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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第六章 砂漠の大陸編 前編
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第七十二話 罪人の呪い

「さっきも言ってたよな、メレクウルク。

 確か、あなたは『追放者』だって。

 それについて教えてほしい」

「……いいだろう。

 追放者とは、イストリアで大きな罪を犯し、別の異世界へと追い出された罪人たちの名称だ」


 メレクウルクは一転して険しい表情で話し始める。砂漠をさりさりと踏みしめてゆく彼の足どりがどこか重くなったような印象を抱いた。


「追放された者のほとんどは世界に多大な悪影響を残した存在であり、

 彼らは――私も含めてだが――何よりも重い罰として『ある呪い』を付与された」


 メレクウルクはそこで、立ち止まった。

 スロウたちもまた集落へと向いていた足を止め、歪な肢体の巨人に顔を向ける。


「……見るがいい。

 イストリアを追放されたものに与えられる、半不老不死の呪いだよ」


 そういってメレクウルクは、外套の下に隠した自分の腹をたくしあげた。


「っ……!?」


 目に飛び込んできた光景に、絶句した。




 ――内臓が、無かった。


 メレクウルクの腹は、ぽっかりと穴が空いていたのだ。


 あばら骨の下に沿ってさらけ出された腹部は完全な空洞になっており、干し肉みたいに乾いた背中側の皮から黄色い粉がふいている。背骨の凹凸まで見えていた。

 腹の下のほうには謎の黄ばんだ塵が溜まっており、メレクウルクはそれが外に漏れ出さないように腕で優しく抱えている……。


 なんで……と、後ろでエフィールが口を塞いでいた。

 普通だったら、生きてなどいないはずだ。


 メレクウルクは絶句する二人を見ながら、忌々しそうな表情でゆっくりと話し始めた。


「これが、呪いだ。

 自分の身体の一部だったはずのもの……。

 塵と化したその一粒一粒が、風に吹かれ、砂漠の熱に焼かれ、夜の冷気に侵されている感覚を、腹のあたりに絶えず感じるのだ。

 分かるか? 欠損し、身体から切り離されてもなお、その感覚が残り続ける『半不死の呪い』だ」


 砂漠に吹くカラっとした熱風が、三人の横を通り過ぎる。

 その風はメレクウルクの腹部に溜まっていた謎の塵も巻き上げて、砂塵に紛れていく。

 彼は気持ちの悪そうな表情を浮かべて服を下ろした。


「死んでも死ねない、死ぬたびに身体が不自由になってゆく。

 なのに感覚だけは残り続ける。

 いつか全身が朽ち果て、この砂漠と同化した後もずっと、バラバラになった自分が朽ちていく感覚を味わい続けねばならない――。

 ……そう考えただけで、このちりちりと痛む腹に気が狂いそうになるのだよ」


 中身の無い腹部を支えるように置かれていた手が、今度は彼の所持していた巨大な斧に向かった。分厚い刃に血かなにかがびっしりとこびりついた、あの斧だ。


「この斧はな、使うと強烈な激痛が返ってくる。

 呪いの苦しみさえ忘れさせるほどの激痛だ。

 日がな一日この斧を振るい、痛みを痛みでごまかす毎日だ。

 ……こんなものに頼らなければ、もはや正気も保てなくてな。

 ――貴様と出会ったのは、そんな生活を何百年か過ごしていたところだ」


 砂魚の狩りで、狂戦士のごとく斧を振り回していた様子を思い出す。

 尋常の存在ではないと悟ったあの直感は、的を得ていたのか。


「この腕輪と巡り会えたのはこの数百年で一番の幸運だった。

 おかげでまた、こうしてまともに人と語らうことができた。

 改めて礼を言おう、同郷の者よ」


 恐ろしさのにじみ出る強面を浮かべていた彼は、眉間にしわを寄せたまま、少し緩んだ表情を浮かべる。

 そこで初めて、腕輪を装着した瞬間のメレクウルクの様子にも合点がいった。嗚咽を漏らして泣いていたのは痛覚遮断の能力によって数百年ぶりに「普通」の状態を味わえたからか。


「じゃ、じゃあダンジョンは?

 俺のいたところでは、魔法道具はダンジョンから出てくることが多かったんだ。

 ダンジョンって、何なんだ?」

「地下牢だ」


 メレクウルクはまたもや間髪入れずに答えてきた。


「ダンジョンとは、半不老不死の呪いをかけられ、異世界へ追放されたものたちが送り込まれる牢獄だ」


 ……彼はふと、先を歩いていた豚人族の集団との距離が離れていることに気が付き、自分たちに急ぐように諭す。「貴様ら普通の人間はここで迷ったら命取りだろう」と言って、歩幅を自分たちに合わせてくれていた。


「……じゃあ、メレクウルクもそこに閉じ込められていたのか?」

「そうだ。この刑を最初に思いついた者は――狂人だよ。

 もはや故郷に帰ることも許されず、ただ薄暗い地下牢で永遠にも等しい時間を過ごさねばならん。

 脱出しようとすれば罠にかかり、死ぬに死ねないまま最期の瞬間まで苦痛を味わい続ける。

 ……運が良ければ『看守』に連れ戻されるがな」

「看守?」

「ああ、貴様ら異大陸人が言うところの『魔物』だよ。

 あやつらは追放者を逃がさぬための看守であり、拷問役だ」

「……だからあんなに狂暴なのか……」


 なんだか不安になってきて、意味もなく剣の柄をさすった。ひょっとすると自分は今、とんでもない話を聞いているんじゃないだろうか。元いた大陸でも魔物の正体は判明していなかったはずだ。

 なんというか、思いがけず世界の真実を知りかけているような、触れてはいけないものに触れているような、そんな恐ろしさが深淵から覗いてきたような心持ちだった。


「……あれ、じゃあどうして魔物が普通の人たちを襲うんだ?

