判定
吉仲が水を飲んでいる間に、リヨリが皿を並べていく。
細かく刻んだマンドラゴラの根も葉も、全てを一つのお椀にまとめた煮物、吉仲は少し落胆した気分がした。
「ふむ……さすがにイサの料理に比べると、多少見劣りするの。……おっと、問題は見た目より味じゃがな」
「まあしょうがないさ、三品対一品だもの。それに勝負は一品同士じゃないか」
「そうじゃな、まだまだ勝負は分からんぞ」
リヨリから料理を受け取った老人達も、ポジティブな言葉を発するが大なり小なり吉仲と同様の落胆を感じていた。
「さあ……召し上がれ」
決然として、リヨリが言葉を発した。旗色の悪さを知り、それでも前に進む覚悟を決めた声だ。
自分の敗北を受け入れた声でもあった。老人達も、吉仲も、ゆっくりとリヨリの料理を食べ始める。
吉仲は、息を吸い込み口の中のマンドレイクの歯ざわりと風味を味わった。水でゆすいだ直後なのに、その前に食べた料理の口福がまだ残っているような感覚もする。
少女の作ったマンドレイク料理は、切り干し大根の味がした。
煮た時間は短いのに、くたくたに煮えている。よく煮えた根菜の柔らかな食感、微かな苦味と薬のような渋い風味が味のアクセントとなっている。
「ほう、短い時間の割によく煮えておるわい」
「丁寧に細切りしたお陰だね、とても食べやすいよ」
一口、また一口と口に運ぶ。老人達にしてみれば、イサのとは違い一品だけだ。味や食感のギャップは無い、一品の煮物。
「それに、なんじゃな、これは」
「なんか、後を引きますね……」
吉仲は、ようやく一言言えた気分になった。
イサは不思議そうな顔で試食者達を見る。リヨリは真剣な顔でつぶやく。
「おかわりは、判定の後でね」
気づけば吉仲のお椀が空になっている。老人達も同様だ。――つい、夢中になって食べてしまった。
吉仲は一息つく、イサの料理と同じく口福に包まれていることに気づいた。
「判定を聞こうか」
イサもさっきまでの余裕は消え、真剣そのものの表情だ。何が起こったか、気づいたらしい。
「――判定は」
リヨリは、固唾を飲んだ。
老人達の視線も吉仲に集まる、彼らを納得させる結論を言えるかはわからないが、自分の言いたいことを言おうと、吉仲は決めた。
「この勝負、リヨリの勝ちだ」
リヨリが複雑そうな表情で頷き、イサもまた、納得の行っていない表情で吉仲に詰め寄る。
「理由を聞こうか?」
「……アンタの料理も間違いなくうまかったよ。どっちもうまくて勝敗なんてどっちでも良いじゃん、って思うくらいには。でも、リヨリの料理は、なんというかその、後を引く感じだったんだ」
老人達も頷く。しかし、三品食べた彼らにはイサの方がうまかったらしい。表情に納得が行っていない感情が混じっている。
「納得いかねぇな」イサも同じように感じたらしい。一品同士でも、負ける気はしない。
「うーん、後もう一つ。なんというか、俺はマンドラゴラを食べたこと初めてなんだよ。だからマンドラゴラの味がどうこうとうは言えないんだけど、アンタの料理はマンドラゴラじゃなくても良い感じがしたな。ダイコンやカブでも作れそうな感じだった。だけど、リヨリの料理は、初めて食べたマンドラゴラの味や食感がダイレクトに伝わってきたんだ」
「ダイレクトに?……そんなバカな」
強い薬効と引き換えに、マンドラゴラの味にはかなりのクセがある。
煮ても焼いても残る堅い皮、実の独特の漢方薬のような薬臭さを残して調理をするのは下の下だ。
そして、それらをいかに抑えて料理できるかがマンドラゴラ料理の要諦とされている。
リヨリがイサに皿を渡す、イサは箸を受け取るのももどかしそうに、手づかみで一口食べた。
「……お、おい嬢ちゃん!これは……!?」
リヨリは、静かに微笑んだ。あまり嬉しそうじゃない。
「マンドラゴラを地面から掘り出す方法は簡単に収穫できるけど、味の深みも無くなってしまう。マンドラゴラの味を十全に引き出すために、やっぱり叫びは必要だったの。呪いと共に薬臭さが抜けるのか、あの叫びの振動で何か代謝されるかはわからないけど、マンドラゴラは抜くことが最高の収穫法なの。掘り出す方法でも薬効は失わないけどね」
「……ま、まさか」
イサの顔が見る見る内に引きつっていく。
「そういえばリヨリが収穫してた時に叫びが聞こえたけど、大丈夫だったのか?」
「木の上に滑車があって、マンドラゴラに縄を掛け、少し離れた壁になっている部分で引っ張る。それで叫びをかわしつつマンドラゴラを抜けるの。叫びを上げたマンドラゴラは薬臭さがかなり軽減された上に、地中に戻るために動根を動かそうとして皮も少しは柔らかくなる。後に残るのは後を引く不思議な風味だけってわけ。叫びを受けたはずの私が無事で、頭を切らなくてもマンドラゴラが手に入ったのはそういうこと」
吉仲は納得した。老人達も感心している。
イサだけが驚愕に身体を震わせていた。