死神
「さて、吉仲の修行はこれで終わりだ、マルチェのお陰で助かったぜ。残り一週間は適当に遊んでな」
「今までも遊んでいるようなモンだったけどなぁ。……それなら晩餐会のマナーとか、ちょっとは教えてくれても良かったんじゃないか?」
不満げに言う吉仲に、イサが笑って首を振る。
「晩餐会は今回だけだ。あんな雁字搦めに縛られたお作法は、お偉方が自分達を偉そうに見せるためだけの物さ、時間を掛けてまで覚える必要なんてねぇよ。……ま、偉くなりたいんなら別だがな」
吉仲は微妙な顔でイサを見る。
言わんとしていることは分かるが、だからと言って覚えなくても良いというのは乱暴な気がした。
「メシなんてな、美味そうに食ってくれりゃあそれで良いんだ。誰がどう見ても高くて良いと分かる物を、お行儀良く食うだけじゃ食通とは言えねぇ」
イサは溜息をつく、あの三人への思う所を示しているようだった。
「……それにその分食ったろ?大分味覚が磨かれてきたみたいじゃねぇか。一月も前に一回食っただけの料理の味を、ちゃんとマンドラゴラって言えたんなら上出来だ」
吉仲はさっきのマンドラゴラの煮物を思い出す。
言われてみれば、この世界に来てから一ヶ月以上経っている。食べたことも味も覚えているが、前後の細かな流れは忘れていた。
「あとよ、マナーなんて覚えてなくても、都の目ぼしい店は大体行けたはずだぜ?なあマルチェ?」
「……え?マジで?」
マルチェがふんわりと微笑む。
「はい、大会にエントリーした料理人の中で、上位の実力を持つ方の店には大体行きましたね。残りは翔凰楼くらいで、明日行きます」
「そうだったのか……」
たしかに、どの店も今まで食べてきた店より美味かった。
どこで食べても美味いと感じる無頓着な舌のためかと思っていたが、本当は舌が磨かれてきたのかもしれない。
「ただ、その……例の方は……見つかりませんでしたけど……」
マルチェリテは言いにくそうに言葉を継いだ。イサも溜息をつく。
店というよりは、個人を指しているようだ。イサのように旅をしている料理人かと吉仲は思った。
「……“死神”か。まあしょうがねぇな……」
「死神?料理人の二つ名にしちゃ随分物騒だな……」
“死神”とは、最近都で噂になっている流れの料理人だ。
その料理を食べた者はあまりの感動のため忘我の極地に至り、そのために魂を刈り取られたように放心することからその二つ名で呼ばれるようになった。
「無理に探す必要はねぇよ、ヤツくらい有名人なら大会には呼ばれてるだろうしな。……それに、ヤツには気をつけろ。……なんというか、不気味だ」
「りょ、料理人だろ?殺人鬼じゃあるまいし……」
「料理人さ。ただ、うまくて放心するだけならもっとマシな呼び名があるだろ。 天使でも極楽でもなんでも良い。……ヤツには、死神と呼ばれるだけの、なんというか……凄みがあるんだ」
マルチェリテは頷く。吉仲には、イサの声がとても不気味に響いた。
リヨリは、その凄腕の料理人に興味津々のようだ。
「ま、どのみち大会で会えるだろうよ。次に会うのは当日だな。リヨリ、お前は修行の仕上げをやってくぞ」
「はぁ~ ……お手柔らかにね……。じゃ、吉仲、マルチェ、大会でね!」
イサとリヨリが連れ立ち出て行く。吉仲もマルチェリテと帰ることにした。