そして逆転
吉仲の全身から冷や汗が吹き出る。イサは深く深くため息をついた。
半ばパニックになりつつもリヨリを見ると、リヨリは微かに微笑んだ気がした。
それ見たことかと首席が叫び出す前に、イサが声を発した。
「……いやはやまったく、都の食通というのも地に落ちた物だ。言うに事欠いて、たかがマンドラゴラをフォレストドラゴンの龍根などと……」
ニヤッと笑ったリヨリが、最後のドームカバーを外す。中には首が付いたままのマンドラゴラが横たわっていた。
貴族達の顔が、一斉に変わる。ある者は真っ青に、別のある者は真っ赤に、そして首席の顔は、これ以上無いほど歪めきって驚きを表現していた。
「……な……なにぃ!!マンドラゴラですと!?イサ殿っ!!戯れが過ぎますぞっ!!」
首席が取り乱し、もはや洗練とは掛け離れた激しい動きで喚き散らす。
この状態では、一流の貴族とは思う者はいないだろう。
「戯れなものですか、正真正銘マンドラゴラの煮物ですよ」
「う、嘘だ!我々をハメる策略に違いない!そうだろうイサ!」
「そ……そ……そうだ!そうに違いない!都の食通を牛耳ろうと言うのか!?そうだろう?全ての食通を支配するつもりだな!」
首席達も後には引けないようだ。
イサは呆れ果てた顔で首を振った、もはや何を言っても信じないだろう。リヨリと目を合わせて、肩をすくめた後に、イサは部屋の奥を見る。
「――静まれ、見苦しい。余が調理過程の一部始終を見届けた、イサを疑うことは余を疑うことと思え」
国王、トライスフェルスは深く溜息をつき、立ち上がり、厳かに口を開く。
首席はハッと気付いた様子で振り返った。
そうだ、王がいたのだ。
そこで気付いた。食材を間違えた上に王の招待客を痛罵し、さらには晩餐会で喚き散らし、挙げ句の果てに王に場を納めさせた自分の醜態に。
王から自分の、引いては自分の家の信用は失墜しただろう。
贔屓目に見て王が許したとしても、他の出席者からは話が漏れるに違いない。そうなれば貴族の面目は丸潰れだ。
つまり、死んだも同然ということだ。貴族とは、面目で生きる者なのだから。
取り巻き二人は、首席をチラチラと見る。今の状態は彼らの判断能力を遥かに越えていた。
首席は、二人の視線など気にしていない。
顔を真っ赤にし、真っ青になった後、力なく椅子に崩れ落ち、放心する。どう考えても、終わった。
イサが首を振る。
「どうやら、場違いなお方が紛れ込んでいたようですな」
茫然自失だった吉仲だったが、一連のやり取りの間にゆっくりと落ち着きを取り戻していた。
「……合ってたのか?」
ただ、それだけは口からこぼれ落ちる。
イサの満足げな頷きを見ると、急に力が抜けた、椅子に座るのが精一杯だった。深く、深く溜息をつく。
「そうですねぇ。自身への嘲笑、痛罵を物ともせず、正しい食材を指摘できたのはただ一人でしたな。他の皆様はいかがでしょうか?」
イサが一同を見渡す。
「……たしかに……昔のマンドラゴラの味は、このような物だったと……」
上座に近い所に座っていた角刈りの老人が、絞り出すように声を出す。
彼はフォレストドラゴンという意見に眉をひそめていたが、マンドラゴラという意見に賛意を示すこともできずにいた。
「……答えられなかった我々が、今更何を言っても意味はありますまい。そうでしょうイサ殿?」
吉仲の隣の小男が溜息をつく。
吉仲を除いた食通達はみな、俯いていた。