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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第六章 砂漠の大陸編 後編
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第八十三話 巡り合わせ

 目を横に向ければ澄んだオアシスの水面がきらきらと反射しており、瞳に爽やかな刺激をもたらしてくれた。

 今日は風が無いようで、砂埃がいつもよりおとなしく感じる。店の計らいで設置されたであろうこの布地だけの傘の下でも今だけは十分快適に過ごすことができた。


 涼しい日陰となっているこのテーブルの上で、エフィールは手元に木の実ジュースを携えたまま、薄い唇を動かした。


「……砂漠のどこかにある『塔』を探したいって言ったわよね。

 聞く相手を間違えてるんじゃないの?

 あの追放者の男はどうしたのよ」

「行ってみたけど居なかったんだよ」


 スロウは幽霊のような半不死の男の姿を思い出す。


 現状、砂漠の言語を唯一正確に理解できるであろうメレクウルクは不在だった。

 わざわざ北東の廃墟まで出向いたというのに、とんだ徒労である。


 目の前の娘は、はぁ、と大きなため息をついた。


「悪いけど、あたしだってまだちゃんとここの言葉が分かるわけじゃないのよ?

 正直あまり自信ないんだけど……」

「協力してくれるだけでもいいんだ、頼む」


 不安そうな表情を浮かべるエフィールだが、少なくとも自分よりは砂漠の言葉が理解できるはずだ。

 自慢じゃないが、こっちなんかもうほとんど呪文にしか聞こえないレベルである。知人と呼べるような存在なんて作れそうにない。それくらいなら、得意なやつに頼んだほうが早いのは確実だ。


「……仕方ないわね。

 やってみるけど、あまり期待はしないでよ」


 よっしゃ。

 内心でガッツポーズを決めた。


 「ありがとう」と礼を言うと、エフィールは何も言わずに木の実ジュースを一口飲んだ。

 この辺の不愛想さは変わらないようだ。

 内心で苦笑しながら俺も木の実ジュースを買おうかと思っていたとき――

 突然、何者かに話しかけられる。


 近くに立っていたのは山羊頭の種族だ。


 先日似たようなシチュエーションがあったなと思い出し、近くに踊り子とかいないよなと警戒していると……どうやらそいつはエフィールに話しかけていたらしい。


 彼女はその山羊頭に対し、つたない砂漠の言語で応えていた。


 なんだよ、やっぱり話せるじゃないか。


 会話のテンポはかなり遅めだが、しかし山羊頭の声色は柔らかい。

 彼はエフィールに単語をひとつずつ伝え、しかも発音も分かりやすく配慮しているのかゆっくりと話しているようだ。街中で聞こえてくる会話のスピードよりもはるかに遅い。

 それに対してエフィールは頭をうんうん唸らせながら、きっと覚えたばかりであろう言葉をひりだしている。


 そんなやりとりが少し続いたあと山羊頭は何かの挨拶らしきジェスチャーをしてその場を去り……エフィールは元の世界の言葉で「仕事仲間よ。いろいろ良くしてもらってるわ」と言った。


