手紙
イサとトライスが帰り、四階層手前まで歩を進めてから、三日が経った。
吉仲が一人、店のテーブルでおたまと串をいじっている。
ナーサに教わった、おたまを使うための訓練だ。
魔法の串は通常、長さの伸縮と、太さの調整しかできない。
だが、おたまの力で魔法式を書き換えれば、曲げる、広げる、先を枝分かれさせるなど、本来の能力を遥かに超える自在の形状変化ができるはずだとナーサは言った。
自衛の意味も含みつつ、暇潰しがてらおたまの力を試しているのだ。
魔法道具や魔法陣の効果を暴走させるのは、何も考えず突き立てればそれで良い。
だが効果を変える書き換えは、どういう事象を起こすかというイメージが全てだ。
曲げることは簡単にできた。しかし、そこから先は中々イメージしにくく、試行錯誤している最中だった。
扉が開き、カチが入ってくる。
「おはよう。……うん?なんじゃ?吉仲だけか?」
「ああ、カチさんいらっしゃい。ナーサは仕事で出てるよ。リヨリは……」
吉仲が店の奥へ目をやる。カチもつられてそちらを見る。
店の奥で何かがゴソゴソと音を立てているのが聞こえた。
「おーい、カチさんが来たぞ」
「……え?あ!カチ爺!いらっしゃい!」
カウンターの陰、キッチンの奥からリヨリが飛び上がった。
頭に鍋を被った状態で飛び上がったために、鍋がリヨリの顔を隠す。
「ん?……わ!」
リヨリは慌てて鍋を取り上げる。そしてそのまま、恥ずかしげにはにかんだ。
「……鍵探しか」
「そういうこと。中々見つからないみたいだな」
四階層は、重く太い鉄の柵で塞がれ、小柄なリヨリでも通れなかった。
階段側に太い閂が掛かり、重厚な錠前で閉じられていたのだ。
魔法の力で封じられた錠前のため、ナーサの持つ鍵開けの魔法道具でも開くことはできなかった。
ヤツキが閉じたんだろうということは、すぐに目星が付いた。
だが、その鍵が見当たらない。家中をひっくり返しても見つからず、リヨリは店にまで探索範囲を広げていた。
「なんだい、朝から騒々しいねぇ」
「どうしたリヨリ。鍋なんて振り回して」
続々と老人達が入ってくる。
「あ、えへへ。みんないらっしゃい。すぐ朝ごはん用意するからね……」
リヨリがキッチンを見る。
いつも使う包丁も、普段使わない大鍋も、昔に無くしたと思っていたおもちゃの人形も、厨房の棚の中にあったありとあらゆる品物が作業台を埋め尽くしている。
ひっくり返したせいで、作業は大変そうだ。
それでもなんとかスペースを作り調理し、老人達に料理を提供する。
急いで作ったヒポグリフ肉とツタのシチューは、概ね好評だった。
結局鍵は無く、吉仲にも手伝ってもらって片付けている最中に、再び扉が開く。
「ただいまぁ。リヨちゃん、お手紙よぉ」
仕事から帰ったナーサが、リヨリの前に一通の封筒を見せる。
「ナーサさんおかえり……ん?手紙?」