グリル・アシェヤ
翌朝、イサに指定された店に向かう。
ナーサも大まかな位置を知るだけで、具体的な場所を知らなかった。
「ええと、西三番通りのグリル・アシェヤ……」
都カルレラの構造は中心に王宮と、隣接する都最大の公園、王宮広場があり、そこを起点に放射状に広がる。
玉ねぎのように中心にから外側に向かって層になっているイメージだ。
王宮の近辺に議会や役所などの公的な建物が建ち並ぶ政治の中心となるエリア、その周囲を大店の商店あるいは商社、金融業者がある経済の中心となるエリアが囲む。
さらに貴族や市民議会の政治家、商店主の家屋敷が立つ高級住宅街が連なる。
そして、その外殻に市民や職人が住み、彼らを顧客とした商店が並ぶ庶民の下町エリアだ。吉仲達が宿泊した宿、食事をしたパブもここにある。
都の一番外側、たまねぎの皮に当たる場所は、地域によって軍の駐屯地か、色街か、貧民や流民が住むスラムとなる。だがそれらは便宜上、都の外という扱いになっている。
王宮広場を貫くように都の八方位に向けて放射状に伸びる各街路と、各街路を繋ぐ通りと呼ばれる環状道路を基準にした街づくりで、街路と通りの境にできる三角地は緑地となっている。
そのため、吉仲は思っていたより緑が多いなという印象を感じた。
街路と通りでの構成はそれぞれの町の名前にも適用される。
実際にはそれぞれ正式な町名もあるが、外から来た人間に配慮すると街路と通りによる伝え方が最も分かりやすくなるため、そちらは公文書以外で使われることはなくなっていた。
八方位に貫く街路と、王宮に近い所から一番通り、二番通りと名が付く環状線で構成される構造は、王宮に近い重要性の高い建物は探しやすいが、外殻に行くにつれて探しにくいという欠点は含みつつ、分かりやすく効果的な街の作り、地名となっている。
吉仲達が泊まった宿は南南西五番通りにあり、目的の西三番通りまでは二十分くらいで到着した。
グリル・アシェヤは有名店なのだろう。町の人に尋ねると、すぐに見つけることができた。
年季の入った重厚な石造りの店構えは歴史を感じさせるが、威圧感を感じさせるほどではなく、庶民派の老舗という趣だ。
どこかリストランテ・フラジュの店構えにも似てることで、リヨリの緊張感が解れる。
開店前だが店は空いていた。だが、中は暗い。
「えーと……ごめんください!」
店の奥からイサが姿を現す。そこが厨房なのだろう、イサはリヨリと勝負をした時同様、濃紺の前掛けを締めていた。
「おう、来たな。思ったより早かったじゃねぇか」
イサの巨体の前から、小柄な女性がひょっこりと顔を出した。
「いらっしゃい、リヨリちゃん!久しぶりねぇ!かわいくなっちゃって!……あ!お友達も入って入って!」
褐色の女性はイサを押し除け、花が咲き誇るような満面の笑みでリヨリの体を揺する。
そのまま吉仲の手を掴み中に入れ、ナーサに手招きをする。
「……え?……わ!ちょ!ちょっと!」
「おいおい。いきなりそれかサリコル……おう、吉仲。来たな。ナーサさんは引率してくれたのかい?」
「ああ、おはよう」
「おはようございますぅ。この二人での旅はちょっと不安だったからねぇ」
イサがゆったりと店に出て、窓を開ける。
石造りの窓から朝日が差し込んだ。表と同様、年季の入った店内は、石造りなのにどこか軽い雰囲気だ。日差しに照らされたサリコルの顔は満面の笑みだ。
この女性の雰囲気のためかもしれないと、吉仲は感じた。