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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第六章 砂漠の大陸編 前編
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第六十七話 豚人族の集落

 着いたのは、巨大な地下空洞の内部だった。


 赤茶色の岩壁に囲まれた洞窟を抜けたあとに広がるのは黄色い遮光の差す地下空間で、天井を支える大きな岩の柱が乱立している様子はまるで巨木の大森林のようだった。外の砂漠とは違って暗がりが多く、目に優しいのがありがたい。


 余計に体力が持ってかれる砂地とは異なり、ここの地盤は堅く安定しているようだ。しっかりとした足場に安堵さえ覚える。

 進んでいると魔法道具をかちゃかちゃと鳴らす音が地下空洞にわずかに反響して、雄大な自然の神秘を垣間見た気がした。


 ……ずいぶんと涼しいな……。


 ひんやりとした洞窟内で汗を乾かしながら、豚人族たちの後をついていく。

 その途中で、天井部分に空いたいくつもの穿穴から音もなく砂塵が滑り落ちるのを目撃しつつ、前方に人工物があるのを確認。


 どうやら彼らが住まう集落はこの地下空洞のほんの一部に密集して造られているようで、かまくらみたいなドーム状の家が十数個あった。そのすべてが土でできていて、半分地下に埋まっている形だ。地下空洞の風景にうまく溶け込んでおり、遠目からでは一目で認識できなかった。

 あるいは岩壁の一部をくり抜いてそのまま住居にしているものもあるらしく、アリ塚みたいに壁に穴がたくさん空いている場所もあった。


 そんな住居群の合間を縫うように歩いていく。どの住居も入口のサイズがでかかった。豚人族基準なのだろうか。豚人族はみな平均してスロウの二倍くらいでかい体格をしているので、それに合わせているのかもしれない。


 どことなく埃っぽい空気感にせきこみそうになりながら、スロウは警戒のレベルを一段階下げる。この種族は危険ではないようだ。しばらく集落の中を歩いているが、魚骨の仮面族とは違っていきなり殴ってきたりしない。

 せいぜいが奇異の視線――といってもみんな縄で編んだカゴみたいなので顔を隠していたが――を向けられるだけだ。


 大丈夫なはずだ。実際、つい先ほど外の砂漠で黒い飲み物みたいなのを分けてもらえたんだし。


 ……いや、でもあの黒い液体も本当に安全だったんだろうか……?


 疑心暗鬼になりながらいまいち警戒心を解ききれずにいると、一列になって進んでいた彼らは突然立ち止まった。


 何事かと身構えたが、どうやら集落の中心部まで無事到達したようで、彼らは持っていた魔法道具をいっせいに下ろし始めた。

 そして、すぐ近くにいた別の豚人族がやってきて、魔法道具を回収し始める。


 緊張しながら様子を眺めていると、その回収係らしき豚人はスロウにも近づいてきて、音叉剣と、エフィールの大弓を指さしてきた。


 スロウが確認するように音叉の剣を見せると、彼(?)は頷きながら「よこせ」と言わんばかりに手を差し出してくる。


「……マジで?」


 ……状況から察するに、この集落では魔法道具を持っていてはいけないのだろうか。


 唯一の防衛手段を手放すことには物凄い不安を感じたが、彼はなおも黙ってスロウの前に立っている。


 ……いや……ここは、渡しておこう。


 ここは彼らの縄張りだ。

 エフィールはまだ意識を失ったままだし、変に拒否してトラブルが起きたらヤバそうだ。


 背中からエフィールを降ろして大弓を持ち、そして自分の腰に下げていた音叉剣と一緒にして――いっしゅん迷ったが――そのまま豚人族に手渡した。


 回収係は全員分の魔法道具を抱えて、近くにあった丸いドーム状のかまくらに入っていく。


 長年の相棒ともいえる愛用の魔法道具が土壁の中に消えていくのを見て、死ぬほど心細い気持ちになってくるのを必死で抑える。

 幸い、ぼろきれに包んでいたベレウェルの黄金剣は魔法道具だと気付かれていないみたいだし、いざとなったらこれで自衛しよう。


 そう思いながらエフィールを背負いなおしていると、今度はガラガラと大きな音が聞こえてくる。


 音のする方向に目を向けると、スロウが付いてきた豚人族の集団が何かを取り囲んでいる。


 あれは……井戸か?


 ガラガラという音は地下に桶を降ろす音だったらしく、豚人族の一人が滑車を操作していた。

 いつ聞けるかも分からなかった水の跳ねる音が耳に入ってきて、スロウは思わずつばを飲み込んだ。水が飲めるなら飲んでおきたい。恐る恐る列の最後尾に並ぶ。


 見れば井戸はかなり頑丈そうで、念入りに手入れされているのがすぐに分かった。

 近くには番人のごとくガタイの良い豚人族が一人、魔法道具を手に座っているし、この集落で最も重要な設備であることは明らかだ。


 列の後方から前の様子を見ていると、何人かの豚人族は飲むだけでなく陶器のビンにも水を補充していた。持ち帰るのもオッケーか。よし、これなら後でエフィールにも飲ませてやれそうだ。


