リストランテ・フラジュ
イサは真剣な面持ちで尋ねる。
「……お前が、考え出したのか?」リヨリは首を振った。
「まさか、お父さんが考え出したんだよ。ずっと前に掘り出す方法で収穫したマンドラゴラを美味しくないって言う食通のお客さんが来てね。貴族のお爺さんだったんだけど、若い頃に食べたマンドラゴラの方が絶対おいしかったって、今のマンドラゴラは臭くて食えたもんじゃないか、マンドラゴラの味がしないかどちらかだって。お父さん、それが気になって色々と試してたんだ」
リヨリが懐かしそうに目を細め、微笑む。
「抜く収穫方法をいろいろ考えて、試して、そのために作ったのがあの山の空き地。安全に、誰も傷つけることなくマンドラゴラを抜くための収穫場」
イサは悔しそうに目を閉じた。リヨリも、真剣な顔になる。
「だから今回は、私の負け。お父さんに教わったことをそのままやっただけで、私自身の技術や発想は一切無かったから。イサさんの方がすごい料理人だったよ」
「……そうはいかねぇよ、料理人なら誓いは尊重しろ。敗者が後で何を言っても覆らないのと同様、勝者が何を言っても覆らねえ」
「でも……私の実力じゃない」
「それを言えばだ、俺はアイツが昔に考えたやり方から脱却できなかった。マンドラゴラの独特の風味の話はたびたび聞いていたにも関わらず、だ。……お前が俺に負けたと感じてるのと同じく、俺はアイツに負けてるんだ。お前の親父にな。お前は親父の代理として戦った、何も問題は無いじゃねぇか」
リヨリはしぶしぶ俯く、だが納得が行ってない表情だ。しばしの沈黙の後、それは爆発した。
「……だからって、こんな勝ち方しても嬉しくないよ!イサさんがこの店の料理人になった方が、お父さんもきっと安心する!」
老人達も吉仲も、この言い合いがどう決着するか興味深く見ている。イサは呆れたようにため息をついた。
「まったく、本当に親父に似てるなぁお前は、頑固な所がそっくりだぜ……分かったよ」
リヨリは微笑んだ。自分の敗北はずっと前から受け入れている。
「だが誓いは誓い、今回の勝負はお前の勝ちだ。……それとは別で、この証書も、店も、俺が預かる。今からこの店のオーナーは俺だ。それで良いんだな?」
リヨリは頷いた。イサはニヤリと笑う。
「よし。それじゃ、店のオーナーでもある俺が命じる。お前、このままこの店の料理長やれ」
リヨリは目を見開く、老人達は喝采した。
「……え?」
「お前の技術はまだまだだが悪くない、必要なのは勝負の場数だな。ヤツキから教わった知識と技術、それを越えるお前の発想、鍛えるなら勝負が一番だ。……あー、そうだな、俺は都に戻るよ。そんでお前に刺客を送ってやる。この証書と一緒にな?」
イサは楽しそうにニヤニヤと笑い、証書を見せた。この店の主人と勝った物が店の権利を得る。つまり、リヨリはイサが送り込む人間全てと料理勝負を強制されるのだ。
「都にゃ燻ってる料理人が多いからな、伝説のリストランテ・フラジュの料理長になれる勝負なら目の色変えて突っ込んでくる奴が大勢いるぜ?もしお前が負けたら、俺は遠慮なくそいつに店を渡すからな」
「ええ!?ちょ、ちょっと待ってよ!?どうしてそうなるの!?」
「ふふん、店の新しいオーナーの意地悪さ。お前が素直に勝ちを認めねぇからな」
リヨリは膨れて不満を示した。イサなら素直に店を渡しても良いと思えたが、まったく知らない料理人となれば話は別だ。父の店を守るため戦い続けなければいけないのだ。
「怒るなよ。悪い話じゃねぇだろう?お前は親父の店にいれる、修行よりも実戦の方が早く成長できる、それにその話を聞きつけた食通達がまた通うようになるだろうな。あいつら面白い食の噂にはすぐ飛びつくからな。ほぉら一石三鳥だ」
イサは完全にこの状況を楽しんでいた、老人達も楽しそうだ。今回の料理勝負が面白かったんだろう、リヨリの立場には同情するが、娯楽の少ない田舎で、その魅力に抗うのは難しかった。
リヨリは膨れたままうなった後、口をすぼめる。
「分かった。やる」
イサを向いて、それだけを言った。
「おお、そうこなくちゃな。これでも期待してるんだぜ、ヤツキの娘とかじゃなしに、リヨリ、お前の食とこの店に賭ける想いにな。荒削りでも、一朝一夕じゃあの味は出せねぇ」
リヨリは釈然としない顔をしようとする、しかし認められたことへの嬉しさを隠せない。
言い終えたイサが、いかめしい顔で吉仲を向く。
「それと、お前だ」