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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第五章 廃都ベレウェル攻略編
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第四十七話 本当の修行

 剣を打ち合う音が響く。


 訓練用の木剣なんかじゃない。そんなものはない。

 デューイはいつも使っている断切剣を、スロウは同じ能力を使用した切れ味抜群の音叉剣を。

 下手すれば簡単に首が飛ぶ本気の特訓だ。今さら段階なんか踏んでられない。


 剣を両手に構え、二人で模擬戦を続けていた。


「違う! もっとこう、『バッ』て振るんだよ、『バッ』って!」


 曖昧が過ぎる指示に返事をする気も起きなかった。

 なんだよ『バッ』って!? 早く振ればいいのか!?


 若干投げやりになって、普段デューイがしているように力任せに横へ薙いだ。

 瞬間、まったく同じ動作で払った黒騎士に、自分の得物を持っていかれた。

 手元を離れた音叉剣は間抜けな音を立てて落下し、そして、仁王立ちしたデューイが言った。


「違う!!」


 こめかみに青筋が浮かんだ。

 分かるわけねえだろ。




 やはりというかなんというか、デューイは教える才能がまったくといっていいほど無かった。

 『バッ!』とか、『グンッ!』とか、感覚で技を教えようとしてくる。

 まるでチンプンカンプンだ。ヘンリーの説明がどれだけ親切だったか、今さらながら気が付いた。


 むさくるしい男二人がそろいもそろって、


『こう!?』

『違う!』

『こう!?!?』


 などとわめいている姿はさぞや滑稽なことだったろう。

 それでもやらなきゃいけないのだから必死である。


 そんな風に、最初の数日間はまるで進展が無かった。




 やがて、デューイの動きをよく観察するようになった。


 剣を振るという一つの動作に関して、腕以外の部位も動かしているのか、動かすとしたらどこなのか、どういうタイミングなのか、どれくらいの角度か……。


 それらの情報を踏まえた上で『バッ』とか『グンッ』とかいう言葉で表せそうな動作を再現する。仕方ないじゃないか、それくらいしか手がかりがない。

 そして理不尽に『違う!』と怒鳴られ、また観察して、修正して……。




 そんなサイクルを何度も何度も繰り返し、一週間は経ったころだった。


「――だいぶ動きが良くなってきたな、スロウ」


 いきなり、デューイから褒められた。


 最初は言っている意味が分からなかったが、まっすぐにこちらを見つめるデューイの様子を見て、胸の浮くような感覚が湧き上がってきた。


「ほ、ほんと?」

「ああ、確実にうまくなってる」

「そっか……!」


 思わずこぶしを握り締める。


 自分でもなんとなく上達してそうな感覚はあったが、師であるデューイから認められたことで確実なものとなった。


 やみくもに弓の練習を続けていたときとは違う。確かな成長の実感だ。

 嬉しくないはずがない。


「……おい、水を差すようで悪いが、まだまだ、だからな。

 オレに言わせりゃまだひよっこだ。分かってんのか?」

「分かってるって、ふふふ」


 にやける顔を制御できない。


 いやいや、一歩前進できただけでも十分な収穫じゃないか。

 上達の(きざ)しすら見えず足踏みするばかりだったあの時に比べれば、大きな違いだ。


 にこにこしながら基本の素振りを続ける。


「まったく……。

 いいか、お前はまだ実践で役立てるほどじゃねえ。

 ホントに戦えるようになりてえなら、それこそ、魔物を真っ二つにできるくらいにはならねえとダメだぞ」

「えぇ? 真っ二つに?」


 剣を振っていた腕を止め、渋い顔でその法外な目標に聞き返した。

 確かに、デューイならできるかもしれないけど……。


「そうだ。

 特に筋肉が足りん。もっとオレみたいに飯を食え」


 そういって、黒騎士は自分のことを指さした。

 その黒い軽鎧の内側に収まっているのは、筋骨隆々とした逞しい肉体だ。


 スロウは自分の身体を見る。

 確かに、目の前のそれに比べれば細く、頼りない印象の方が大きいだろう。


 けど……。


「そんで、でかくなって、オレみたいにグワっと剣を振れるようになれば――」

「デューイ」


 途端に、あたりが涼しくなった気がした。


 さっきまで湧いていた興奮がふっと静かになって、休まっている。

 リラックスして風を感じている時みたいな静けさを感じた。


「ごめん、師匠相手にこんなこと言うべきじゃないかもしれないけど……」


 首の後ろを掻いて……。

 そして、目の前の大男を見上げた。


「俺は、デューイにはなれない」


 背丈に大きな差がある二人は、それぞれの剣を持ちながら向かい合っていた。

 一方は刃と刃の間が取り除かれた音叉の剣を、もう一方は分厚く湾曲した巨大な黒剣を。


「俺にはデューイみたいに筋力が無いし、扱える剣も違う。

 それに、たぶんデューイほど好戦的にもなれない。

 ――全部が全部、同じことはできないんだ」


 ごく一般的な体躯のスロウは、年のわりに筋骨隆々とした大男を見上げた。


 根本的に、身体の構造が違う。

 歩んできた人生も、違う。


 たとえ魔法道具があったとしても、きっとすべてを同じにはできないのだ。


「だから、なんていうか……見守っててほしい。

 技は教わりたいし、教えてほしいけど、もう少しだけ見守っててくれたら嬉しい」

「……ああ……そうだな」


 何か思うことでもあったのだろうか、含みのある沈黙のあとに、そのまま素振りを再開するデューイ。お手本を見せてくれているらしい。

 スロウも、その横に並んでまた剣を振り始めた。




 この時の会話は、深く心に残っていた。

 そして、それはどうやらかなり強い力を持っていたようで、特訓中のスロウの意識に変化が訪れる。


 ――真似することを止めた。


 今までずっとやっていたデューイの真似をほどほどのところで止め、自分に合ったやり方で、自分にとって無理のない動作の範囲内で技を再現する。


 結果としてデューイのそれとは似ても似つかない、コンパクトで地味な剣技に変わり果ててしまったが、不思議と、その鋭さは師にも劣らぬ強力なものになっていた。


 ……何かを継承するっていうのは、こういうことなんだろうか。


 肉体も精神も異なるはずの他者の技術が、文字通り血肉を通して吸収・最適化されていく。

 そんな奇妙な感覚に後押しされるように、スロウの剣の技術はメキメキと上達していった。

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