修行
死の話を聞きリヨリが驚く。
思わずシエナを見た、シエナは不思議そうな目でリヨリを見返した。
「俺は流れ板で都と旅を行ったり来たりだ。決まった店は無い、ちょうど良いから亡き友のため、新しい料理人が見つかるまで男イサが助っ人に立ったってわけさ」
「そうそう、苦労して顔はこんな鬼みたいになってるのに、イサはなかなか優しい男だろ?」
調子を取り戻したサリコルの軽口に、イサはうるせぇと返す。サリコルの目尻が光っているように見えた。
「……ま、ここまでのことはお前のこともあるし、珍しい話じゃないと言っておくぜ。……珍しいってのはここからだ。ジェイダーの焼き物の技術は間違いなく父、ジェラン師を越えて都随一だった……フェルどころか、俺ですら足元には及ばねぇ」
煮物はともかく、火だけで完結する焼き料理の技術のみで言えば、火の鳥の精紋を持ち、特化した技術を磨いたフェルシェイルの方がイサより上だ。だが、もちろんイサも一流の技術を持っている。
リヨリがシエナをじっと見つめる。シエナも、リヨリの視線だけは慣れてきたようだった。見返す時間が少しだけ伸びていた。
「……そのジェイダーの味で慣れてたシエナは、親父が死んでからという物、食べること自体がめっきりと減ったんだ。……シエナにうまいって言わせてみな。それが修行だ」
シエナがうつむく。サリコルが彼女を抱きしめた。
イサも自分の無力さを感じているらしい。リヨリならなんとかできるかもしれないと、イサは考えたのだった。
リヨリは、彼女のために何かをしたくなった。
父の縁や境遇が似ているからというのももちろんある。だが、それ以上に、悲しみから食べられなくなったと聞いて、いても立ってもいられなくなったのだ。
料理は作るのも食べるのも、絶対に楽しい物だ。
「……分かった、やるよ」
イサが頷く。
「もちろん、焼き物煮物だけじゃねぇ、山育ちのお前は魚の目利きや切り方に弱いだろう。ヤツキだって無い物は教えられないだろうしな。焼き物煮物の工夫の時間以外は、俺がみっちり魚介の扱いを教えてやるよ」
「ええ~……イサさんの教え方怖そう……」
イサが鼻で笑う。それに釣られて、吉仲も吹き出してしまった。
ナーサとサリコルも笑い、ついにリヨリも笑い出した。しんみりしていた店の空気が変わる。
シエナだけはよく分かってない顔で、母とリヨリの顔を見比べているが。
「ったく、しょうがねぇなぁ。……あと吉仲、おめえにも話がある。この後大丈夫か?」
「ん?ああ……ていうかなんで俺は呼ばれたんだ?」
イサは皮肉っぽく笑い、立ち上がった。
「そうだな……場所を変えるぜ。どうせだ、ナーサさんも来てくれ」