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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第六章 砂漠の大陸編 後編
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第八十八話 境界線

 時は少しさかのぼり――


 スロウがマーヤを探しに宿を出た直後、


 エフィールは、閉じていたまぶたを開けた。


 マーヤと再会する直前、前払いで契約していたこの一人部屋はかつてのハンモックが並ぶ安宿よりも少しだけ整っている。窓には何とも言えない装飾が施された開閉可能な木枠が取り付けられ、自分がいま横になっている薄いベッドには未知の動物の毛綿が詰まっているのか微妙な柔らかさを返してきた。


 そんな快適な寝具から身体を起こし、狭い部屋に置かれていた自分の荷物をまとめ、大弓の魔法道具を背負い……宿を出る。


 途中で知り合いに遭遇することは無かった。

 その幸運をありがたく思いつつ、胸にチクチクと刺すような痛みを消そうとして足を急ぐ。




 ――やがて、オアシスの街ははるか後方に離れ、

 視界には何もない砂漠が広がり始めた……。


 頭上には焼けるような陽光が差し、暗色のマントに着実に熱を帯びさせていく。

 心を乱されることのない静寂と風の音に安堵しつつ、不快な熱砂の世界へ向けて、気だるさの残る身体を前に出そうとしたときだった。


「どこへ行くつもりだ、赤目人の少女よ」


 嫌いな男の、声がした。


 視線を少し横に流すと今までずっと姿を見せなかった幽霊のような男――

 追放者メレクウルクが、蜃気楼のなかに腕を組んで立っていた。


「……別に、関係ないでしょ」


 ヒリヒリと擦れたような目元を見られるのを癪に思い、一瞥いちべつも与えずに通り過ぎようとする……。







「――このままでは一生怯えて暮らすことになるぞ」


 ピタリと、足が止まった。


「一度犯した罪は消えん。

 たとえ逃げて、誤魔化して、忘れたとしても、()()()()()()()()()()()()()

 『あれは私がやったのだ』と、誰に言われるともなく自ら思い出すときがやってくる。

 何度も何度もな。そのたびに魂がすり減っていくのだ」


 追放者の男は、こちらが黙ったままでいるのを確認してから口を開いた。


「それが続くと、やがて、罪悪感が麻痺するようになってくる。

 そうなったらもう終わりだ。

 周りを誤魔化し、本心を誤魔化し、

 自らとその周囲の人々を貶めることに何の抵抗もなくなってゆく。

 ――醜い怪物となり果てるのだよ。もはや元には戻れん」


 背後から語り掛けてくるメレクウルクに、突如として反感を抱いた。

 ……長ったらしく説教を垂れて、何様のつもりよ。

 不愉快な感情が腹の底ににじみ出るのを感じつつ、耳障りな半不死の人物へ抗議するように呟く。


「あたしは何も悪いことしてない」

「いいや、しているではないか。

 貴様は――いまこの瞬間、誰のためにも生きていない」


 怒りで我を忘れそうになった。


 重力魔法を発動させながら後ろを振り返ると、向けようとした手のひらがピタリと止まる。


 ……憎たらしいこの追放者の男にもこんな表情ができたのかと呆気に取られ、


 それが結果的に、やつに発言を許すことになった。


「『生きることへの罪悪ざいあく』を感じているのだろう? 紅の少女よ。

 他者はおろか自分自身のためにさえ生きていないように見えるぞ。

 ……私と同じ失敗を、貴様も繰り返してしまうのか?」

「……あんたと同じ失敗って何よ」


 メレクウルクはこちらの言葉を無視して続けた。


「人はな、贈与の連鎖から逃れられないのだ。

 どれほど強大で稀有な才能を持つ強者でも生まれたときは常に弱者から始まる。

 赤ん坊は一人では生きていけないだろう?

 誰もがみな、他者からの無償の贈与によって生き長らえた時期を知っている……。


 ――分かるか?

 こうして生き残っているからには、貴様も持っていないはずがないのだ。

 かつて誰かから貰った分をな」


 ふと大弓の魔法道具のことが頭に浮かんだ。

 背にかけられたその未知の道具は、今も軽くない重みを与えてくる。


 いや、大弓だけじゃない。

 杭の魔法道具や、それ以外にも……。


「思い出せ。そして別の誰かに返してやれ。

 でなければ長い『生き地獄』を味わうことになる。

 ……私のように、この世のことわりから外れた存在になってしまうぞ」


 そいつは自虐的に笑いながら、腕輪のついた片腕を、半不死となった自らの身体に添えた。

 

「このまま怪物となり果てるか、それとも茨の道を戻ってゆくのか。

 よく考えろ」


 そう言ったっきり、メレクウルクは忽然と姿を消した。

 



 ……ひとり取り残されたエフィールは、しばらくの間ずっと、

 人がいるオアシスと魔物がいる砂漠との境界線上で立ち尽くしていた。

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