出立
その晩は、リヨリの壮行会が開かれた。
ヒポグリフとトカゲの肉、老人達が育てた野菜を使えるだけ使ってのバーベキューだ。
主賓のリヨリは料理をせず、村の老人と老婆達が今日はもてなす側だ。
「いやぁ、まさか都で料理大会が開かれるなんてねぇ……」
リヨリの隣に座ったチーメダがしみじみと呟く。宴もたけなわ、彼女の知る限りの都の料理と有名店を聞いていた所だった。
「昔はそういうの無かったの?」
「いや……そうだねぇ。ヤツキが世に現れるより昔、ずっと昔は定期的に開かれてたよ」
チーメダは思い出すように天を見る。
空は曇りない快晴で、夜空に初夏の星々が瞬いた。チーメダには、凄腕の料理人の煌めきのようにも見えた。
「ええと、最後の優勝者はたしか……」
「……ランズ。この店の初代じゃよ」
隣で黙って酒を飲んでいたカチが、話を引き継ぐ。
「え!?」
「そうかそうか、リヨリは知らんかったか。宮廷料理人だった若きランズが、身分を隠して出場してな。勝った願いで自分の店を持ちたいと言いだし、ここに店を建てたんじゃ」
カチがリストランテ・フラジュを仰ぎ見る。
言われてみると、片田舎の村には似つかわしく無い、立派な店構えだとリヨリは思う。
他の家の方が田舎相応に大きいが、建築の仕方そのものが違う気はしていた。
「大会の方は、宮廷料理人が出たことが問題になってな。他にも前国王と貴族の対立だったか、何か政情が不安定になる出来事もあり、終わってしまったとランズが言っておったわい」
宮廷料理人は料理人の最高峰だ。大会に出ることは当然禁止される。また、技術の流出を防ぐため宮廷料理人を辞めた後、公に調理の仕事に携わるのは禁じられていた。
だが、ランズは宮廷料理人だけの料理人人生に満足できなかった。貴族や国賓だけではない、より多くの市井の者に美食を食べさせたくても、下野する方法が無い。
掟破りの覆面参加だったが、当時の王の取りなしで認められることとなった。
しかし他の料理人の感情に慮った結果、出店条件は都の半径五十キロから外、宿場町ではない村となり、都から最も近く条件を満たせるこの村にリストランテ・フラジュが建てられたのだ。
「それから五~六年もしたかの……イサがランズの噂を聞き弟子にしてほしいと押しかけ、その数年後にヤツキがふらっと現れてな。後はリヨリの知っての通りじゃ」
「そんなことがあったのかい……大会が終わって随分がっかりしたもんだけど、それを聞くとしょうがなかったのかもねぇ……」
「じゃあさ、今回の大会が……初代の優勝で終わった後開かれる、はじめての大会ってことだね」
カチが頷く。
ランズはリヨリが産まれる前に亡くなったため、リヨリにはランズの記憶は無い。だが、この店の名を賭ける以上、初代の名に傷をつけるわけには行かないと感じた。
「……それなら、やっぱり店の名に賭けて優勝しないとね」
「ははは!その意気じゃ!」
ナーサがふらっと近づいてくる。
「あらぁ?なんの話してるのぉ?」
「あ、ナーサさん。前の大会の話で初代が優勝したんだって、だから勝たなきゃなって……」
「ふぅん……よく分かんないけどぉ、リヨちゃんなら大丈夫よぉ。ほらぁいいこいいこぉ」
「わ!」
ナーサはリヨリに抱きつき、激しく頭を撫でてもみくちゃにする。
リヨリの鼻にアルコールの臭いがかかる。
「わわ!ナーサさん酔ってるね……吉仲と飲んでたんじゃ?」
「吉ちゃん?いるわよぉ?ほら、あそこぉ」
吉仲は、コップを持ったまま突っ伏している。潰れているようだった。リヨリは、再びもみくちゃにされる。
――翌朝。
「うう……頭痛い……」
「飲ませ過ぎちゃったわぁ、ごめんねぇ吉ちゃん。ほらこれぇ」
「ほら、水飲んでしゃんとして!」
ナーサが丸薬を渡す。酔い止めではあるが、二日酔いにも効果がある。
リヨリから水筒を受け取り、水を飲む。薬は苦く、水筒の水はぬるかったが、それでも頭の痛みが和らぐようだった。
吉仲の頭が少しだけ冴える。朝の空気の心地よさも感じられ、気分がマシになった。
「じゃ!行ってきます!」
見送りの老人達に手を振るリヨリを先頭に、三人は歩き出した。