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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第六章 砂漠の大陸編 後編
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第七十八話 新しき世界

 オアシスの都市は、平たい街だった。

 極端な高低差は無く、飛びぬけて高い建物も無く、砂丘と砂丘の間の平地に発展した背丈の低い街だ。


 外の強烈な黄金色と比べやや薄っぽい地味な色合いをしていて、目に入る建物はみな同じ色の屋根と壁でできている。そのほとんどが角ばった形をしており、不格好な薄黄色の凹凸の隙間に浸食するように豊かな緑が広がっていた。


 あたりには嗅ぎ慣れない匂いが充満し、わずかに湿気を帯びた暑さがまとわりついてくる。今までとは少し異なる不快感だった。慣れない空気に息のしずらさを感じたままふと横を見れば、近くを歩いていた謎の種族が飛んでいた羽虫をうっとおしそうに潰している……。


 そんな風に多種多様な種族たちが乾いた土の街をカラフルに彩り、その先に、美しい水面の漂うオアシスが垣間見えていた。


「ここが、オアシスの街『デリン・ヤオホ』だ。

 ……訪れたのは数百年ぶりだ」


 メレクウルクは、懐かしそうに辺りを見回していた。


「……活気のあるところだな」


 そうつぶやいてから、ふとエフィールの方を見やる。


 彼女は自分たちの前に立って、フードを外したまま首をゆっくり左右へ動かしていた。

 その表情はこちらからは見えない。

 ただ、彼女の赤い髪も、魔人が持つ深紅の双眸も、この埃っぽい砂漠都市の景色にほとんど溶け込んでいるようだった。


「私が案内できるのは、ここまでだ」


 後ろを振り向くと、メレクウルクは舟のそばに立ってこちらを見下ろしている。

 彼の背後には城壁も門も無く、ただひたすらに広大な砂漠が広がっていた。


「この『乗りかご』と雑魚たちは、一か月だけ預かっておいてやろう。

 あとの管理は貴様らに任せる。いいな?」


 メレクウルクはそう言ってこちらを一瞥いちべつしたあと、すぐに視線をスロウのほうに固定する。その様子から、エフィールがまだ背中を向けていることを間接的に理解した。


「私は……そうだな、あの北東の廃墟に居る。

 そこを拠点としてこのオアシスの街を愉しんでいるだろう。

 用があれば来るといい」


「ではな」と、追放者の男は舟に乗り込み、砂魚の手綱を握って柔らかい砂地に出ていった。

 どうやら外周を回って廃墟に向かうらしい。街の中は地盤がしっかりしているので、舟の使える砂漠に出たほうが早いのだろう。




 メレクウルクがいなくなったあとに聞こえてくるのは、呪文のような異世界の言語だった。

 聞き慣れた元の世界の発音はもうどこにも聞こえない。周囲を飛び交う理解不能の単語を耳にしつつ、スロウは赤い髪の少女の隣に立った。


「……俺はこれから宿を探すよ。

 とりあえずは異世界渡りの方法とか、金稼ぎの方法とかを探ってみようと思ってる。

 もとの世界に帰るためにね」


 エフィールは何も答えなかった。

 なんとなく彼女の顔を直接見るのは憚られて、スロウは街の景色を眺めたまま問いかけた。


「もう少し、一緒に来るか?」

「…………」


 ……ややあってから、彼女は無言でコクリと頷いた。


 それを横目で確認したスロウは、まずは、近くにいた褐色肌の人々に足を向けたのだった。






 しばらくの間、もとの世界の言語を使って交流を図ったが……

 結論から言うと自分たちの言葉はまったく通じなかった。


 『オアシスの都市には、貴様らと同じ異大陸人がいる』なんてメレクウルクが言っていたから期待したが、ダメらしい。

 話しかけても褐色肌の彼らはみな一様にきょとんとした顔をした。

 そんなまさかと思いながら十人くらいに話しかけてみるが、まったく同じ反応を返される。

 『異大陸語は通じない』という事実をようやく飲み込めたのは、それからしばらく経ってからだった。


 結局、豚人族の集落にいた時のように身振り手振りでどうにかするしかないわけだ。

