舎のような雰囲気が居心地良く、どの料理も細やかな気配りがされていて美味かった。
「あ~、そうだったそうだった。……たしかにあのシチューは美味かったな。あそこでボーンフィッシュが気になって鴎屋に行ったんだった」
マルチェリテがにっこりと微笑み頷いた。
エルフのマルチェリテ、魔女のナーサは記憶力が優れているが、吉仲は食べた物以外は忘れていることの方が多い。
「ミサヤ亭は、ほぼお店総出みたいですね」
暗く濃いオレンジの髪の、身長が百十センチ程度の“女性”を先頭に、同じ衣装の八人の料理人が固まって歩く。トーマは中頃外側を歩いていた。
「やっぱ、あの小さな子が店長っていうのが不思議だよなぁ」
<もう吉ちゃん、言ったじゃない。あの人はショートフォークで、立派な大人なのぉ。差別と見なされると面倒よぉ?>
「最近はそういうの、うるさいですからねぇ」
「う……そうだったな。ごめんごめん、気をつけるよ。……リヨリは見つからないな……見逃したか?……ん?」
吉仲の目が、一人の料理人を捉える。
中年の料理人だった。黒い板前の調理服だ。黒の短髪をオールバックに固めている。
吉仲は、その男から目を離せなかった。黒づくめが異様だからではない。
何か、とても嫌な雰囲気だった。
男も吉仲の視線に気付いたのか、ゆらりと審査員席を仰ぎ見る。だが、その漆黒の瞳は、何も見えていない。
ただただ、暗黒の穴が二つ空いているのみだ。
吉仲の全身に鳥肌が立つ。
不気味だ、それ以上に何か、嫌な怖気を、身の危険を感じる。鼓動が早く、呼吸が荒くなるのが分かる。
暗黒の穴から目を離せない。
吸い込まれそうなブラックホールのようだった。強烈な重力を感じる。身体が重い、息も出来なくなっていく。
<……吉ちゃん?>
「吉仲さん……?」
マルチェリテも、イヤーカフス越しのナーサも吉仲の異変に気付く。
吉仲は、もはやその声も聞こえない。
マルチェリテが吉仲の背に手を当てる。
柔らかく温かな物に背中を撫でられている感触が、吉仲を重力から引き離した。
「大丈夫ですか?」
「……マルチェ……もしかして……あいつが、“死神”……か?」
喘ぎ喘ぎ言う吉仲に、マルチェリテはゆっくりと頷く。
なおも吉仲の背をなでる続けるマルチェリテの手によって、吉仲を自分に引き戻していった。
柔らかな手、体温、春の花のような穏やかな香り。それらが吉仲に落ち着きを与えて行く。
「どうしました、変ですよ?何かあったんですか?」
<吉ちゃん、大丈夫ぅ?>
「……い、いや……なんでも無いよ……マルチェ、ナーサありがとう」
深呼吸をして、他へ目を離そうとした時、はじめてリヨリが見えた。怪訝そうな顔で吉仲を見つめている。
最後にイサが入り、腕自慢の料理人およそ百人が集結した。
吉仲が深呼吸をすると共に、観客が惜しみない拍手と歓声を上げた。