「ここではうまくやれそうか?」

「……ええ、そうね。

 この世界にも貧富の差はあるみたいだけど、優しい人は多いわ」


 エフィールは平らなオアシスの街に目を向ける。

 同じ方向を見てみると、やはりカラフルで多種多様な種族が街を闊歩していて、視界の端には澄んだオアシスの水面が揺らめいていた。


「ただ……」

「ただ?」

「――胸に、ぽっかり穴が空いたような感じがする」


 ぼんやりとしながら、彼女はそうつぶやいた。

 虚ろ、とまではいかないが……しかし覇気は無くなっているようにも見える。

 かつてその金色の瞳に浮かべていたナイフのような鋭さは、今はもうどこにも面影が無い。

 この数日で彼女はずいぶんと様変わりした。丸くなったのだ。


「元の世界に帰らなくてよかったのかって悩むこともあるけど――。

 ……でも、もうこれ以上、誰かのために生きる必要ない……のよね」


 彼女は複雑そうな横顔を浮かべたあと、くるとこちらに向き直り、頭を下げた。


「スロウ。ベレウェルでのこと、改めて謝らせてちょうだい」

「……ああ、俺たちを殺すとか言ってたことか。

 正直、こっちは大変だったんだぞ。

 黄金剣まで使われて、あの時はホントに死ぬかと思った」

「それは、本当に悪かったって思ってるのよ」


 バツの悪そうな顔でうつむいた彼女は、ふと、言いにくそうに口を開く。


「実は、その……万が一攻撃が当たっても治す算段はついてたの。

 何かのはずみで怪我させちゃった時のための保険は一応あった」


 そう言って、彼女は懐から小瓶を取り出した。


「それは?」

「どんな傷でも癒せる回復薬。

 たとえ致命傷でもほぼ完璧に生き返る超一級品」


 小瓶の中に入っているのは、無色透明の液体だ。

 ほんの数滴……喉すら潤せそうにない、ごくわずかな量である。

 特徴を聞くかぎりおそらくは、火起こし木っ端のように別の魔法道具から生成されるタイプのものだろう。


 しかし『どれほどの致命傷でも完璧に治癒できる回復薬』か……

 とんでもない一品だ。

 きっと、最上級の魔法道具として扱われていたに違いない。


「たぶん、それだったらたとえ黄金剣の刃を受けても治せると思う。

 ……もちろん、ベレウェルであんたたちを傷つける予定なんてなかった……

 って言っても、信じてもらえないわよね」

「え、待てよ。じゃ、ほんとうに最初っから俺たちを殺すつもりなんてなかったってことか」

「……本当に、ごめんなさい。

 命の危険にさらすばかりか、仲間と離れ離れにまでさせて……どれだけ謝っても足りないわ」


 エフィールはそこで席を立ち、膝をついて――おもむろに土下座をし始めた。


「ちょ――おいおいおい!」

「あたし、あんたと出会えて良かったって思ってる」

 あんたがいなきゃあたしも死んでた。

 こんな世界があることすら知らなかったでしょうし、本当に、感謝してるの」


 彼女は依然として乾いた地面に膝をつき、両手を重ねて、さらにその上にこすりつけるように額を下げている。周囲の砂漠の民も何事かと奇異の視線でこちらを見るほどだった。


 ここまでされるとは全く思っていなかったので、慌てて止めさせる。


 どうにか彼女は頭を上げてくれたが、それでも言い足りないのか、彼女は金色の瞳をまっすぐにこちらへ向けてきた。


「もし、あなたが元の世界で仲間と無事に出会えたら、

 あたしが謝ってたって伝えてほしい。

 あの人たちにも、迷惑かけちゃったから」


 殊勝なたたずまいに押されて、流されるがままに頷いた。


 ……ヘンリーさんには何も言わないでおこうか。たとえ異世界でもエーデルハイドの魔人が生きているとジャッジに知れたら面倒そうだ。


「……結局、俺たちを殺す、なんて言ったのは何だったんだ?」

「それは、聞かないでいてくれると嬉しいんだけど」


 困ったように頬をかくエフィール。

 そんな彼女の様子がおかしくて、少し笑ってしまった。




 それから、旅の準備は順調に進んだ。

 安宿で金を節約し、魔物退治に出かけて金を貯めていく。

 この砂漠のどこかにある『塔』へ向かうまでにまた食糧や水が必要になるだろう。それをいつでも買えるようにしておきたいし、明日の飯の心配をしなくて済むように金は稼ぎ続けておきたかった。


 エフィールはついに別の宿へと拠点を移したようだ。


 重力魔法で荷物を運ぶ配達人の仕事はうまくいっているらしく、少しずつ居心地が良くなってきたという。人間関係も良好に築けていると嬉しそうに話してくれた。

 さらになんだかんだで『塔』の情報収集にも時間を割いてくれているようで定期的に経過を教えてくれた。ほとんど成果は無かったみたいだが、協力してもらえるだけでもありがたい。


