発明
リヨリはエプロンを乱暴に脱ぎ捨て、扉を開ける。
「誰も食べたことない料理だよ、ちょっと待ってて!……吉仲、店お願い」
「え?おい、どこ行くんだリヨリ?」
ちょっと蔵にね、と言い残し、リヨリは飛び出て行った。食材を取りに行ったらしい。
イサが苦笑する。負けん気の強さも父親譲りだ、料理で煽ればすぐに熱くなる。
「……誰も食べたことない料理って、難しくない?」
リヨリを見送り、呆れた吉仲の質問にイサが頷く。
「まあな、でもそれをやってきたのがヤツキだったのさ。リヨリが親父と並びたいってんなら、そんくらいはこなしてもらわなくちゃな」
「そうねぇ、ヤッちゃんなら嬉々としてやるわねぇ。……楽しい楽しい食べ物実験の時もあったけど……」
誰も食べたことの無い料理というのは発明だ。
そして、発明には類稀な発想力だけでなく、大量の試作品、失敗作も必要となる。
ヤツキが作ってきた料理の大半は、そのどちらにも満ちていた。
もっとも、ここ一番の勝負の時に誰も思いつかない大実験を成功させたことで食の革命児の二つ名を得たのだが。
苦笑いを浮かべたナーサをイサが眺める。
「魔女行商か、常連さんかい?」
「あなたがイサさんねぇ。はじめまして、ここに住まわせてもらってるのぉ。ナーサと言います」
ナーサは自分が住み始めた経緯を簡単に説明する。
ダンジョンの部分は省略しているが、吉仲が聞いても不自然さは無かった。
「そうかい、そいつは世話になったな」
「いいえぇ、可愛い妹分のためですものぉ」
ナーサが楽しそうに手を振った。
「……それにしてもぉ、トライスさん、でしたっけぇ?少々お戯れが過ぎるのではぁ?」
ナーサは呆れた調子でトライスに話を振る。トライスは笑い出した。
「ハハ、すまぬな。ヤツキの娘が料理長になったとイサに聞いて、いてもたってもられなくなってな」
「ええと、トライスさん。さっきリヨリも聞いてたけど、ヤツキがいた頃の常連だったとか?」
吉仲の問いに、トライスは不敵な笑みで返した。
「なに、ヤツキも儂の友達だったのだ。昔、ピンチの所を救ってもらったこともある」
「あらあら、ヤっちゃんの交友関係も謎ねぇ……」
吉仲が質問を重ねようとした時、扉が開いた。
リヨリが両手に木箱を抱えている。
三つの木箱が段になり重なっているのだ、密閉され中を伺い知ることはできない。
「お待たせ!」
リヨリは大声で叫んだ。