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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第六章 砂漠の大陸編 前編
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第六十三話 収穫ほぼ無し

 山脈だと思っていたものは、山脈じゃなかった。ほぼ垂直に近い崖が城壁のごとくそびえ立つ赤い台地だった。途中からやや傾斜のある地面が続いたかと思うといきなり垂直になったような地形である。


 スロウたちは「ようやく着いたか」と言わんばかりにため息をつきながら眼前の台地を見上げる。思っていたより遠くにあったことで予定が大きく狂っていた。蜃気楼で距離感を見誤ったのだろうか、日が暮れるまえに拠点に戻れるか……?

 いや、ここまで来たなら何か持って帰りたい。


 しかし、右を見ても、左を見ても、ただただ乾いた赤い岩壁がそびえ立っているだけで、周囲にはとても集落の跡などは見えない。上を注視すると、かなりの高さであることがうかがえる。


 重力魔法で上まで登れるだろうか……と悩んでいると、エフィールから土杭の力を使うことを提案された。


 確かにこのあたりは地面が固いようだ。足元に伝わる感触はとてもしっかりしている。


 実際に土杭を出す能力を使ってみると問題なく効果を発揮し、「これならいける」と思えた。

 スロウの音叉剣と、エフィールが持つオリジナルの手袋を併用し、さらに重力魔法も使って易々と登頂に成功する。


 そして、落胆した。


「……びっくりするほど何も無いな……」


 炎天の日差しに手のひらを掲げながら、眼前に広がる景色に目を凝らした。


 一切の不純物も浮かばぬ黄金の大地が、地平線まで続いていた。


 蜃気楼によるわずかな影の濃淡こそあるものの、目に焼き付くような灼熱の世界はまさに絶景だ。たった二色だけで構成されたこの世界はどんなに高名な画家だって絵にできないだろう。

 強烈な色合いで塗りつぶされた砂漠を乾いた風が吹き上げて、宝石みたいにきらきら輝かせていた。


 息をのむほどの絶景だが、残念ながら頭の中の地図には巨大なバツ印が加えられることとなった。

 オアシスの東方向には何もない。

 この砂漠は、自分たちが思っていたよりも広大なようだ。


「……ここで休みましょ。疲れたわ」

「……ああ」


 土杭を出して影を作り、エフィールとともに腰を下ろした。

 手で風をあおぎながら残酷なほど美しい砂漠を眺める。頬に当たる風は暑かった。


 エフィールは革袋に入れていた水を飲んでいる。

 口を離したあとに気怠そうに口元をぬぐっているのを見て、なんだか病人みたいだと思った。


「ずいぶん具合が悪そうだけど……傷は治ったんじゃないのか?」


 革袋に栓をしたエフィールは、金色の瞳をこちらに向けた。

 まだ息が荒く、手や足といった身体の動きもかなり重そうに見える。革袋を懐にしまう挙動でさえも億劫そうだ。


 転移直後、致命傷を負っていた彼女は傷口に自ら鉄杭の魔法道具を突き刺して無理やり治療していた。あのショッキングな映像は忘れたくても忘れられない。

 その荒療治の影響だったのかしばらく昏睡状態に陥っていたが、意識を取り戻した今でも体調が優れないらしい。傷はふさがったはずなのに……。


 エフィールはめんどくさそうにこちらを見た後、はぁ……とため息をつく。


 そして、なんと、何も言わず唐突に腹を見せてきた。


 魔人とはいえこいつもかなりの美少女だ。そんな娘がいきなり自分のシャツをまくるなんて目を剥いて驚くようなことだったのかもしれないが、しかし、異様な暑さによる疲労感と喉の渇き、そして飢え。さらには「こいつなんか」という謎のプライドもあってか、驚きこそすれ興奮なんかとてもできなかった。


 スロウもわざとらしくめんどくさそうにしながら彼女の服の下を見たが、くびれのある色白の腹部には傷跡一つなかった。


「見ての通りよ。傷自体はもう治ってる。

 ただ、この杭の魔法道具には副作用もあるの」

「副作用?」

「ええ、傷の大きさにもよるけど、数日は倦怠感が残ったり、熱が出たりするのよ」


 ため息をつきながら服を下ろしたエフィールは、首元をパタパタ仰ぎながら続けた。


「仮説だけど、全身の治癒能力を一か所に集めることで傷の治す代わりに、他の部位の代謝が遅くなるんだと思う。

 それと、神経にも損傷が残るのかもしれないわ。

 とんでもない激痛だもの、負荷がかかりすぎるのよ。

 それも含めて完全に回復するのはまだ先ね」

「お、おう……」


 急に難しい話になった気がした。

 分かったような、分からないような、そんな相槌を打ったあとに重ねて質問した。


「お前、医術の心得でもあるのか」

「……ええ、まあ。

 常日頃から戦闘で消耗してきた、エーデルハイド一族の持つ知識よ。 

 あなたのお仲間のジャッジから受けた毒矢だって、自分で治したんだから」


 ほんと忌々しいわ。

 エフィールは片膝を抱き寄せて腹立たしげに言い捨てる。毒矢の件は根に持っているようだ。


 まあ……それも当然かもしれない。毒なんて盛られたら苦痛以外の何物でもないだろうし。


「毒の治療も、傷の手当も、一人旅には必須の技術よ。

 ……他に頼れるものなんて無いんだもの」


 そうぼやく彼女の姿が、印象に残った。




 その後は台地の周辺を調べてみたが収穫はなく、ダメ元で重力魔法を使って高高度から見渡してみると北の方角に物体が見えた。

 エフィールと相談し、次の探索ではそちらに向かうことにする。


 帰りはほとんど同じ時間をかけてオアシスに戻り、飢えを感じたまま夜を迎え、二人は明日に備えて眠りについた。

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