ボーンフィッシュの姿煮
全身の羽を短く刈り込み、ねじり鉢巻が粋なシーガルフォークの店主が、海鮮料理でいっぱいのテーブルの真ん中にスープ皿を置く。
「もう旬は過ぎてるけどよ、マルチェちゃんがどうしてもって言うからわざわざ見つけて来たんだぜ?ちゃんと味わってくれよな!」
スープ皿には、丸ごとの魚の骨が浮かんでいる。
ただ骨にしては太く角張っていて、骨と呼ぶには余りに瑞々しい。
スープの液体と同様に、光を艶やかに反射していた。
「どう見ても骨なのに、これ肉なのか……」
吉仲がフォークを肋骨の一本に刺し、持ち上げる。
肋骨はスルッと抜けて、さらにその下から白く半透明な、見慣れた魚の骨が現れた。
ボーンフィッシュの姿煮だ。
骨格標本のように見える白く四角い骨状の部分は実は肉だ。その中に隠れた白く半透明な骨は、普通の魚と変わらない。
骨組みのように見える胴体が、岩場などで保護色となり獲物から身を隠す。また「死んだふり」をして捕食者から逃げるのにも有効だ。
本来は胴体の下に半透明の膜が張られ、肋骨に見える肉に隠れて内臓が収まる。だが、この店では膜と内臓は取り除かれ、本当に骨が浮かんでいるように見えた。
「肉を傷つけずに内臓の膜を取り除くのは、熟練の包丁捌きが必要なんですよ。削ぎすぎると肉に傷が付き、肉を守ろうとすると膜が残り歯触りが悪くなります」
「なるほど、だからこの前の店はたたきになってたんだな」
「そうねぇ。ボーンフィッシュはつみれとか、膜ごとミンチにするのが一般的かしらぁ」
吉仲はフォークに刺した肉をまじまじと見る。スープのテカリのせいもあるかもしれないが、傷一つ見えない。
よく砥がれた鋭利な包丁で、迷いなく切られていた。肋骨に見える肉を食べる。
「……うん、うまい。淡白だけど、その分スープの味が染みてるよ。潮風を閉じ込めたようなスープの風味とマッチするな」
「本当はボーンフィッシュは、冬から春先に掛けてが旬なんです。旬のボーンフィッシュは上品な脂が乗って、とぉっても美味しいんですよ。今は若くて少し味が落ちますが、この季節だけの弾力のある、独特の歯応えが楽しめますね。膜が取り除かれたことで得られる食感です」
言われてみれば、噛むたびに弾き返すようにプリプリした食感が楽しい。
スープは海鮮ダシのたっぷり効いた塩味だ。ほんのり香るライムの風味が爽やかさを引き立てている。
直球の旨味の中のアクセントがこじゃれ感を演出し、食べていくと髑髏のような顔の不気味なボーンフィッシュも、ポップでかわいく見える。
「塩気が染みるなぁ、今日も疲れたよ」
「いっぱい歩いていっぱい食べて、健康的な生活だものねぇ」
ナーサもボーンフィッシュに舌鼓を打った。
「マルチェ、明日はどこに行くんだ?」
「あらあら吉仲さん、お忘れですか?明日は……」
そこまで言われて気がついた、明日はついに、晩餐会の日だ。