吉仲の修行
人形が二人分のカップと、ティーポッドを持ってくる。
料理の時と同様に熟練執事の流麗な動きで紅茶を注ぎ、それぞれの前に置く。
紅茶の芳しい香りが席に広がった。人形は一礼し、マルチェリテが飲んでいたティーポッドを回収し奥へ戻る。
ナーサが紅茶を一口味わう。鼻から抜ける上品が香気と、適度な渋味が気分をスッキリとさせた。
「う~ん……さすがエルフがいれるお茶は、深みは違うわぁ……」
「ふふ、お褒めに授かり光栄です」
食材に手を加えることを嫌がるエルフが、唯一好む食品加工は発酵だ。
発酵は自然な菌の作用で起こるため、崇高なエルフ達も自然の恵みと受け入れられる。
味を整えるだけの発酵調味料と、酩酊を引き起こし理知を阻害する酒類は嫌うが、それ以外は保存期間を伸ばし栄養価を高める意味でよく作られる。
そしてエルフは、茶をよく飲む。
無発酵の緑茶も、半発酵の烏龍茶も、完全発酵の紅茶も、それ以外の植物から採れる数多の茶も、彼らの薬草術の知識の一端にある。
例えば、朝の気分を整える時は発酵の作用でカフェインが多くなる紅茶が良い。
料理に向いていないエルフだが、いれるお茶は美味い。
ナーサとマルチェリテは和やかな雰囲気になるが、吉仲は紅茶を飲まずに、紙幣をじっと見つめる。
イサの話に寄れば、この紙幣の束は、食事だけに限れば一ヶ月は贅沢できるほどの大金らしい。
「美味いモン食ってろって、本当にそれだけ……?」
「そうだなぁ。じゃあ、マルチェの講釈しっかり聞いとけ。何食っても答えられるようにな」
吉仲は、急に不安になる。何か大きなことが起こりそうな、嫌な予感がする。
「なあ、どうして俺は都に呼ばれたんだ?それだけじゃないだろ……」
「……あーもう、しょうがねえな。本当は言わずに済ませたかったが……まずは三週間後、都中の食通を招いた晩餐会を開く。お前にゃそこに出てもらうからな」
イサはさっきの真面目な顔から一転、ニヤっと笑う。内緒にするつもりだったのが気付かれ、意地悪をしたくなったようだ。
「ば、晩餐会?」
吉仲に馴染みの無い言葉だった。食事会ですら就活中に一回出たっきりだ。
昼食を食べながら企業の採用担当者と話すという趣旨だったが、人間は食べている最中に話すように出来ていないことを痛感しただけだった。
結局緊張感で何を食べて、何を話したのか、何一つ覚えていない。
その時の嫌な感情も思い出して、ますます気が滅入ってくる。
「ま、そんな堅苦しい席じゃねぇ。審査に出る食通をメシ食いながらワイワイ選ぼうって場だ。お前が出てみるのも良い経験じゃないかってな」
「……絶対嘘だ……」
つまりイサは、大会の審査員に吉仲をねじ込もうとしているのだ。
もう一度、手の中の紙幣を見る。急に紙幣が重くなったような気がした。