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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第六章 砂漠の大陸編 後編
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第九十話 選びなおし

 砂丘をいくつも超えた先に、あのサソリ型の魔物がいた。


 やつは蜃気楼に揺らめきながら長い尾を立たせ、複数ある脚の何本かを欠けながらも悠然と歩行している。


 ――目的の魔物の姿を確認した異種族たちの一行は、慎重に足を進ませていく。


 その中には、エフィールの姿もあった。


「……」


 彼女は大弓の魔法道具をまるで狩人のように下に構え、かつて自分を死に追いやった相手をじっと見据えていた。


 エフィールがこの魔物退治に戻ってきたとき、他の異種族たちはたいそう驚いていた。

 表情筋も完璧に異なるからその解釈で正しいという確証はないが、しかしやはり「死人を見るような目」というのはみな同じなんだと思った。


 しかしエフィールはそんな彼らの目線を一切気にせず、ただ黙って後についてきた。

 何を考えているのか伺い知ることはできなかったが、彼女の目には確かな光が灯っていたように思う。


 ――やがて、一行がサソリ型の魔物との戦闘を始める。


 集団であの巨大な魔物を取り囲もうとしている彼らを遠目に見ながら、自分たちは慎重に行動しようと、離れて動いていたときだった。


 エフィールが突然、サソリ型の魔物に向かってまっすぐに歩き出した。


「お、おい?」

「どいて、おねがい」


 スロウは彼女の行く手を阻んで止めようとする。


 この前あいつにやられたばかりじゃないか、今はまだ――

 

 そう口にしようとした途端、彼女が醸し出す凄まじいオーラに気が付いて、たじろいだ。




「戦わせて」




 澄んだ金色の瞳が、砂漠の熱気にきらりと光った。

 ナイフのような鋭さだ。

 だが、以前のような、周囲や自分自身を傷つけるようなものではない。

 もっと、芯のある……。


「……危なくなったら、助けるからな」


 スロウはそれだけ言って道を空ける。

 エフィールは、何も言わずにうなずいて、そのまま歩いていった。




 ――それから、数十分。


 エフィールは、サソリ型の魔物を圧倒していた。




 最初は少し危うさがあった。

 怪我から復帰した直後のまだ勝負勘が戻りきっていない戦士みたいに、見ていてヒヤリとする場面が何度かあった。


 でも徐々に徐々に、サソリ型の魔物は、たった一人の弓使いの少女に翻弄されるようになっていった。

 協力して戦っていたはずの異種族たちですら、すでに戦闘に追いつけなくなっている。


 ……彼女が繰り出すのは、かつて見たことのある、弓を用いての超近接戦闘。


 残像すら見えるほどのスピードで立ち回り、単独で四方から無数の矢を飛ばし、

 ――ほんの少しの静止を挟んで、まるで『溜め』を爆発させるかの如く強烈な一撃をたたき込む。


 彼女の弓にほとばしる光波が、さらに輝きを増していくようだった。


 やがて、守りに徹していたサソリ型の魔物が――ついに覚悟を決めたのか――傷口をさらけ出した捨て身の突進で尾針を突き出す。


 対するエフィールは、なんと真正面からさらに加速。


 かつて自身を貫いたその尾針を、腕に纏わせた光の小手で受け流し――


 頬先を巨大な尾にかすめさせながら、以前スロウが負わせた頭部の傷口に、ゼロ距離から矢先を構えた。


「『――――』」


 エフィールが、何かを呟いた直後、

 一直線に走った光の矢が、魔物の甲殻を内側からぶち抜いた。




 ――この日、オアシスの街を脅かしていた魔物の一体が、異世界の少女によって倒された。

 かつて、砂漠の民たちが長い時間をかけて傷を負わせ続けた魔物が、砂漠の海に沈んだ。


 崩れ落ちる魔物の骸と、湧き上がる歓声。

 その中心に立つ魔人の少女はそれでもなお、地に足をつけてどこか遠くを見据えていた。




 そして帰り道、赤い髪の少女はおもむろに言った。


「マーヤのところに、案内してほしい」







 場所は変わって、オアシスの近辺を訪れる二人。

 確かこのあたりに居たはずだと思いながら周囲を散策していると、視界の端に目的の人物がちらりと移った。


 山羊頭の男と、踊り子のような風貌をした少女。


 そんな奇妙な二人組を視認したエフィールは、スロウの背後からおずおずと出て、同じ赤い髪をした少女に向かって歩いていく。


「……マーヤ……」

「……」


 声の出せない少女は、近づいてきたエフィールへ静かに手を差し出して、




 ――エフィールは、その手を取った。







「『――――――』」


 エフィールは、長い間マーヤと手を取り合いながら、自分には分からない言語で話をしていた。


 主役じゃないスロウはただ、彼女らが話をしているのを遠くから眺めるだけ。


 同じ赤い髪を持つ見目麗しい二人の少女がオアシスのそばに生えた木陰の下で顔を合わせているのを視界の端に留めつつ、にぎやかなオアシスの街を行き交う異種族たちをぼんやり眺めた。


 ふと隣を見上げれば、筋骨隆々とした山羊頭の男が自分と同じように二人の少女を見ていて……

 なんとなく気になったスロウは彼に問いかけてみた。


「なあ、お前って、もしかしてマーヤの恋人なの?」


 山羊頭の男は、こちらに一瞥もくれずに鼻息を鳴らしただけだった。







 その日から、エフィールはフードを外して出歩くようになった。


 彼女は配達人の仕事を再開し、今日も重力魔法でオアシスの街を飛び回っている。


 サソリ型の魔物を倒したおかげで金は余るほどあるはずだが、魔人の力を求められているのかもう少しだけ仕事を続けるようだ。


 マーヤのところにも頻繁に顔を出しているらしい。

 最近ではむしろこちらが話す機会の方が少ないくらいだ。エーデルハイドの生き残り二人は、姉妹のようにいつも仲良く一緒にいる。

 風に聞いた噂では――と言っても本人かマーヤからしか聞かないが――エフィールはいま医術を学んでいるとのことだ。誰かを傷つける力ではなく、誰かを助けるための力を使えるようにしたいのだという。そう話す彼女は以前よりも幸せそうに見えた。


 エフィール・エーデルハイドは、ついにこの街に自分の居場所を作り上げたのだ。




 ……スロウは、いよいよ旅に出る準備をし始めた。


 目的地である『塔』についての情報はエフィール経由でマーヤから教えてもらった。


 聞けば、それは『砂嵐の塔』と呼ばれており、砂漠に迷った者たちの前に唐突に姿を現して別世界へと誘うという。


 そして同時に、そのお伽話の舞台となるのは常に、砂漠の北の方角であると言っていた。


 この情報を元に、旅に出る決心をしたのだ。


 一応自分もサソリ型の魔物の討伐に協力していたので、エフィールほどではないがかなりの金額をもらっている。


 なんと初めて手にした青石だ。

 今までずっと赤石か、良くて緑石しかもらえなかったのが、ついに最も価値の高いであろう青石をひとつ、報酬としていただいたのである。


 これを大事にしまいながら、店を回って食糧を買う計画を立てていた。




 ……そんな折、久々にエフィールが訪ねてきて、スロウは快く受け入れる。


「久しぶり、どうかしたか?」そう言って歓迎すると、


 彼女はほんの少し言いよどんだあとに、右腕を抱えながらそっと口を開いた。




「……あたし……『向こう』に戻りたい」




 この時エフィールは、もとの世界に帰ることを選び直したのだった。

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