 ちくしょう。情報収集が一気に難しくなったぞ。


 ……まぁ、メレクウルクは数百年前に異大陸語を習得したと言っていたし、月日が経つにつれてみんな砂漠の言語の方を使うようになってしまったのかもしれない。


 そんな風に自分を納得させながら、まずは宿を探した。


 とにかく、視界に入った宿っぽい建物に突撃していく。


 そこで店主らしき謎の異種族や同じ人間に声をかけては……無視をされたり、面倒そうに追い払われたり、ある時はそもそも店主じゃなかったのか忽然と姿を消されたりもした。

 焼けるような暑さの中でにじむような汗をかきつつ、地道に足を動かし続けた。


 しかしそれでも、数撃ちゃ当たるとはよく言ったもので、十数件目の突撃にしてどうにか宿を見つけることに成功。

 見つけた宿の店主は、都市内でよく見かける山羊頭の種族だ。

 喜怒哀楽の変化が全然分からない相手である。


 唯一幸運だったのは、お金は豚人族の集落で使っていたのと同じらしいことだ。

 利用者らしき褐色肌の男が赤い石を多数渡していたのでたぶん確定だろう。


 安堵しながらとりあえず赤石を五つほど出してみると、まだ足りなかったらしい。

 山羊頭の店主はまだこちらに手を出している。

 こちらの手元に残っているのはあと七つだ。


 さらに五つ、追加する。


 彼はまだ手を出していた。


「…………」


 なんだか目の前の異種族がニタニタと意地悪く笑っているように思えてきた。


 表情筋が根本的に人間のそれとは異なっているので真意は不明だが……釈然としないまま残りをぜんぶ渡してやった。

 それで一応、足りたことになったらしい。

 合計で赤石が十二個。自分たちの全財産だった。


 そこできびすを返した山羊頭が、人間と同じ形だが異様にゴツい手で手招きして、奥へと案内してくれた。


 彼のあとについていき、薄黄色の土でできた通路を歩きながら頭の中で思案する。


 赤石十二個か……。

 問題は、この料金で何日泊まれるかだ。

 まさか明日までとかじゃないだろうな。


 宿なんて探さずにどこか空いている場所にシェルターでも作ったほうが良かったか……などと後悔しつつ、案内された扉の無い部屋に入る。


 ――大部屋だった。寝泊りする空間を不特定多数と共有するあの大部屋である。


 具体的には自分たちと異なる種族の者たちがすでに十数人おり、人間は見たところ自分たちだけのようだ。


 ベッドではなくハンモックがずらりと並んでいて、奥の端っこの方に二つ空きがある。


 山羊頭の店主はそこを指さして何か言ったあと、姿を消してしまった。


「……あそこが俺たちの場所みたいだ。行こう」

「……」


 エフィールは黙ったまま、自分の後を付いてくる。

 オアシスの都市に来てから一度も口を開いていないが、でも、特に不満は無かった。


 今までずっと助けられてばかりだったし、むしろこれでいくらかは借りが返せると思うと気分が良いくらいだった。


 大部屋の一番奥へと向かう途中、だらしなくハンモックに揺られる謎の種族たちから知らない言葉で何かを言われる。

 正確なところは定かではないが、なんとなくちょっかいをかけられているのだろうなと思った。


 でも、その程度だ。


 ふと後ろを見ればエフィールは――試しているのか――フードを外し、さらに両の瞳を赤くして周りを見ている。

 彼女と目のあった者たちはまた何かを言ったが、それだけ。

 誰も襲い掛かって来たりしない。


 ――自分たちのハンモックにたどり着いた後は、長旅で疲れていたのですぐ休むことにする。

 窓が一番近い位置なのが少しうれしかった。人っ子一人通り抜けられないしょぼい穴みたいなものだったが、無いよりはマシだ。


 眠っている間に盗まれないように魔法道具を抱えながら、ハンモックに全身を預ける。


 使っている糸が丈夫なのかかなり安定感があり、揺りかごのようにゆらゆら揺れるのも相まって意外と心地良い。堅い土や舟の上で寝るのとは質の違う快適さだった。


 そうして横になっているとすぐに眠気がやってきて、そのまま溶けるように意識が霧散していった。

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