都の夕食
チェックインを終え、荷物を置いた三人は、ナーサおすすめのパブで夕食を取る。
酒を提供する居酒屋だが、レストランとしても使われているらしい。
子連れの客も多く、賑わいがある。だが、夕暮れ時でまだまだ酒場独特の酔っ払いの喧騒にはほど遠い、良い時間だった。
料理は大皿に盛られたベーコンのブロックステーキと、マンドラゴラの炒め物。
どちらも酔っ払い向けの塩気の強い味付けだが、一日中馬車に揺られて疲れた身体にはちょうど良い。
吉仲とリヨリはリャクナク葉茶だが、ナーサはエールを飲んでいる。
「……ナーサさん、宿屋のおじさんに鞄屋って呼ばれてたけど、鞄屋なの?魔女行商じゃないの?」
「それはメインのお仕事ねぇ。でも趣味で魔法道具作りをやっているのは知ってるでしょう?」
「ああ、昨日使った松明とかな」
ナーサが自らの黒い鞄を太ももに乗せ、中から鞄を取り出す。リヨリに勧めた白いポーチだ。
「ある程度の魔法道具は作れるけど、私の専門は鞄作りなのよぉ」
「鞄」
二人の声が揃い、視線がナーサが持つポーチに注がれる。
「じゃあ、私の鞄もナーサさんが?」
「そうねぇ。容積率と圧縮率の兼ね合いとかぁ、いかに外界の影響を受けずに品物を保護できるかとかぁ、いかに体に負荷を掛けずに持ち運べるかとかぁ、必要な物をパッと取り出せるようにするとかぁ、そういうことを考えるのが大好きなのよぉ」
ナーサは笑いながら二人に鞄を見せてきた。
酔っているわけではないが、普段のナーサとは違い、早口だ。
「でもナーサさん、鞄売ってくれたの一昨日が初めてだったけど……」
「今朝出立するまで、リヨちゃんに鞄は必要なかったでしょう?」
「まあ、たしかに……」
リヨリの鞄は宿に置いてきた。魔女貨幣が一つあれば、買い物には困らない。
「なるほどな。それで鞄の時は普段とは違う売り込み方だったんだな……あ」
「どしたの吉仲?」
リヨリが首を傾げる。ナーサも微笑みつつ、少し赤くなった頬を傾けた。
「もしかして、ダンジョンで捕まえた魔物を運ぶような鞄も作れるたりするのか?ツタだけでも結構重かったし、一匹一匹運ばなきゃいけないのも大変だしさ」
ナーサは微笑を残したまま、思いを巡らせるように視線を上げる。
「……まあヒポグリフぐらい大きい物を軽々運ぶとかは無理かもだけど、コウモリとかトカゲがそういうので運べれば楽になるなって思ってさ」
少しの間。
ナーサの微笑が凍りつき、真顔になる。
そのまま、勢いを付けて立ち上がった。椅子がガタンと音を立てる。
「……わ!ナーサさん!?」
「それよ吉ちゃん!」
ナーサは興奮した表情で、吉仲にグイッと迫った。吉仲も引き下がろうとしたため、椅子から落ちそうになる。
「ーーそうねぇ、蔵とまでは行かなくてもある程度冷却した状態で運べるとかぁ、肉と植物を同時に運べて汚さないとかもぉ、中は清潔に保てるように洗いやすくしないとねぇ。……ただそうなるとあまり容積率圧縮率は上げられないかしらぁ、でもある程度大物にも対応できるようにはしたいしぃ……」
店中の注目を一心に集めつつも、気にした様子も無く止めどなく溢れるアイディアを呟く。
その顔は恍惚とし、うっとりとした表情だ。
「酔ってるのか?……いや、すぐじゃなくて良いよ。ダンジョン潜れないし」
「そ、そうだね。ナーサさん、今はご飯食べよう?」
アイディアを呟き続けるナーサが、周囲の視線にハッと気付く。
ぎこちない動きで座り直し、恥ずかしそうに咳払いをした。酔ってはいないようだった。
「……でも、良いアイディアねぇ。狩猟の獲物を入れる鞄は確かに誰も作ってないしぃ」
だがその後、ナーサはすぐそのアイディアの吟味を始め、料理を食べる所じゃなくなっていた。