 ついでにメレクウルクのいる場所にも何度か行ってみたが、彼と会うことはできなかった。

 そのことをエフィールに話すと「肝心な時にいない男ね」と辛辣な様子で吐き捨てていた。


 また、砂漠の料理もいろいろ食べた。


 ここ最近の主食になっているのは、ペースト状になった穀物かなにかが団子状に丸められた焼き料理である。

 熱々の一品で、口にすると不思議な感覚がするのである。


 なんというか、熱気が口内に染み渡るように広がっていくのだ。

 まるで熱そのものからエネルギーを得るような不思議な感覚があって、食べたあとでも腹の中からじんわりと温もりが伝わってきて心地よい。

 味もかなり独特で、甘くはなく、苦いわけでもない。どちらかといえば味は薄いほうだった。

 ただ、今まで経験したことのない香辛料の刺激の多様さで楽しめる……というか。


 ――ひとつだけ言えるのは、いまこうして自分たちが使っている言語にはこの味を表せる単語が存在していないということだ。

 思えばこのときが一番「自分はいま異世界にいる」と実感した瞬間だったかもしれない。


 店の周りにいた人たちはこれを食べて「ノーパ、ノーパ」と言っていた。

 スロウたちもそれに習って「ノーパ、ノーパ」と言いながらその団子状の焼き料理を食べた。

 宿に帰るころには熱かった体も涼しくなってきて、夕暮れを快適に過ごせたのだった。


 ほかに食べたものとしては、よくジュースで飲んでいた甘い木の実――イサヤの実と言うらしい――その果汁を砂魚の白身とともに炒めたやつとか。あとオアシス近辺でよく見られる分厚い植物を使った野菜ステーキも食べた。


 豚人族の集落で食べていたブヨブヨ肉の串焼きや干したヘビの皮肉なども売られてはいたが、見かけることはほとんどなかった。他の料理のレパートリーが多くて埋もれてしまっているようで、それでも急にあの脂身を口にしたくなり、運よく見つかったときはすこし多めに買ってしまうこともあった。




 エフィールとは笑って話せる仲になっていた。

 彼女とは別行動することが多いが、時間が合えばいっしょに飯を食いに行ったり、あるいは帰り道にばったり出くわしてそのまま一緒に帰ったりする。

 肩を並べて歩いているときにその横顔を見ると、自分の目には、彼女は以前よりも優しい顔つきになっているように映った。


 ……かつて敵として戦ったはずの相手と、ここまで親しくなれるなんてな。


 新しい宿へ移ったエフィールと別れて安宿に戻り……彼女が使っていたハンモックが空っぽになっているのを見ると寂しさすら感じている自分がいる。そのことに気が付いて苦笑しつつ、眠りに落ちるまでのわずかな時間に、赤髪の友人のこれからの人生を想像した。




 そんな風に日々を過ごしつつ、たまたまエフィールのもとに行く用事があって、待ち合わせの場所に向かったときだった。

 彼女も食べたくなったのか、懐かしきブヨブヨ肉の串焼きを手に入れて街の中心部であるオアシスへ向かい、水場の近辺に立っていた赤い髪の娘に近づいていく。


「おーい、エフィール。頼まれてたやつ持ってきた、ぞ……?」


 ふと、張り詰めた空気感を察知して、歩いていた足を緩めた。


 目の前には、見知った相手であるエフィールと、そしてもう二人。


 山羊頭の男と、踊り子の、少女――……。







「……マー、ヤ……?」


 踊り子の少女のほうは、すでに頭部にかぶせられていた薄紫色のベールがはがれ、隠されていた髪が露わになっている。


 その深紅の髪色は、こうして見比べてみれば、彼女のものとまったく同じであることは明らかだった。


 そして、愕然とした表情を浮かべてその踊り子の少女と対面したエフィールは、きっとエーデルハイド族の言語であろう、聞いたことのない言葉でつぶやいた。


「『――――、―――――……?』」


 踊り子の少女は、何も答えはしなかった。


 ただ、まるで『返して』と言っているみたいに、手のひらを差し出したままそこに立っていた――……。

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