馬車の旅
都への道のりは、吉仲の思った以上に近かったが、思った以上に時間が掛かった。
ナーサの勧めで乗合馬車に乗ったのだ。
移動費は相応に掛かるが、二日間歩き詰めるよりも、早朝に出立して馬車に乗る方が多少は早く、楽だ。
この国の乗合馬車は、二頭立て四人乗りの物が一般的だ。
街道沿いの宿場街には必ず停留所があり、停留所で馭者を雇い隣の宿場まで進むことを繰り返す。
運賃は国の定めで決まった額を、乗客全員で頭割りして行う。
同じ方角に行きたい四人が集まれば一度に支払う額は規定の一人分の運賃で、急ぎの時は四人分の額を払えば一人でも発車してもらえる。
次の宿場で再び馭者を雇うのが面倒な場合は、街道沿いであれば貸し切って行きたい街まで連れて行ってもらえる。
もっとも貸し切りの場合、拘束時間分の見込み収益を請求されるため割高だ。
村の最寄りの宿場町から、都の間に宿場町がもう一つある。
吉仲一行は昼食を兼ねた乗り継ぎを行い、都へ着いた。
都からほど近いこともあり、往来も多く、馭者は十分に揃っている。待ち時間はほとんど無い。
それでも着いたのは夕方だった。馬車は、そこまで速くは走れない。
吉仲は午前中は二日酔いで頭が痛く、午後は腰が痛くてたまらなくなった。
乗合馬車のシートは板に皮を張っただけの物だったのだ。
申し訳程度の薄い綿は、長年の使用によって完全に潰れきっていた。衝撃を吸収するはずのサスペンションもあまり機能しておらず、土の道の振動を直に受けたのだ。
吐き気が無かったのが幸いだった。もしあれば、激しい揺れで乗る所じゃなかったろう。
馬車から解放され、いつも通り歩くリヨリとナーサ。そして、その後ろを中腰でよろよろと着いて行く吉仲。
「吉仲、お爺ちゃんみたい」
「……二人とも……平気なのか……」
「なにが?」
リヨリは何も問題無さそうだった。
馬車の中で、窓の外の景色を見ようと頻繁に身体を動かしていたのだ。ほとんど扉に付いた窓に張り付いていたと言っても良い。
座りっぱなしになっていたわけではないから、腰に負担が掛からなかったのは吉仲にも分かる。
同じように姿勢をほとんど変えなかったナーサも、特に問題無いのが気になった。
吉仲がナーサを見ると、ナーサは悪戯っぽく微笑んだ。
「ナーサは……?」
「ごめんね吉ちゃん、ちょっとズルしちゃった」
そう言いながら、鞄から棒を引っ張り出した。
十五センチ程度の銀色の棒で、流麗な細工が施されている。
「……それは?」
「簡易的な空飛ぶ杖ねぇ。あまり高くは飛べないけど、少し浮くことはできるのぉ」
シートの上で浮いていたのだ。そうすれば振動はほとんど無くなる。
それにナーサは職業柄、杖の上に長時間いるのは慣れていた。
「へぇ、便利だね」
「ずるい……」
「ふふ、ごめんねぇ。でもちゃんと馬車乗っただけ良いと思ってほしいわぁ。一人だけ先に行って合流でも良かったしぃ」
吉仲とリヨリの頭に、疑問符が付く。
「そういえば杖を使えばすぐ行けるもんね、どうして私達と馬車に乗ったの?」
「そりゃもう、旅慣れてないリヨちゃんと吉ちゃんを置いて、一人で行くわけにはいかないじゃない」
にこりと微笑む。
ナーサは本当にずるいな、と吉仲は思った。