喫茶ノノイ
リヨリはサリコルが知っていることを聞くため、そして店の手伝いに入るため、グリル・アシェヤに残った。
吉仲とナーサ、そしてイサは西街路をしばらく、王宮方面に歩く。
王宮に近づくにつれて人通りが多くなっているようだった。
まだ朝方だと言うのに、すでに夕方で多かった昨日の人波と同じくらいになっている。
イサが脚を止め、吉仲達を手招きする。
「……ここは?」
「喫茶ノノイ、名前は知ってるだろ」
どこかで、聞いたことがある名だった。
木でできた看板はツタが絡んだ装飾が麗しい、そして看板に釣られた、不思議な姿を取る操り人形のオブジェ。
イサが扉を開き入って行く。吉仲も慌てて後を追う。
「いらっしゃいませ」
一人掛けのテーブル席が六卓、四人掛けのテーブルが二卓、店の入り口から左右に並ぶ。まだ朝は早いためか、客は一人だけだ。テーブルは全て、上質なダークブラウンの天然木。
店内の内装もほぼ全て木製で、シックでクラシカルな印象だ。年季を感じさせる佇まいの中、所々置かれた観葉植物が美しい。
まっすぐ奥には重厚な皮張りソファのテーブル卓が三卓並び、その真ん中にだけ、少女が座っていた。
朝日を背に、若草色のドレスに身を包んだ華奢な少女が微笑む。
ふんわりとした金のボブカットから突き立つ、尖った耳。肌は抜けるように白く、対照的に瞳は深い藍色だ。
マルチェリテが、ティーカップを片手に優美に礼をした。その様子は、美しい絵画のようだった。
「……あら、イサさんと吉仲さん、ナーサさんも」
「ああ、そうか。マルチェの店だったな」
吉仲は思い出した。マルチェリテの店が人形喫茶だということを。
子供のサイズの人形が、店の奥からカップとティーポッドの乗ったお盆を持って現れる。
料理勝負の時はコックコートだったが、こちらは白いシャツにギャルソンエプロンを身に着けている。
人形は客にお茶を給仕し、客は特に人形に気を払うことなく、運ばれてきた紅茶を味わった。
「ま、座ろうや」
イサがマルチェの前に腰掛け、手招きする。吉仲とナーサが進むと、人形も後を付いてきた。
マルチェが指で宙に文字を書くと、人形は店の奥に引っ込む。
「いらっしゃいませ、二週間ぶりですね」
「そうだなぁ、短いような、長いような……ところでなんで俺たちをここに?」
マルチェリテが穏やかに微笑んだ。
「決まってんだろ。お前も修行だ」
「え?な、なんで……?俺は料理できないぞ……」
イサは財布を取り出し、紙幣の束を無造作に吉仲に押し付けた。
この国の紙幣を触ったことのない吉仲でも、安くない額であろうことは分かる。
「バカ。お前が切り方焼き方やってもしょうがねぇだろ。食うんだよ」
吉仲はイサの顔を見る。真面目な表情だった、本気で言ってるようだ。
「良い店をマルチェとナーサさんに聞いて、三人で美味いモン食ってろ。それがお前の修行だ」
「……え?そんなんで良いの?」