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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第五章 廃都ベレウェル攻略編
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第五十六話 覚醒

 視界が、暗い。

 さっきまで夕焼けに照らされていたはずの廃都市は、今や冷たい暗闇に沈んでいる。

 ひどい雨が降っていた。ザアザアと降りしきる豪雨の中、水面上に深い霧が広がっていく。


 そんな中、無数の黒い影が、雨の降る音に混じって蠢いている。

 数は分からない。ただ、暗闇の向こうに垣間見えるその姿形はみな一様に同じだ。


 トカゲのような細い胴体と、それを支える三角盾のような四本足。

 胴体と同じくらい、細い尾。


 胴体と脚部の大きさが明らかに釣り合っておらず、バランスが悪い。そこまで足を発達させる必要などあったのだろうか? そう思わずにはいられないほどだ。


 そして、どこを見ているのかわからない黒々とした瞳が、雨天の闇と同化している……。


「か、完全に囲まれてます! 数がどんどん増えてますよ!?」

「このままじゃ逃げられなくなっちまう!!

 ヘンリー、退散だ!!」

「ですが、エーデルハイドの魔人がまだ――!」


 飛びかかってきた異形の魔物を切り伏せると、離れた場所からすさまじいプレッシャーを感じた。


 本能的に後ろを振り返る。先程まであの魔人がいたはずの方向だ。

 暗くてよく見えないが……このプレッシャーはあの黄金剣のものだ。


 直後、暗闇から響き渡る轟音。

 大量に吹き飛んでくる魔物の死骸を見て、ヘンリーは恨めしそうに呟いた。


「この力……! やはり、まだ生きているのか……!」

「みんな! 俺も黄金剣の能力を使う!

 時間稼いで!!」


 スロウはそう言って、溜めの動作に入る。


 ――音叉の剣から、黒いもやが滲み出す。


 そこで後方から爪を振り上げて襲い掛かってきた魔物が、半獣人の少女によって吹き飛ばされた。

 突風をまとわせた短剣で殴るように斬り飛ばした彼女は、その可愛らしい顔立ちに鋭い瞳を浮かべている。


「指一本触れさせません!」


 そのまま、セナは小型ボウガンで連続射撃。

 暗闇に向かって放たれた毒矢が、魔物数体の動きを完全に止めた。


 デューイは自慢の曲刀で、敵を装甲ごと切り払う。やつらの盾のように厚い手足も真っ二つだ。ヘンリーはワイヤーを用いて十数体をまとめて捕縛。搦め手を多用し、魔物を近づけさせない。


 そして、黄金剣を使うまでの時間は確保された。


「みんな、伏せて!」


 すでに虚空へと掲げられていた黄金剣は、雨天の闇よりも暗い影を形成。

 赤い閃光の弾けるその瘴気の塊を携え、足を踏み込む。


 縦に振り下ろすのじゃだめだ。

 より多く魔物を倒すなら、横薙ぎの方が良い――!


 仲間に当たらないよう細心の注意を払いながら、身体をひねり、半ば上方向を意識して――ドス黒い刀身を薙ぎ払った。




 瞬間、音もなく魔物の大群を透過した暗い刀身。

 動きの止まった一瞬の直後、わずかに浮かんだ空間の歪みとともに、雨が()()()()()


 遅れて走る、衝撃波。

 吹きすさぶ轟音とともに、大量の魔物が散っていくのが見えた。


「どうだ!?」

「――いいや、まだ残ってる!!」


 しかし、攻撃範囲外に残っていた魔物たちが、またぞろぞろと集まってくる。

 スロウたちはまともに移動もできず、唯一得られたのはわずかに息を整える時間だけ。

 数十秒と経たないうちに、さっきと同じ状況に陥ってしまう。


「くっ……スロウ君、もう一度できますか!?」

「やってみます!」


 そう言って、再度、黄金剣の能力を使用。


 溜めの時間を挟んだ直後、ドス黒い刀身が暗闇のすき間へ滑り込む。


 走る衝撃波。

 一時的に魔物の数は減るが、またどこかから、()()されてくる。


 そのたびに黄金剣の能力を発動し、活路を切り開こうとした。

 

 スロウは暴力の化身に成り代わったような錯覚さえ抱いていた。

 巨大な刀身を振り回し、破壊の限りをし尽くした。


 だが、一向に魔物の数が減る様子は無い。それどこか増えている。

 傷口を無限に再生する怪物みたいに、穴の開いた領域はすぐに埋め尽くされてしまう。

 この物量の前では、最強の範囲攻撃を誇るベレウェルの黄金剣ですら、対症療法に過ぎないのだ。


 そして戦いの途中、雷鳴が響き渡った。

 真っ暗な廃都市が、その稲光によって、一瞬だけ照らされる……。

 



 見えたのは、でこぼこの起伏に沿って(うごめ)く、黒い大地。

 それらすべてが、あの異形の魔物、一体一体で構成されていることに気付くのは、とても簡単なことだった。

 廃都市の中心部から外縁部の、さらにその先に至るまで塗りつぶされた黒一色が、こちらへ向かって波打っている。


 まるで現実味の無い、絶望の景観。


 以前にも、水の太陽と遭遇したことはあった。

 あの水球に包まれた竜が現れたときに、この異形の魔物たちが大量発生することも知っていた。


 だが、比べ物にならない。




 仲間たちも、何かを悟ったらしい。


 さっきまで闘志にあふれていたはずの瞳には疲労が見え始め、終わりのない魔物の大群を前に動きを鈍らせている。

 そしていつの間にか、黄金剣を使う時間すらも稼げなくなっていた。


 ……このままじゃ、全滅だ。


 考えろ、考えろ、考えろ。

 何を使えば打破できる?


