木の棒
ダンジョンの一階層で、ナーサが鞄から木の棒を取り出す。
枝や節の無い、綺麗な真っ直ぐな一本の棒だ。皮も剥がされ、透明な塗料が光を反射している。
片端には焼印のような魔法式が、棒を取り囲むように刻まれている。
ナーサは焼印の無い方を吉仲に手渡した。
「……これは?」
「こないだフェルちゃんと潜った時、フェルちゃんが魔除けになってたでしょう?あれを参考に作ってみたのよぉ。試しで作った物だし、サービスで良いわぁ」
フェルシェイルを参考に、という言葉で吉仲は火が着く道具だと気付く。
「……というと、魔法の松明か何かか?」
「そ、簡素な作りだから、おたまちゃんじゃないと起動できないかもぉ」
吉仲は炎が着くことをイメージし、松明におたまで触れる。
焼印の魔法式が輝き、炎が灯った。
元からある機能を発現させるのは、書き換えが不要のため簡単にできる。
棒自体が燃えるのではなく、棒の先端から炎が噴き出している。
火が着き燃えているわけではないが、棒の先端は、ジリジリと炭に変わっているようだ。
炎の勢いはそこまで強くは無いが、持っている吉仲は頬が炎に照らされる感覚がする。
「結構熱いな……」
「そうそう、火は実体だから気をつけてねぇ」
徐々に照らされている頬から汗が出て来る。しかもかなり眩しい。
身体から遠ざけるように持つことで多少はマシになったが、吉仲は松明がここまで熱い物だとは思わなかった。
「本物と違って煙も匂いもほとんど出ないから、少しはマシよぉ」
「煙と匂いだけか……いやまあ、たしかにこの密閉された空間ならマシかもな……」
二足トカゲを倒した時のように、ダンジョン内には換気の魔法陣がある。
そのため一酸化炭素中毒の心配は薄い。それでも松脂を燃やせば、換気能力を遥かに越えた煙で、すぐに自分達の視界が塞がるだろう。
「それにしてもぉ……やっぱりおたまちゃんで起動する時は、魔力は不要みたいねぇ。発光と発熱にそこそこ魔力を使う構造なんだけどぉ、周囲の魔力を吸い取ってる様子も無いしぃ……」
ナーサが炎を出す松明をしげしげと見つめる。
魔法道具のみで炎を起こし続けるのは難しい。
発光、発熱のみの継続、あるいは着火のみであれば少ない魔力でも行える。
それぞれの独立した現象を魔力で再現する手法は確立されている。そのため消費を最大限抑える研究も進んでいた。
だが、継続的に炎が燃焼する状態を作り出す仕組みは、どれだけ研究が進んだとしても継続的な魔力の消費が前提となる。
普通に火を灯し続けるなら魔法道具周囲の魔力が枯渇し、炎が維持ができずに消える。そしてそれは、ダンジョンと言えども例外では無い。
二人のやりとりをよく分からない顔で見ていたリヨリが、ハッとあることに気づいた。
「ねぇ、一階層と二階層の魔物ってスライムとジャイアントバットだけじゃん。松明なんて使ったら出会わないんじゃ……」
ナーサは優しく微笑んだ。
「それで良いのぉ。リハビリって言ったでしょう?まずは行って帰ってくることぉ。魔物と遭遇する確率を減らしてでも、ダンジョンのことを知っておかないとねぇ」
リヨリは納得のいかない表情だ。ナーサはリヨリの様子を見て、子供を諭すように続ける。
「当面の目標は二足トカゲとエンカウントした時、対処できるようになることかしらねぇ。フェルちゃんの助太刀なしでもを倒せるようにならないと、次は私達がトカゲの晩ご飯よぉ」
「たしかに。二足トカゲと戦うたびに高価なロープを壊すわけにはいかないよな。それにヒポグリフを使い切る前に、新しい食材仕入れて良いのか?リヨリ?」
ナーサが行きましょう、と言葉を切り、歩き出した。
二人の言葉にぐうの音も出ないリヨリは、しぶしぶ着いて行く。
怪我をしたのは自分の油断だし、ヒポグリフの肉を使い切れるか怪しいのも事実だ。反論はできなかった。
一階層、二階層を探索し、三階層まで歩みを進める。