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異世界の味覚

気づけば、何かを味わっていた。


甘い。

次の瞬間には暗闇の中にいると直覚した。

暗い、甘い。暗甘い。


どうやら手も足も動かないみたいだ。

やわからな甘みは安心感をもたらす。


しかし、甘みはゆったりとしたグラデーションが掛かるように次第に味が変わる。

暗闇は変わらない。


蛙が入った水を少しずつ熱すると、やがて蛙は致命的な温度の湯になったことに気づかずに茹であがる。


同様に甘い味から徐々に苦くなったために、耐え難い苦味になるまで気づくことはなかった。

ついにえづくも吐き出すことも出来ず、苦味の極致のような味わいを避けることができない。


目も見えず、耳も鼻も利かない漆黒の闇。

口中に溢れる堪え難い苦味と相まって、ぼんやりとした恐怖を覚える。


自分はどこにいるのか、何をしているのか、まったく検討もつかない。

苦味の頂点で、泣きたくなるが泣くことも出来ない。

極限まで達した苦味は目頭を熱くさせる。なんとなく、目元が濡れる感じがする。


頭もハッキリとは冴えていないのだ。泣いていることにも気づかない。


苦味が酸味に変わる。自分が自分を取り戻し、須磨吉仲とそれ以外を分ける輪郭がぼんやりと意識の中に立ち現れただけだった。


ただ、それすらも曖昧だった、立っているのか寝ているのか、皮膚が何かに当たっているのか、そんなことも判別がつかず、また気になることもない。

唯一分かることは、頂点に達した酸味だけだった。


目頭と鼻に力が入り、口の中はよだれが溢れ、ドロドロに溶けそうだ。しかし、茫漠とした意識は、酸味に集中することができない。


自分の舌が熱いことだけはよく感じられる。


全力疾走した脚が火照るように、考え込んだ時の頭が熱っぽくなるように、舌がフル回転している。

甘味、苦味、酸味、鹹味、そして辛味。


あらゆる味が舌の上に立ち現れては消えていく。何かを食べているわけではない。

まるで味のついた水を流し込まれるように次から次へと舌で感じる味覚が変化していくのだ。

ただひたすら痛いとしか思えない、のたうち回るような辛味の頂点を抜ける。


味わいが、急転換した。


――ああ、なんて美味いんだ。


吉仲は、そこで自分の感覚を、意識をはっきりと知覚した。

ゆったりと、暗闇から浮上する感覚が生まれる。


そういえば、俺はどこで何をしていたんだっけ。

徐々に手足に、目や耳に、頭に、舌以外の部分にも血が通っていくような感じだ。

猛烈に喉が乾く、水がほしい。



何かが聞こえる。上の方で、誰かが何かを叫んでいる。野太い男の声だ。

ぼんやりと霞む目の前には、見慣れない木の天井。


「……おおい!この店には誰もいないのかい!?」


男の胴間声は、吉仲を完全に覚醒させた。

吉仲の身体がびくんと跳ねる。


やばい。吉仲は、そう思った。寝てしまったのか?バイト中に?なんで誰も起こしたり、接客してくれなかったんだ?驚きと焦りで喉が乾く、水がほしい。


「は!はい!いらっしゃいませ!」


慌てて飛び起き、辺りを見回す。しかしそこは彼の知っている牛丼チェーンの店舗ではなかった。

もちろん自分の家でもない。


自分は今、バイト先で働いていたはずだったがと、吉仲は考えた。

新卒での就活に失敗し、就職浪人となった今でも惰性で働き続けている。

バイト先の同僚は一定の間隔で入れ替わり、ついに彼は最古参の中年のおばさんの次に古株、バイトリーダーの立ち位置になっていた。


「え?あれ?」


バイト中に寝て起きたら、異常な世界に飛んでいた。


吉仲はゾッとする。いや、何かもっと恐ろしい出来事が起きたような。

喉が、カラカラに乾く。


辺りを見回す。木と漆喰でできた年季の入った建物、少なくとも病院にも見えない。

完全に見たことのない風景だ。素朴なアンティークの調度品、逆に見慣れた電化製品は一つも無い。


隣の部屋では誰かが喋っている。片方はさっきの声の男みたいだ、もう一人の声は女性のようだ。

吉仲は心細くなり、ふらりと立ち上がり声のした隣室へ向かった。


吉仲よりもはるかに大きい大男と、その半分くらいしか無さそうな少女が向かい合い、そして二人共吉仲を見ていた。


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