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閑話 海を纏い、空を漂う

この回も読み飛ばして大丈夫です。

次話から本編に戻ります。

「寝ているやつらを起こして酒場まで連れてこい! 立てこもるぞ!」


 村長からの指示で数名が外に飛び出す。


 しかし。


「うわっ!!」


 ランタンを掲げて走っていた者たちに、黒い影が飛びかかった。


 村長たちの目にわずかに見えたのは、トカゲのような細い胴体と、その胴体よりも分厚く尖った四本足。

 そこまで視認してランタンの明かりがふっと消え、その直後、暗闇から断末魔が響いた。


「囲まれてるぞ!」

「駄目だ、みんな中に入れ!」


 酒場の中に入り、分厚い扉を思い切り閉める。

 同時に、外からズドン、ズドンと衝撃が伝わる。


「バリケードを作れ、とにかく何でも集めてこい!」


 酒場の中にあったテーブルやイスを片っ端から集めて一ヵ所に積み重ねる。それを数人がかりで抑えるが、頑丈なはずの大扉に亀裂が入り始める。


「持ちこたえろ!」


 だが、どれだけ経っても魔物はいなくならない。それどころか明らかに数が増えている。

 屋根をコツコツと動き回る音は増え、正面だけでなく小さな木窓にも強撃を与えてくる。




 雨足がさらに強まる。


 扉や窓の亀裂は押し広げられ、壁がミシミシと壊れ始める。

 天井部分からは穴が空いたのか、きれい過ぎる雨水が滝のように落ちてくる。


 雨の音は止まない。


「ダメだ村長、突破される!」

「なぜだ!? なぜこんな小さな村を襲う!?」


 水の太陽が襲うのは、大きな街だけのはずだ。


 こんな小さな村を集中的に襲うなど、聞いたこともない。


 あるいは、自分たちが知らないだけで、すでに世界は変わっていたのか。




……オオオオォォォォォォォ……




 巨大な咆哮が響いた直後、地面が大きく揺れる。


「今度は何だ!?」


 身構える人々。

 最初の異変は、すぐに起きた。


「ジョッキが……浮いてる?」


 よそ者たちとの乱闘で転がっていた木製のジョッキが、宙に浮かび始める。


 それだけではない。


 酒場内のあらゆるものが、引き上げられるように浮かび始める。


「――おい! 掴まれ!」


 それは人間も例外ではなかった。


 謎の力によって、足が地から離れる。

 身体のコントロールがきかない。何も、できない。


 そこにいた全員が虚空で困惑する中、村長は気が付いた。


 酒場の床が崩壊し、その下の地面までもが崩れていることに。


 そして。


「ぐっ、は……!!」


 上から下へ、すさまじい勢いで叩きつけられた。

 地面と水が一瞬で混ざり合い、泥になって降り注ぐ。

 割れた木片に突き刺さらなかったのは不幸中の幸いか。


「おい、大丈夫か!?」

「くそ、何が起きた!?」


 困惑、そして警戒。

 何かがまずいということだけは分かる。





 しかし酒場の中にいた村人たちは気が付かなかった。

 村周辺の地盤が、一瞬にして数メートルも沈下したことを。

 大きく陥没した村の中心部へ向けて、全方位から大量の水がなだれ込む。





 頑丈だったはずの酒場は真っ二つにへし折られた。

 湿気った木っ端の浮かぶ水面は、くるぶしから膝、膝から腰へと上がってくる。

 その水の影に隠れて、魔物が侵入してくる。


 何人もいたはずの村人たちが、水中の闇に消えていく。

 酒場を照らしていたはずのランタンの光が、消えていく。

 水の匂いの中に、血の臭いが混じる。


 村長は悪い夢でも見ているような気がした。

 もう、自分以外には誰もいない。


「あ……あ……」


 暗闇から、真っ黒な瞳がのぞいてくる。

 トカゲのような細い胴体と、その胴体よりも大きい四本足を、

 静かに動かし、寄ってくる。


「レオス神よ……どうか……!」


 叫び声は、雨の音に掻き消された。




 夜明けが来た。

 とある東の平原の村は、きれい過ぎる湖に沈んだ。

 生存者はいない。





 その上空に、巨大な水球が漂っていた。

 その丸い水面は波一つ立っておらず、美しい球体を維持していた。

 嵐のようなどす黒い雲はどこかへと消え、いつの間にか晴れ渡っていた空に朝焼けのオレンジが染み込んでいく。





 かつて、国を一つ滅ぼした怪物。

 魔物を生み出し、魔物を引き寄せる化け物。

 『海を纏う』とまで言われるほど巨大な水球に覆われ、世界を漂う天空の竜。


 人々はそれを、『水の太陽』と呼ぶ。




 水の太陽は、しばらくそこに滞空した後、西へと向かい始めた。


 ゆっくりと、まっすぐに。


 その方角に、意味があるかは分からない。


 しかし、その直線下を進むスロウとデューイは、危険が迫っていることを知る由もなかった。


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