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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第六章 砂漠の大陸編 前編
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第七十五話 旅の準備

 旅をするに当たってまず準備したのは、食糧と水だ。


 食糧に関しては干されたヘビ肉を買い込むことにする。今のところこれ以外に保存が効きそうなものはない。以前に食べたことはあるが、味がイマイチなことを思い出してしばらくはうまいものは食えなさそうだなと思った。


 資金稼ぎでは特にエフィールが活躍してくれた。

 メレクウルクと協力することに難色を示してはいたものの、今はあの男だけが頼りなのもやはり分かっていたようで、複雑そうな顔をしながら協力してくれる。


 幸運だったのは、魔人事件を知っている人間がこの集落にはいないらしいことを知ってほんの少し本気を出してくれたことだ。大量の砂魚を狩って爆稼ぎしていた。

 唐突に二桁以上の数を仕留め始めたのだから、きっと豚人族は驚いたことだろう。顔を隠している彼らの表情がありありと分かるようだった。


 狩りを終えたあとは井戸で水分補給をするのだが、このとき、シェルターから急いで土の容器を持ってきて中に入れることで少しずつ旅に持っていく水を貯めた。今の拠点の中は水が入った容器と空の容器がたくさん積み重なっていたので、この分だと旅に出る前に拡張する必要があるかもしれない。


 ある程度食糧と水が確保できてからは移動手段の準備に入る。

 これに関してはメレクウルクが情報をくれた。


 いわく、どうやらここの集落で『乗りかご』が買えるらしく、余り物がないか聞いてみろと言われた。


 いや、ここの言葉分からないんですけど……?

 でいうか、メレクウルク、豚人族と会話できたのか……?


 とにかくその乗りかごとやらをどうにかしなくては旅に出ることすらままならないので、当たって砕けろの精神で聞きに行ってみた。


 最初はとりあえず赤石をたくさん持って豚人に近づいていき、ジェスチャーだけでその乗りかごとやらがないか必死に表現してみたが、数分後くらいにいきなり追い払われた。

 その日の夜は切なかった。


 翌日は土杭の魔法道具で模型を作ってから突撃した。

 「乗りかご」というくらいなので、自作した土の箱を通りがかった豚人に見せてみると、ある住居のほうを指さしてくれた。そうだよ、最初からこうしておけば良かったんだよ。

 教えてもらった場所に向かい、半分地下に埋まっているでかい入口の土壁を叩くと、中から豚人が出てくる。そいつに模型と赤石を見せると、少しして家の中から舟のようなものが運ばれてきた。


 入口にギリギリ引っかからない大きさのそれが慎重に外に出されているのを見て、これがメレクウルクが「乗りかご」と言っていたものだと確信する。


 形状は箱というよりは舟といった方が近い。縦長で、底の部分が緩やかな丸みを帯びたデザインだった。骨組みは岩石か鉱石かで組まれ、残りは乾いた泥みたいなもので固めているような構造である。材質は不明だが揺らしてみると意外と軽かった。

 やはりこれも豚人族基準のサイズだったので、これなら人間三人だけでなく水や食料も十分に入りそうだ。おまけに屋根までついていて、強い日差しに悩まされることもなさそうだった。


 さっそく買おうとしてみたが……手探りのコミュニケーションをしていたら驚愕の事実が判明した。


 結論から言うと、緑石が十個分。それがこの舟の値段らしい。


 換金率は確か赤二十個で緑一つになるから……赤石が二百個分!?