 すぐに順番が回ってきて、スロウは井戸の前に立つ。

 滑車式の井戸は元いた大陸と似たようなものだったのですぐ操作できた。地下へと下ろした重い桶を引き上げ、ついに目の前までやってきた。


 確認のため、木製の桶の中でたゆたう冷水を手ですくい、落とす。

 ……水の太陽の影響はないようだ、大丈夫。


 すぐそばにいる番人にビクビクしながら水を口元まで運ぶ。冷たくておいしかった。

 バシャバシャとひとしきり飲んだあと、ついでに顔も洗って一息つく。ザラついた砂粒が取れてすっきりした。

 忘れないうちに革袋にも補充しエフィールの分も確保。まだ背中で眠っている彼女を落としてしまわないように四苦八苦して腕を動かし、水分補給を終える。


 番人らしき者は何もせず、スロウがゆっくり離れると番人は井戸に蓋をした。


 とりあえず、水を飲むならまたここに来る必要がありそうだ。場所を覚えておこう。


 そうして辺りをよく見まわしていると、唐突に背後から声をかけられる。


「オ・ミブア」


 次はなんだ、と後ろを振り返ると、砂漠で列の先頭を歩いていたリーダーらしき人物がこちらに手を差し出していた。


 彼の真っ平な手のひらの上には、赤い石ころが三つ乗っていた。


「……なんすか、これ」

「ドゥオ・ナヴェイ」


 彼が何を言っているのかは分からないが、とにかく赤い石ころをカチャカチャ揺らして近づけてくる。「受け取れ」ってことか?


 こんな真っ平な手でどうやって魔法道具なんか持ってるんだろう……と場違いなことを考えていると、手のひらの中心から触手みたいなのが三本出てきて赤い石ころを無理やり押し付けてきた。びっくりしてそのまま受け取ってしまうと、彼は赤茶色に太った背中を向けてそのまま去ってしまった。


 よくよく見れば他の豚人族もみな赤や緑色の石ころを持っていたようだが、彼らもまたスロウたちのことなど気にするまでもなく、すぐにどこかへ行ってしまう。


 一人、取り越されたスロウは、まだ目を覚まさないエフィールとともに、赤い石ころを三つ持ったまま立ち尽くしていた。


「……どうすりゃいいんだ……?」


 意味が分からなかったが、井戸を見張っている番人らしき者が黙ってこちらを見てたので、居心地悪くなって足早にそこを離れた。




 その後はエフィールを背負ったまま、集落を散策する。


 とりあえず、宿とかないのか? 飯も食べたい。

 豚人族に飲ませてもらった謎の黒い液体や、井戸水だけでは全然足りなかった。

 でも、どうすればいいのか……。


 腹を空かせながら、とりあえず当てもなく集落をさまよっているときだった。


 むわっと、香ばしい匂いが漂ってきた。


 匂いに引き寄せられるようにふらふらと進んでいくと、やがてその発生源にたどり着く。


 見るからに、露店、といった風貌だった。

 そこは周辺の住居とは異なり、地中に半分埋まっておらず、角ばったデザインが特徴的だった。土壁の一部をそのままくり抜いたようなカウンターにはでかい串焼きが豪快に刺さっていて、思わず生唾を飲み込んでしまう。


 ブヨブヨした謎の白い肉の串焼きだ。

 調理されたばかりらしい一本からは脂が滴っていて、とてもとてもおいしそうに見える。


 地下空洞の天井に空いた穴から落ちてくる砂の対策なのだろうか、串焼きが刺さったカウンター上部には屋根のような突起がはみ出していた。露店の中から立ち上る湯気がその角ばった軒先を撫でるように漂って、地下空洞の空気に溶け込んでいく。


 遠くから少し背伸びをしてカウンターの奥を見やると、何かの虫の炒め物、カウンターに刺さってるのと同じブヨブヨ肉の串焼き、干された蛇かなにかの皮肉、丸ごと焼かれた鳥らしき生物の頭などなど……それらの料理がろくに掃除もされていない調理場に置かれていた。


「……あれ、食べたいな……」


 ――子どもが指をしゃぶって見てるのと同じ心境だった。欲しいけど、何もできない。

 そもそもお金だって持ってないし、換金できるようなものだってない。どうしよう、皿洗いとかやらせてもらえないだろうか……あ、でも言葉通じないのか……。


 そんな風に哀愁を漂わせながらじっと眺めていると、そこに一人の豚人族が訪れ、店主にあるものを差し出した。


 赤色の石ころだ。


 それを二つほど受け取った店主は、カウンターから串焼きを引き抜いて、豚人族に手渡していた。

 豚人族はその場で食べることはせず、串焼きを手に持ったまま立ち去って行く。


 その一部始終を目撃して、スロウは電撃的にひらめいた。


「ま、まさか!」


 手のひらに転がる石ころの感触を確かめながら急いでカウンターに駆け寄り、店主に話しかけた。


「あの! それください!」


 赤い石ころを一つ、串焼きの横で差し出す。


 すると店主は石ころをつまみ、ほんの少し吟味したあと……熱々の串焼きを一本、引き抜いた。


 スロウは信じられない気持ちでその一品を受け取った。


 軒下の影から出た瞬間に立ち上る濃厚な湯気に耐えきれず、もう待ちきれないとばかりにかぶりついた。


 ――わずかな塩味と、独特な味。

 弾力があり、しかしその中に残る、こりこりとした食感。

 そして、贅沢な脂の甘み。


 今までの人生で最高にうまい串焼きだった。


 豚人族基準の特大サイズの串焼きの両端を持ち、手が脂でべたべたになるのもお構いなしに食らい続けた。


 咀嚼しながら、ポケットに残った赤い石ころのことを考える。


 おそらくこの石は、この世界での通貨だ。


 だとすれば、先ほど井戸の前でこの石を受け取っていたさっきの豚人族の集団は、おそらく日雇いの魔物退治か何か……。

 スロウもお金をもらえたのは、たぶん、助けられる直前に一匹だけあの砂魚を倒したからだろう。それで、赤い石ころが三つ手に入った。


 ――なら、もう一度あの砂魚の狩りに参加できれば、ここで食っていけるのではないか?

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