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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第五章 廃都ベレウェル攻略編
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第三十六話 思わぬ再会

「こんな小さな村までご苦労さまでした。どうぞお休みになられてください。

 宿まで私が案内しましょう」


 着いたのは、何てことのない、ごくごく普通の村だった。

 集落の真ん中に並ぶ民家と、その外側を取り囲む麦畑。さらにその外側を簡素な木の柵で囲んだだけの、普通の農村である。北側には深い森がたたずんでいて、色濃く豊かな緑が茂っていた。


 前を歩く至極丁寧な村長の対応に拍子抜けしつつ、宿とやらに案内される。


 道すがら、この村に抱いた印象は「陽気」だった。


 催し物でもあるのだろうか。想像してたよりも派手な衣装や、小道具や、装飾がいたるところに見受けられ、心なしか場の空気も明るく感じた。


「すいませーん村長さん!

 あれって魔法道具なんですか?」


 セナが指さしたのは、見慣れない形状の大鎌だ。

 とても実用性があるとは思えない奇抜なデザインだが、光の当たり具合では細かい文字が書かれているようにも見える。


「いえ、あれは祭りの道具ですよ。

 魔法道具は……ここから見える範囲だと……ああ、あそこに立っているのがその一つです」


 彼の視線の先に顔を向けると、麦畑のど真ん中にカカシが立っていた。

 木の棒を十字に重ね合わせて衣服を縛り付けただけの、安っぽいつくりである。何も知らずに見たら、きっと誰も魔法道具だとは気づかなかっただろう。


 能力は一体なんだろう?

 獣除けか、あるいは豊作か。


「どういう効果があるんですか?」

「さあ?」


 え?


「人から貰ったのを置いてるだけです」


 ……茫然とした。

 セナとともに口を開けて立ち尽くしていると、村長は愉快そうに笑い出す。


「ふふふ、もっと役に立つ魔法道具を買えばよいとお思いになられるやもしれませんが、このような小さな村にはきっと必要ないのです。身の丈に合った暮らしをするのが一番ですよ」


 大丈夫、害はありませんから。

 そう言って肩を揺らす村長から、もう一度視線をその魔法道具に移した。


 手作り感満載の小汚いカカシを金の麦穂と腰と曲げた村人たちが囲み、そして遠くの方で広葉樹が一本だけ立っていた。


 穏やかな土地だった。


 とても、魔人がいるなんて思えないくらいに。


「なあデューイ、本当にこのあたりに魔人がいるのか?」

「知らねえよ! 俺だって噂で聞いただけなんだから!」


 前を歩く村長に聞こえないよう、ひそひそ声で話す。

 およそ今までの経験からすれば、魔人という単語は人々を不安にさせるものであった。


 魔人がすべて悪者だと思ってはいないが、少なくとも彼らは強い力を持っているし、魔人討伐のためにわざわざジャッジ部隊が組織されていたりもするのだ。

 それなりに旅を重ねた今なら分かる。自分が思っているよりも、人は魔人を敵視している。


 しかしながら予想に反して陽気そうな村の様子に、話をどう切り出すべきか悩んでいた。


 うかつに「魔人がいる」なんて噂を話すと気分を害してしまうかもしれないし、変に探りを入れるのもなぁ……。


 そんな風に考えあぐねていると、知ってか知らずか、純粋な半獣人の少女がいつの間にか口を開いていた。


「村長さん、このあたりに魔人がいるって聞いたんですけど知ってますか?」

「ちょっ……!」


 どストレートに投げ込んだ爆弾発言に焦り散らした。

 しかしながら口を開いた本人は純粋な好奇心のみで構成されたハテナマークを浮かべているだけである。

 豪胆が過ぎる仲間にある種、尊敬に近い感覚を抱いていると、振り返った村長は不思議そうな顔をしていた。


「知ってるも何も、あなたたちが魔人退治に来てくれたのでは?」

「え?」

「え?」


 ……互いに顔を見合わせたまま、空白の時間が通り過ぎた。


「あなた方はジャッジ部隊ではないのですか?」


 怪訝な表情を浮かべる村長。


 とりあえず、その問いに首を横に振って答えると、彼は頭に手を置いて笑い出した。


「いや、失礼。旅のお方でしたか。

 いくぶん不思議な印象を受けたもので、勘違いしてしまいました」


 無邪気な笑みを浮かべる老齢の長に、思わず苦笑してしまった。

 エリート集団であるジャッジ部隊と間違われるなど、一体どういう風に見えているのだろうか。


「しかし、そうですか……。旅のお方ですか……」


 ふと、唐突に同じ言葉を反復した彼は、何かを考え込んでいた。

『厄介事の予感がするぜ』とデューイがつぶやいた。


「実は、頼みたいことがあるのですが」

「頼みたいこと?」

「はい。――魔人に奪われた魔法道具を、取り返してきてはくれないでしょうか」







 きっかけは、村人の一人が確認に行ったときらしい。


 近々おこわなれる村祭りのため、ある村人が普段誰も使わない倉庫へと足を運んだ。

 そこで、祭りに必要不可欠な魔法道具――すなわち、魔法の『弦楽器』が無くなっていたことに気が付いたという。


 さらに魔法道具が消える前日の夜中、見知らぬ人影が隠れるように村に現れ、そして深い森の奥へ去っていったのを数人が目撃していたようだ。


『十中八九、噂になっている魔人のしわざだろう』

 そう判断した村長だったが、ジャッジ部隊はまだ来ていない。

 けれど、大切な祭りの日程を遅らせるわけにもいかない。


 さてどうしたものか……と悩んでいるところへ、俺たち冒険者がやって来た、ということだったらしい。


「でも正直、魔人とは戦いたくないんだよなぁ……」


 深々と生い茂る草木をかき分けながらつぶやいた。


 なんだかんだで魔法道具の奪還依頼を受けて、森の中を探索している最中である。


 魔人らしき人物が消えていったというこの深い森は木漏れ日がわずかに差すばかりで、外よりもだいぶ暗い印象を受けた。周囲を覆いつくす木陰とみずみずしい草木のおかげで気温は涼しい。道をさえぎる植物さえ無ければ探索はもっと容易になっただろう。


