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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第六章 砂漠の大陸編 後編
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第八十一話 それぞれの道へ

 エフィールは、砂漠の言語を勉強し始めた。


 彼女はオアシスで涼んでいる褐色肌の人や、重力魔法で遊ぶ魔人たちに積極的に声をかけ、必死で会話を試みている。


 長く放浪を続けていたエーデルハイド族は複数の言語を話す必要があったというから、それと同じようにきっとここの言語もエフィールはすぐに習得してしまうだろう。


 魔物退治にはスロウ一人で行くことが多くなった。

 この仕事は命がけだし、長く続けられるものではない。元の世界に帰ろうと考えている自分にはそれで充分だが、この土地で長く暮らしていくのなら別の仕事が必要になるはずだ。

 そういう意味では、エフィールの判断は妥当なものだと思う。


 実際に、彼女は重力魔法を用いての配達人の仕事を見つけていた。

 今はまだスロウと同じハンモックの宿屋に泊まっているが、近いうちに別の宿へ移ることになるかもしれない。


 エフィールは、少なくとも本気で、ここで生きようと努力し始めていた。


「……俺も怠けてちゃいられないな」


 スロウは足を動かしながらつぶやいた。

 とりあえず、いま自分に必要なのは元の世界に帰る手がかりだ。


 魔物との戦いを終えたあとは、日が暮れるまでに時間がある。

 そのわずかな時間に街を散策し、情報を得ようとした。


 ……が、やはりそう簡単にはいかない。

 そもそも砂漠の言語すらも理解できないので情報収集もへったくれもない。

 どちらかといえば空回りすることが多かった。


 歩き疲れたときは近くにあった露店で売られている木の実ジュースを購入。

 オアシスによく生えている背の高い木から採れたもので、値段は赤石が三つ分だった。店から離れたところで口をつけると、まろやかで優しい甘さが口内に浸透してくる。舌触りの優しい白い果汁だった。


 ――街の往来を眺めれば、相変わらず多様な種族が闊歩している。

 オアシスの街に住んでしばらく経った今、種族ごとの割合もなんとなく分かるようになった。


 一番多いのは山羊頭の種族、二番目が自分と同じ人間の種族。

 そしてその他大勢、というくくりで大体あっているはずだ。


 その他大勢のくくりの中には多腕の種族や、あと魚骨の仮面(ギ・エンパ)族なんかがいる。

 彼らはどうやらこの街では底辺層に位置づけられているようで、身に着けているものが貧しかったり、あとは扱いというか、浮浪者みたいな雰囲気があった。

 彼らの発する言語は砂漠のものと根本的に異なっているように思えたので、ひょっとしたらあの種族らもどこか異世界から転移されてきた者たちなのかもしれない。そう考えると彼らの境遇にも同情できる……ような気がした。


 少なくとも、この多様さの中であればエフィールでも暮らしていけるだろう。

 彼女は肌の色こそ色白で目立つだろうが、それで排除されることは無いはずだ。


――木の実ジュースを飲みながらそう考えていると、ふとこちらに向けられる視線に気が付く。


「……?」


 軽く首を回して確認してみると――そこには謎の少女が立っていた。


 種族は自分と同じ人間。

 外見は幼い踊り子のようで、ひらひらとした薄布が揺れるかなりの軽装だ。

 肌はよく見る褐色ではなく、まぶしいほどの色白である。珍しい。

 薄紫色のベールの向こうに垣間見える瞳はとてもつぶらで、腰には護身用なのか、小ぶりの短剣が二本備えられていた。


「えっと……何か?」


 目が合ったのでなんとなく愛想笑いをしていると、その娘は唐突にこちらに近づいてきて、何も言わずにこちらに手を差し出してきた。


 ――見ようによっては、娘が、何かしらの物品を『返して』と言っているようにも受け取れる仕草である。


 なんだこれ、どういう状況なんだ。


 魔法道具の貸し借りか? 

 困ったな、音叉剣の能力を説明できるほどの語彙力は俺にはないぞ。


 ……いやでも、よく見ると彼女の手のひらには小さなペンダントの魔法道具が巻き付けられている……ひょっとして向こうが貸す側なのか。


 なんで?


 明らかに怪しい踊り子の少女に怪訝な目を向けていると――ふと少女の背後から筋骨隆々とした山羊頭の種族が一人歩いてくるのを確認して、スロウの警戒心はさらに跳ね上がった。


 これはあれか、そういう商売なのか。

 娘に触れたら山羊頭の男がいちゃもんつけてきて、金品をせしめるみたいなあれか。


 残念だが、こっちはトラブルに巻き込まれるのなんかごめんだ。

 スロウは踵を返して、思いっきり逃げ出す――。




 その刹那。


 怪しい踊り子の少女が、おもむろにかぶっていた薄紫色のベールをはがし、その頭部が露わになった。


 それは、いつかどこかで見たことのあるような、深紅の髪色。


 赤髪の向こうにちらと垣間見えた金色の瞳……。


 エフィールのとまったく同――




 スロウは、気が付かなかったふりをしてそのまま背を向けた。


 胸の内側で心臓が大きく脈打っているのを感じながら、足を速める。


 ……まさか、ね。


 ひょっとしたら、ただの見間違いかもしれない。


 まさか……エフィールと同じ一族の者がここに来ているなんてことは、さすがにあり得ないだろう。


 何しろここは異世界だ。

 きっとそうに違いない。


 ……今日のところは宿に帰ろう。


 背後から謎の二人組の視線を感じながら、先を急いだ。

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