 バリアを作っても意味がない。金属を腐食させる力じゃ無理だ。

 数分前までいた場所にワープしても都市の外には脱出できない。効果時間は過ぎている。

 土の杭も無理。黄金剣ですら解決はできない。


「そうだ! 腕輪の魔法道具は……!?」


 新しい魔法道具が一つだけあるじゃないか。犯罪者の街で少年からもらった腕輪が。


 ポケットからそれを取り出し、一縷(いちる)の望みをかけて、能力を発動しようとする。


 しかし。


「――なんだよ、応えてくれないのか!?」


 ルーン文字からこぼれる光はあまりにも弱々しく、目立った変化は表れない。

 何度も使用を試みるが、四回目を超えたあたりからまともに反応すらしなくなっていた。


 そうして実験している内に、背中が当たった。

 驚いて振り向くと、自分が仲間たちと背中合わせになって構えていることに気が付く。

 自分たちの周囲は、すでに異形の魔物たちによって完全に囲まれていた。

 その包囲陣にすき間はなく、もはや、逃げる先すら見出せない。


「…………」


 仲間たちは全員、暗い表情を浮かべて押し黙っている。

 この後に訪れるであろう苦痛を、彼らはすでに直感しているようだった。


 隣に立っていたセナが、ボウガンを構えたまま身を寄せてくる。

 肩が震えているのは、この雨の寒さだけが理由ではないだろう。


 ダメだ、他のものでどうにかできないか!?


 錆びついた腕輪をポケットに戻し、頭をフル回転させて考える。

 だが、どれだけ記憶の中を手繰って見ても、この状況を打破できる力はない。


 風でも、切れ味でも、サビでも、バリアでも、ワープでも、認識阻害でも……。


 俺が見てきた能力じゃ、何も――




「待てよ」




 ――記憶を失う前からこの剣を持っていたのなら。


 俺が知らない能力を、魔法道具が覚えているんじゃないか?




「おい、スロウ!」


 やみくもに突っ込んだ自分に、デューイが声を上げる。

 だが何もしなければ、死あるのみ。


 もうやけくそだ!


「頼む!

 記憶を失う前に再現していた能力があるなら! もう一度ここに現れてくれ!!」


 まだ一度も使っていない能力でもいい!!


 俺が記憶を失う前から……。

 剣が覚えているはずの能力を、ここへ!


「響けぇえええええぇぇぇ!!」


 ずっと久しぶりに、あの甲高い金属音が鳴り響いた――――。







 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 青い髪の女性がいた。


 その女性(ひと)は、不思議な幾何学模様が刻まれた、美しい群青色の剣を持っていて……。


 やがて、その(つるぎ)から水色の光が溢れて――。







「……え?」


 瞬間、足元に溢れていた水が浮きあがり、渦を巻くように収縮。

 ――そして、ある生物の輪郭を形作った。




 トカゲのような細い胴体と、それを支える三角盾のような四本足。

 そして胴体と同じくらい、細い尾。


 胴体と脚部の大きさが明らかに釣り合っておらず、バランスが悪い。そこまで足を発達させる必要などあったのだろうか? そう思わずにはいられないほどだ。


 体組織のすべてを液体で構成され、淡い水色に光るその外見はあまりにも――()()に似すぎていた。


「異形の魔物!?」

「……いや、魔物じゃないです! 水を操る能力で……。

 え、でも、なんで同じ……え?」


 足元の水から突如として召喚されたその像は、全部で十体。

 音叉の剣を構えた主人を守るように、円心状に浮いている。

 襲いかかってくる魔物と異なるのは、あの不気味な人の顔が無いことくらい。

 そこに黒々とした瞳や骨ばった頭蓋などは無く、ただわずかに波打っているだけだ。


 それら水の像たちが、全身を淡く発光する水刃と化し、異形の魔物たちに突進していく。

 反撃を食らっても、液体の身体はすぐに再生し、逆に相手を切り刻む。


「スロウ、お前……!」


 十体しかいなかったはずの水の像はやがて二十、三十と、その数を増やしていく。

 ()()はぐるぐると回遊し、触れたものすべてをバラバラにする水の壁となって、淡く光る領域を広げていく。


 能力を発動したスロウはただ、ルーン文字の光る剣を持っているだけ……。

 ほんの少し「こうしてほしい」と思うだけで、彼らはその通りに動いてくれた。


 半自律的に行動を重ねる、不死身の召喚物。


 それは、最強の範囲攻撃を誇るベレウェルの黄金剣とは別種の――


 最強の『群体』攻撃。




「……なんで、ミラと同じ技を使えるんだよ」




 それは、かつてデューイに龍剣(りゅうけん)を教えた女性が使っていたはずの、必殺技だった。

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