「まあ、あいつら強いからな」

「いや、それもあるんだけど……」


 以前、中都市カーラルで出会った魔人の少年のことを思い出した。

 たとえ魔人であろうと、利用されただけの被害者もいるのだ。

 最初に出会った魔人はかなり特殊な例だったかもしれないが、彼らの討伐に関してはどうも乗り気になれない。


「でも魔法道具を取り返すだけでいいみたいですし、無理して戦う必要ないですよ」

「おいおい何言ってやがる。盗みを働くような奴なんだろ? やれる時にやっとこうぜ」


 唐突に魔人と戦うか否かで議論が起こったが、スロウは仲間二人をまとめるように声をかけた。


「とにかく、早くその魔法道具を見つけちゃおう。

 次のダンジョンにも早く行きたいし」


 もともと、この村には次の街に向かうまでの経由地点として立ち会っただけなのだ。

 奪還依頼はちゃんとこなすが、早いとこA級に上がりたいという欲もある。何しろランクさえ上がれば根無し草のような自分たちでも信用が得られるのだ。

 そうすれば、周囲から嫌味を言われることだって少なくなるかもしれない。


 日が暮れる前に何かしらの収穫があれば良いが……。

 

スロウが草木をかき分けていると、突然、後ろからデューイがはっきりと問いかけてきた。


「なあ、スロウ。

 お前、自分の故郷に帰らなくていいのか?」


 手が止まった。


「そうですよ! わたしだって見てみたいです!! スロウさんの故郷!」


 唐突によみがえったのは白銀都市での記憶だ。

 故郷に帰ってもなお、幸せそうに見えなかった黒騎士の後ろ姿が思い浮かんだ。


「いや、いいんだ。

 今はA級に上がることの方が大事だよ」

「で、でも、諦めるわけじゃないですよね?」


 ムードメーカーの少女はあくまでも明るく振舞いながら確認してくる。


「平気だって。あるかどうかも分からない故郷なんて、後回しでもいいだろ?」

「じゃあどうしてそんなA級にこだわる?」


 そう問われ、素直に考えていたことを口にしようとしたとき、何だか急に照れくさくなった。結果、そっぽを向いて答える形になってしまった。


「……だって、A級冒険者になれば、二人に居場所をあげられるし……」


 ――半獣人族のセナは、今でもたまに差別を受けることがある。もし肩書があればきっと彼女の身を防いでくれるだろう。

 デューイは既にA級だが、同ランクの仲間が二人もいれば今より居心地は良くなるはずだ。


 正直なところ、あてもなく故郷を探すよりもこっちのほうが確実なのだ。


 居場所が無いなら、作ればいい。

 そう思ったがゆえの、A級優先である。


 と、ふと心配になって、慌てて補足した。


「大丈夫さ。故郷を見つけるのも諦めてない。

 旅を続けてればいつか見つかるかもしれないし、さ?」


 そう言って冗談っぽく笑うと、セナはにんまりとした笑みを浮かべ、デューイはがしがしと頭を掻いた。


「じゃあ、今度わたしの生まれ故郷に来てください! わたしが案内します!」

「それは楽しみだ。確か、セトゥムナ連合国だっけ?」

「はい! 今はまだ行けないかもしれないですけど、わたしの家族はみんな優しいん

ですよ。運が良ければ空を飛ぶ船にだって――」


 そして、彼女は何の脈絡もなく、いきなり沈黙した。


「どうしたの?」

「……人の気配がします。

 四人くらい。囲まれてます」




 一瞬にして、全員の目の色が変わった。


「三人で背中合わせに!」


 スロウの掛け声で、即座に三角の陣を形成する。既に全員が武器を構えていた。

 これでもB級冒険者なのだ。そう簡単にやられてたまるか。


「オラ、かかって来いよ……!」


 茂みの向こうでは何者かが音もなく蠢いている。

 スロウたちを取り囲むように、ぐるぐると移動しているようだ。

 ……やけに統率が取れている。


 長い均衡状態の最中さなか、影が動きを止めた。


 来るか!?


「――全員、武装解除!

 彼らに矢を向けるな!」


 が、途端に響き渡る男の声。

 どこかで聞いたことのあるその声の方向から、一人の影が近づいてきた。


「まさか、君たちがいるとは思いもしませんでしたよ」


 ハスキーな声音とともに現れたのは、細身の男だ。

 灰色の短髪に、銀縁のメガネ、そして全身に付けた軽装備の中で一つだけ、騎士がつけるような金属製のガントレットを左手に装着している。


 そのガントレットに、糸のような無数の線が収縮していくのを見て、あっ、と気づいた。


「ヘンリーさん!」


 それは、かつて中都市で出会った、魔人討伐を生業なりわいとするジャッジ部隊のリーダーだったのだ。

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