美食王
イサは吉仲をしげしげと眺め、納得するようにうなずいた。
「……お前、行き倒れてたんだよな?……ふーん、こいつは面白い。食の革命児の次は、あらゆる味を識別できる美食王が生まれるかもしれねぇな。お前、名前は?」
「す、須磨吉仲」
誓いの時にも名乗ったような気がしたが、大人しく答える。リヨリはイサを見て、イサもリヨリに笑いかけた。
「よし、オーナー命令だ。リヨリ、こいつ、吉仲もこの店に置いてやれ。お前の親父も昔は行き倒れだったんだ、料理できるかは知らねぇけど、判定役には面白そうだ」
「ええ!?お父さんも行き倒れだったの!?え、ていうか美食王って、伝説の人物じゃない!」
イサは笑うばかりで、リヨリの困惑に答える気が無い素振りを見せる。老人達もヤツキが行き倒れだったのは初めて知ったらしい。
吉仲は、ヤツキもおそらく自分と同じ世界から来た人間だろうと気づいた。だが海鮮出汁の材料同様、説明のしようが無かった。
「……美食王って?」
「昔々、神話の時代に神を越える舌を持つと呼ばれた食通がいてな。神話の世界で神々の間で行われた料理勝負に、人の身で裁定を下した男だったと伝えられている。まあ今やおとぎ話の類さ。……お前がその舌を持つかは分からんが、俺の秘密の海鮮出汁五種を味わい分けて、それにエビとカニを加えて七種と言っちまうんならその才能があるのかもな」
リヨリは吉仲を見る、その目には初めて尊敬の色が浮かんでいた。老人達も目を見張っている。イサはそんな店の様子を笑いながら見回し、前掛けを外してリュックを背負った。
「これから面白くなりそうだぜ。いいかリヨリ、気を抜くんじゃねぇぞ。すぐに刺客を寄越してやるからよ」
「うう……絶対、絶対負けないからね!」リヨリはイサを指差し叫んだ。
「それでいい。そんで吉仲、他に行く所もねぇだろうし、お前はしばらくここに住みな。味を知るんなら料理人の近くにいる方が良いしな。ただ、リヨリに情を移すなよ、贔屓した裁定を下す判定人は刺されても文句は言えないからな」
「ええ?」
吉仲はリヨリを見た。リヨリにも異論は無いらしい。たしかに他に行く所も無いが、とは言え、住めと言われてはい住みますと言うのも何か釈然としない。
「それじゃあな、腕と舌を磨いとけよヒヨッコども」
しかし、答えあぐねている内にイサはさっさと出て行ってしまった。
「たしかに、面白くなりそうだねぇ。リヨリ、お茶もらえるかい?」
「あ、うん。ちょっと待って」
老人達は口々に今の話を繰り返す。手持ち無沙汰になった吉仲はイサが作った残りの二品を食べる。さっき老人達が言っていたように、浅漬けの酸味、炒め物のピリッとした辛味がうまい。
そしてやはり食材の原風景、元の素材が舌の上に踊った。ただ、それらは、マンドラゴラを除き黒いシルエットだった。