近況報告
晩餐会が、無事終わる。
王と宰相は余興を見届けると戻り、イサとリヨリも皿を回収し帰った。
それ以降は最初同様、執事とメイドが給仕をしたが、吉仲はあまりに疲れてテーブルマナーもどうでも良くなり、残りのコースは美味しくいただけた。
その姿に何かを言う者は、誰もいなかった。
晩餐会が終わるまでに、退場者が続出し、残ったのは二十人中七人となっていたのだ。
首席の貴族とその取り巻きを始めとして、フォレストドラゴンと言った食通達は皆、急に体調が悪くなり、あるいは急用を思い出し、ある者は無言で中座しそのまま途中退席したのだった。
着替えを済ませた吉仲は、控え室でリヨリと、マルチェリテを迎える。リヨリもマルチェリテもいつも通りの服装になっていた。
「ごめんなさい吉仲さん……助け舟を出せずに……」
「いやいいよ。……奴らは一体何者だったんだ?」
「貴族議会議長の御子息と、その御友人ですね。……父君は立派な方なのですが、お年を召してから産まれた一人息子のあの方を、その、甘やかして育ててしまったみたいで……」
「……あの体たらくってわけだ」
深々と頭を下げるマルチェリテに、吉仲は苦笑して返す。
吉仲は首席の自信に満ちた顔を思い出す。まさしく世の中は自分を中心に回っていると思っている顔だった。
そういう人間は高校や大学にも山ほどいたが、あそこまで強烈なのは初めてだ。
「本当は私も何か言うべきだったんですが……その……」
「ああいう連中は誰が何言っても聞く耳なんて持たないだろうなぁ。いや本当、マルチェが気にすることはないよ。そうだな……今回はイサさんが悪い」
なおも恐縮するマルチェリテを宥める。
実はマルチェリテはイサに口止めをされていたのだ。吉仲が話す時は黙っていてくれと。
吉仲は口止めのことを知らなかったが、イサが悪いと思うのは本心だ。
今思えば、晩餐会があるのにテーブルマナーを教えなかったのは酷い。
話題を変えるため、吉仲はリヨリに向き直った。
「リヨリも久しぶり。……トライスさんが王様って知ってたのか?」
「まさか!私もすっごいビックリしたよ。ウチの店にはお忍びで来てたんだって」
吉仲はあの時のトライスを思い出す。
王のお忍びというにはあまりに見すぼらしい格好だったが、イサの友達ならそれくらいはしそうな気もする。
「……はぁ……リヨリの驚く顔が見たかったよ。修行はどうだ?」
「もー大変だよ……朝三時に起きて市場に行って、後はひたすら料理作って、夜は二十二時までみたいな繰り返しでさ……。まあ、ランチ終わった後、サリコルさんがちょっとお昼寝させてくれるからなんとかなってるけど……あ、これイサさんには内緒ね」
リヨリが口に指を当てる。リヨリの態度は今まで通りだった。しかし何かが違う。
「シエナちゃんは?」
「んー……もうちょっとかな。ちょっとずつ食べてくれるようにはなったけど、まだ美味しいとは言ってもらえてないんだ。でもなんとかなると思うよ!」
疲労を感じた表情もしている。だが、その瞳はギラギラと輝いていた。研ぎ澄まされた刃のようだった。
自分の成長にも、 シエナの料理にも、本当に手応えがあるようだった。
「それより吉仲よく言えたね、あの空気でマンドラゴラだって。めちゃくちゃバカにされてたじゃん」
「……いやもう二度と御免だよ。ただまあ、食べたことあるし……食材も、料理も」
リヨリがにっこり笑う。マルチェリテは微妙な顔で微笑んだ。
「へっへー、あれ作ったの私なんだよ!ちゃんとイサさんのと同じ味だった?」
吉仲とマルチェリテが目を見張る。
前回と寸分違わぬ味は、まさしくイサの料理と思っていたが、リヨリが作ったとなると大変なことだ。
料理とは、レシピがあり、食材も火加減も時間もまったくその通りに作っても、まったく同じ味にはならない。
水や食材の質や量、調理道具や調理場の環境などの条件が異なるからだ。
細かな差異は積み重なって、やがて微妙に違う味、違う食感になる。
まったく同じ味の再現には、その差を吸収する技量が必要だ。
腕に覚えがある者は、プロの料理人ならずとも自分の料理を再現できる。自分の舌が基準で、コンディションが同じであれば調整はしやすい。
だが、他者の料理の再現には明敏な舌と腕が必要だ。それも、吉仲の舌にもまったく違いを感じさせない域となるとただ事ではない。
「よおお前ら、集まってたか。吉仲、ご苦労さん」
イサが入ってきた。