 自分が勘違いしているのかと思って念入りに相手のジェスチャーを確認する。


 その豚人は手の平の中心から出した触手で舟を指した後、緑石を持って一、二、三、四……十個とテンポよく叩き、最後に緑石を置いてもう一度舟を指した。

 ……やっぱり、緑が十個って言ってるよなこれ……。


 ぼったくりじゃないか? と訝しんだが、当然ながら相場が分かるはずもないので結局、赤石二百個を集めるしか選択肢はなかった。


 最悪、旅に出るまでの間は安い虫炒めが主食になる可能性があったが、それはどうしても勘弁願いたかったので狩りにひたすら精を出す。途中からはサイズのでかいブヨブヨ肉の串焼きを何回かに分けて食べることで節約していた。


 ――舟を買うことができたのはそれから十日ほどが経ったころである。思ってたよりも早かった。


 活躍してくれたエフィールには頭が上がらない。

 ほとんど彼女のおかげで稼ぐことができたし、一度その件で感謝の意を伝えると「ベレウェルでかけた迷惑の分も残ってるから」と無表情で答えていた。こちらにも少しくらい借りを返させてほしいものだが……。


 とりあえず、購入した舟に食料と水を積み込んでみる。

 シェルター内を埋めるほどあった壺はあっさりと舟に収まった。中にたっぷり水が入っていたそれを運ぶのは大変そうだったが、エフィールが重力魔法を使ってくれたおかげで難なく運べた。干された大量のヘビ肉も壺の隙間にすっぽりと収まった。


 積めるだけ詰め込んだあとに肝心の移動手段はどうするのだろうと思っていたら、久しく姿を見せていなかったメレクウルクがいきなり現れた。


「――よし、互いに準備はできたようだな、同郷の者よ」

「……そのつながれてる魚はなんだ?」


 メレクウルクの背後を指さしながら聞いた。

 そこにはまるでペットよろしく、骨ばった左手に縄でつながれた砂魚が数十匹、地面に引きずられていた。

 その小ぶりな砂魚は、きっともとの生息地である地下へ潜り込もうとしているが、この地下空洞の堅い地盤に太刀打ちできず、陸に挙げられた魚みたいにぴちぴち跳ねていた。


「……なんか死にそうじゃない?」

「こやつらの生命力は強い。案ずるな」


 そういって、メレクウルクは縄を舟にくくりつけた。

 この砂魚たちに引かせることで広い砂漠を渡るのだそうだ。

 犬そりならぬ『魚そり』的な……?


 これがこの世界での常識なんだろうか……いや、常識なんだろうきっと。

 そう考えることにした。


「――さて、これで準備は整ったぞ。

 もうすぐにでも出発できるが……思い残したことはないか」

「……あ、そうだ、魔法道具取ってこないと」


 ふと、エフィールと顔を見合わせる。

 狩りのとき以外は集落の豚人に預けていることを思い出し、集落の中心部のほうに目を向ける。音叉剣と、大弓の魔法道具。どちらも大事なものだ。置いていくわけにはいかない。


 そんな二人の様子を見たメレクウルクは、その場にどすりと腰を下ろした。


「私はここで待っている。早く行ってこい」

「ああ、いや、そのことなんだけど……」


 もう腰を下ろしてしまった追放者の男に、言いにくそうに打ち明けた。


「ついてきてくれないか?

