控室にて
明るい灰色の燕尾服を着せられた吉仲は、豪奢な金細工に縁取られた大鏡の前で自分の腕を伸ばす。
「リクスーよりヒドイな……これ……」
王宮の控え室としてあてがわれた一室で、着替えのために今は吉仲一人だ。
光を放ち輝く金のシャンデリア、きらびやかな調度品、金糸で幾何学模様が描かれた赤絨毯。
燕尾服のサイズはピッタリだ。滑らかな手触りの上等な生地、ピカピカのボタン、襟元や袖口に銀糸でアクセントが施され、とびきり洒落ている。
自分だと意識しなければ、貴族の青年にも見えるかもしれない。だが、そのために吉仲にはこの場違い感が心苦しかった。
ノックの音が響く。
「……あ!はい!どうぞ!」
「ふふっ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
扉を開けて入ってきたのはマルチェリテだった。
ただ、いつもの少女のような若草色のワンピースドレスではなく、濃緑のひらひらとしたフィッシュテールがついたパーティドレスだった。
蔓草形の金のピアスに薄化粧、花柄があしらわれた半透明の黄色いストールで落ち着きと華やかさが同居している。
普段のマルチェリテと一転して、大人の女性の色気を感じさせるコーデだ。
いつもと同じ柔らかな微笑みのアンバランスさに、吉仲は思わずドギマギとしてしまった。
「……マ、マルチェ?どうしたんだその格好……」
「ふふ、実はですね。今回は私も吉仲さんと同じく、審査員側で参加したいんです」
マルチェリテが吉仲を伴い椅子に座る。
呼ばれるまで時間があるから、暇つぶしに来たようだ。
「あれ?マルチェは大会には出ないのか?」
「そうですね、出てみたい気もありましたけど……料理大会のルールだと、種族を問わず助手は禁止されているんですよ」
マルチェリテ自身は料理を作れない。
あくまでマルチェリテが作った人形が、料理を作るのだ。
そして人形は、レギュレーションの上では助手の扱いとなる。
もっともマルチェリテ自身も、出場にそこまで強いこだわりは無かった。
都で一番の料理人になろうとは元から思っていない。むしろ美味しい料理を食べられる方が嬉しい。
「そっかそっか、それでイサさんじゃなくてマルチェがこの三週間案内してくれたんだな」
吉仲は合点が行った。
最初から大会に出られないマルチェリテが吉仲を案内して、イサとリヨリは大会に向けた準備をするつもりだったのだろう。
マルチェリテが柔らかく微笑む。普段と同じ微笑みなのに、化粧のせいか、やはりどこか印象が違う。
ただ吉仲は、マルチェリテが来てくれたことで安心できた。
行き場の無い場違い感に押し潰されそうだったが、マルチェリテには人を安心させる力があるようだ。
「――吉仲様、失礼いたします」
吉仲の気がほぐれたとほぼ同時にノックが響き、正装の老紳士が礼儀正しく入ってきた。
吉仲にちょうど良いサイズの燕尾服を持ってきてくれた執事だ。最初はその礼儀正しさに圧倒されたが、今は気圧される感じはしない。
「おや、マルチェリテ様もこちらでございましたか。……お二人共、大変お待たせいたしました。準備が整いましたので、ご案内いたします」
「ああ、行こうか」
二人が立ち上がる。吉仲は、今はなんとかなりそうな気がした。