翔凰楼
翌日のランチは、ナーサ、マルチェリテと連れ立って翔凰楼だ。
店内はオープンキッチン、炎を上げる大竈の前で、三人の料理人が鍋を振るっていた。
両側の二人の男は汗だくの真剣な表情だが、真ん中の少女は涼しい顔をしている。
ランチタイムは終わりかけの時間で、もう客数は少なくっている。
「いらっしゃいませ!」
真ん中の料理人、濃赤のアクセントが入った純白のコックコートを身をまとった少女が、元気な声を上げる。給仕と料理人達も声を上げ、歓迎の声が店中に響く。
少女だけは、灼熱の炎の前で汗一つ流していない。
「……って、なんだマルチェか……あれ?吉仲とナーサ?」
「よう、一ヶ月ぶり」
「フェルちゃん、元気にしてたぁ?」
赤い髪に燃えるような緋色の瞳。フェルシェイルだ。
吉仲は、翔凰楼の名前は覚えていた。
フェルシェイルは鍋の料理を皿によそい、少女に給仕を頼むと吉仲達に近づいて来た。
「アタシの店に、大会前の偵察ってわけ?……リヨリは?」
フェルシェイルは憎まれ口を叩くが、顔は嬉しそうだ。
「偵察も何も、吉仲さんと私は審査員で参加しますよ?」
「リヨちゃんはイサさんと修行中ねぇ。私達も最近会ってないのよぉ」
マルチェリテがふんわりと微笑み、ナーサが補足するとフェルシェイルが驚いた表情になる。
「へぇ!……じゃ、イサおじがまた何か企んでるわね……」
「……ま、多分そういう感じだな」
フェルシェイルの言葉に吉仲が苦笑した。
「ふーん。ご飯食べに来たんでしょ?ちょっと待ってて、今作るから。それから話しましょ!」
フェルシェイルは三人を席に案内し、調理場に戻る。入れ替わりに給仕の少女が三人に水を提供する。
「マルチェさんいらっしゃい。……お二人はフェル姉さんのお知り合いですか?」
気さくに話かける給仕の少女はレイネと名乗った。黒髪のおかっぱ頭、穏やかそうな顔つきはフェルシェイルの姉妹には見えない。実際の姉妹では無いが、フェルシェイルとはそれくらい仲が良いと彼女は誇った。
ナーサもリヨリとフェルシェイルの戦いと、自分達の経緯を話す。
「……へぇ!お兄さんが噂の美食王さん!」
「う、噂の?」
「ええ、トーマさんやイサさんが話してましたよ!面白いヤツがいたって!」
「へ……へぇ~」
有名人を見つけ無邪気にはしゃぐレイネに吉仲がタジタジになった時、フェルシェイルがお盆と皿を持って現れた。
「こらレイネ、あんまり油売ってないの」
「……あ、姉さんごめんなさい……」
「ま、アタシもこれから油売るけどね。父さんには言っておいたから、あとよろしく!」
フェルシェイルがにっこり笑って料理を置く。給仕の少女は入れ替わりに仕事に戻った。
三人は、フェルシェイルの料理に舌鼓を打つ。ランチの遅い時間で、吉仲は腹ペコだったのだ。
ランチで脳料理は出してないらしく、吉仲はホッとしたような残念なような、複雑な気分になった。
フェルシェイルは事情を聞き、都に来てすぐに来なかったことに不満を言うが、審査員の内定を得てから来た方が良いと思ったと言うマルチェリテに、とりあえずは納得したようだ。
「ふふ、大会……楽しみね。リヨリに会うことがあれば言ってちょうだい。決着着けるわよって」
フェルシェイルは燃えていた。彼女にとっては最高の見せ場になりそうだ。