 勝手に持ち出してもいいのか、分からないんだ」


 この中で唯一、豚人族とまともに会話ができるのだろうメレクウルクは、とても面倒そうな顔をしたのだった。




「まったく、この私を雑用に使うか、同郷の者よ」


 場所は変わって、集落の中心部だ。井戸がすぐ近くにあるこの場所で追放者は愚痴をこぼしていた。


 豚人と会話したメレクウルクによると、もともとの所有者なら持っていって大丈夫らしい。

 あっけなく自分たちの魔法道具を回収できた。

 狩りのたびに使えてはいたが、それでもやはり手元にあると安心する。


「……これでこの集落ともおさらばか。なんだか寂しいな」


 切れ味のない剣を腰に差しながら、地下空洞の景観を眺める。

 天井に空いた穴から砂塵が落ちてくる幻想的な景色を見るのも、おそらくこれが最後だろう。

 そう思うとなかなかに感慨深いものがある。


「……正直、あたしは『ようやく出られる』って思ったわ」

「居心地悪かったのか?」

「あたしの素性はあんたも知ってるでしょ」


 エフィールは大弓の魔法道具を背負いながら憎たらしげに言った。


 ああ、そうか……魔人だとバレたら、という不安がずっとあったのか。

 集落に来てから一度も重力魔法を使ってなかったもんな。中を歩くときはフードもほとんど外さなかったし、けっこう気を張り詰めていたのかもしれない。


 そんな風にエフィールと話しながらこの十数日間を過ごした場所を振り返っていると、追放者の男が唐突に口を開いた。


「――貴様らは、これからどこへ向かうのだ?」


 ふいに投げかけられた至極単純な問いに、なぜか喉が詰まっている自分がいた。

 どこへ、って……。


「えっ、と……」

「異世界渡りの方法を知ったあとは、どこへ行くのかと聞いている。

 貴様らの帰りを待っている者はいないのか」


 続けて繰り出された言葉に、スロウはさらに追い込まれたような感覚に陥る。


 俺の帰りを待っているやつらって、いるとしたら、きっとあの二人が――。


 ……そんなスロウの様子を見てか、メレクウルクは静かに語り始めた。


「……時が経つのは、早いものだ。

 気が付けばかつての友人の名前すら思い出せなくなっている、なんてことも起こり得る。

 その恐ろしさは貴様らにもきっと耐え難いものだろう。

 少し待て」


 そう言ってメレクウルクは、魔法道具を保管している穴ぐらに入っていく。


 しばらく経ってから、彼は大きな笛の魔法道具を手に戻ってきた。

 汚い管がぐねぐねと曲がり、ラッパのように先が大きく開いている。管の途中には金具がいくつも取り付けられているが、演奏者が操作できるような部分は存在しないようだった。


「それは?」

「遠方にいる知人の様子を見ることができる魔法道具だよ。

 これで、仲間の安否を知るといい」

「勝手に使っていいのか?」


 汚い笛の開いた口の部分を下にして、胸のあたりで掴んでいたメレクウルクは、唐突に後ろを向いて乾いた穴ぐらの壁に刻まれた模様の羅列を指さした。


「書かれている文字が読めるか?」

「いいや?」

「――『ここにあるものは、誰でも自由に使ってよい』」


 そしてまたこちらに向き直ったメレクウルクは、笛の魔法道具を差し出してきた。


「この過酷な大地では、誰もが共同しなければ生きていけない……そのための知恵だ。

 壊さぬように注意しろ」


 スロウは若干遠慮しながらも、その巨大な笛を受け取る。


 豚人族なら片手で持てそうだが、彼らより一回り小さいスロウは両手で抱えるように持った。

 口をつけるところは細い管を切った断面みたいになっている。元々かなりでかいサイズなので、地面に傾けるようにしてその笛を構えた。


「――言い忘れていた、それを使えるのは一人だけだ。

 二回目はひと月後でなければ使えん」

「あ、そう、じゃあ……」


 どうする? と横に立っていたエフィールに視線を送ると、彼女は肩をすくめた。


「あんたが使いなさい」

「いいのか?」

「あんたには仲間がいるんでしょ? いいから使いなさい」


 そう言って、エフィールはふいと顔を背けてしまった。撤回の意思はないらしい。


「分かった、ありがとう」


 赤い髪の少女に礼を言って、傾けていた笛に口をつける。

 とりあえず頭に思い浮かべたのは、セナ、デューイ、あとヘンリーさんの三人の姿だ。

 知りたいのはベレウェルでの戦闘のあとにどうなったか、だ。

 大きく息を吸って、抵抗を感じる管の中にそのまま吹き込む。


 ボオオオオオオオォォォォォォ……


 獣の雄たけびみたいな低い音が地下空洞中に響いた。

 間抜けな音にも聞こえるが、鼓膜を震わせる振動は聴いていて少し心地よかった。


 途中で使用方法が合っているのかと不安になり、もう一度ボオオオォォォォと鳴らしてみると――突然視界が暗くなった。

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