 追放者を攻撃するのが魔物なんだろ?」

「そこまでは知らんよ。

 だが、何か異変が起こったのは確かだろう。

 でなければ私が外に出られるはずがないからな」


 メレクウルクがそう答えたところで――ちょうど集落の入口に着いたようだった。

 穴の空いた赤い岩山はいつの間にか目の前まで近づいている。


 地下空洞へ通じるやや広めの洞窟の前まで来てから歪な巨人を見上げると、太陽が視界に入ってきて顔がよく見えなかった。


「……すまないが、続きはまた明日にしてくれないか。

 久々に、この『普通』の感覚を味わってみたいのだ」

「あ、ああ。ごめん、時間とって」

「よい。私も故郷の話をするのは楽しい。

 それに腕輪の恩もある。必要ならばいくらでも話を聞かせてやろう」


 メレクウルクはそう言って、影を落とした頬をにやりと釣り上げた。

「また明日、集落で声をかける」と約束したあと、彼はすぐにどこかへと消えてしまった。




 ……けっこう、濃密な時間だったような気がする。

 追放者という存在や、呪いといった衝撃的なことも知ったし、何より――イストリアという実在する世界。自身の故郷であるその存在がこれで証明されたと言ってもいいだろう。


 ようやく、ようやくだ。

 これまでの旅において大きな目標であった場所が、近づいてきた。


 胸の内にあふれる希望に手を握りしめる。


 まだまだ聞きたいことはある。

 エレノア・ルクレールとは何なのか、この砂漠がどこなのか……。


 ――井戸の前で報酬の石ころを受け取り、シェルターへ戻る途中で「次は何から聞こうか」と考えていると……今までずっと無言でついてきていたエフィールが話しかけてきた。


「……ねぇ、あんた、異世界人だったの?」


 背の低い彼女は、にわかには信じがたい様子でこちらを見上げていた。

 警戒のために構えられていた大弓の魔法道具はすでに集落の豚人に回収され、彼女は手ぶらになった両腕を抱えるように組んでいた。


「みたいだな」


 自分が異世界人だというのは、たぶん確定のはずだ。

 メレクウルクが教えてくれた内容は真実味のあるものだと感じたし、そもそも彼が嘘をつく理由なんかない。これで芝居だったならむしろ賞賛に値する。


 何より、自分の直感が「正しい」と叫んでいた。

 最初の情報源であるレアと名乗った少女。彼女に助言をもらうという不可思議な出来事も、自分が異世界の出身であることと何かつながっていそうな気がした。


「イストリア、だっけ。本当にあったのね」

「ああ」

「……帰りたい?」

「…………ああ」


 ふと、まだ見ぬ望郷の世界だけでなく、でかい黒騎士や半獣人の少女の姿が思い浮かぶ。


 そこへエフィールが「帰るところがたくさんあっていいわね」とつぶやいたのを聞いて、なにか胸が締め付けられるような気持ちになった。


「……途中までは、あたしも協力してあげるわ」


 驚いて振り向くと、彼女は目をそらして別の方向を向いていた。

 バツの悪そうな表情を浮かべて、金色の目を泳がせている。


「助けてもらったお礼よ。

 幸い、ここにはあたしのことを知ってるやつはいないみたいだし、少しは力になれるでしょ」


 エフィールは溜息をつき、腰に手をあてながら地下空洞の奥を見つめた。

 外では日が暮れ始めたのか、天井から夕焼けの色がにじみだしていた。


「まずは、この砂漠を抜ける方法を考えなきゃいけないわね」

「……助かる」

「これくらいするのは当然よ、あんたには借りがあるんだから。

 ……あの変な男はこの辺に詳しそうだし、やっぱりあれに頼むのが一番よね……」


 とにかく情報がないと何もできないと、あれこれ作戦を考え出すエフィール。

 真剣な眼差しで思考をめぐらせている彼女に、思わず口が開いた。


「お前、どうして魔人事件なんか起こしたんだ」


 唐突に口を突いて出た疑問に、エフィールは目を見開いていた。


 ――砂漠で遭難しているときに他人スロウの傷を手当てし、危険が迫れば身を挺して前に立ち、相手が故郷に帰るのを当たり前に手伝えるような……そんなやつが、どうして、一族を皆殺しになんかしたんだよ。


 彼女は――ほんの一瞬だけ悲しそうな表情を見せたあと――すぐに笑って誤魔化した。




 この時に、ようやく自分は、エフィール・エーデルハイドが根っからの悪人ではないのだと確信したのだった。

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