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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第三章 中都市カーラル編
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第二十話 魔人 後編

 入口があるはずの崖へ走りながら、疑問に思っていたことを聞いた。


「デューイ! さっきの子って何!?」

「ああ!? 『魔人』だよ、クソみたいなやつらだ!

 水の太陽と同じ、重力魔法を使うバケモンだ!」


 デューイは苛立たしげに吐き捨てた。横を並走するセナが補足する。


「水の太陽が落とす雨水を飲んだ人たちです!

 種族に関係なく魔人になるって聞いてますけど、わたしも初めて見ました!」


「悪魔に魂を売り飛ばしたみてえな連中だ。

 普段なら滅多に会わねえってのに、今日は運が悪すぎる!」


 魔人と戦うくらいなら魔物数十体の方がマシだってのに、と独り言ちるデューイの後ろを走りながら、違和感を抱いた。


 初めてダンジョンに入った今日という日に、なぜか運悪くその魔人と遭遇。

 魔人の少年がつけていた、妙にまがまがしい首輪の魔法道具。

 そしてさっきの戦い。思い返してみればあの子、セナにだけは反撃しなかった。せいぜい宙に飛ばして動けなくするくらいで。


 都合が良過ぎる。

 そして残念なことに、心当たりが一つだけあった。


「オドンだ……」

「何!?」


 あの奴隷商人の顔が思い浮かぶ。でなきゃ説明がつかない。


「奴隷商人のオドンだ! 昨日、目をつけられた。

 たぶんそいつが送り込んできたんだ!」


 面倒な、とボヤくA級冒険者に、セナは暗い顔をした。

 しかし、すぐに何かを決心したような表情に変わる。


「……まずは、ここから逃げることを考えよう」


 とにかくダンジョンの外に出てしまえばいい。ひょっとしたら聖騎士や他の冒険者が応援にかけつけてくれるかもしれない。街まで逃げられれば尚のこと良い。


 そうして入口付近の崖下まで来たのだが、現実はそんなに甘くは無かった。




「おい、あそこにいるのってさっきの魔人じゃね?」


 外へと通じる洞穴と、自分たちのいる下層をつなぐ崖下に、小さな影があった。

 赤い瞳と、首元の赤いルーン文字がぼんやりと浮かんでいるから間違えようがない。


「は、早すぎだろ……」


 俺たちの姿が見えなくなったの確認して、入口まで戻ってきたのか。


 重力魔法を使うってことはまさか上を飛んできたのかな、などと他人事のように考えてしまった。


「別の出口って無いんですか?」


 地図を見ていたデューイが肩をすくめた矢先、ズドン、と轟音が響いた。

 目を向けると、魔人の近くにあったはずの瓦礫の山が一つ無くなっていた。


 ズドン、とまた更地が増える。


「あのガキ、障害物を潰してんぞ」

「ということはつまり……?」

「たぶん、このままだと隠れる場所が無くなる」


 その後は考えるまでもないだろう。

 即死級の技を放ってくる相手に、正面から挑むことになる。

 しかも障害物がない以上は、身を隠しながら逃げるのも難しい。


 その場にいた全員が、声にならないため息をついた。


「戦うしかない」


 時間はない。出口が向こうにしか無い以上は、身を隠せる場所が残っている内に決着をつけるべきだろう。


「だが、無策で行くのは無謀だぜ」

「……よし、それじゃ――」







「……!」


 薄汚れた布をまとった魔人の瞳が、大柄な男をとらえた。

 おもむろに飛び出してくる大男を前に、手をかざして迎撃態勢をとる。


 しかし、当たらない。圧し潰しも、空中への『持ち上げ』も、デューイは大柄な体躯に見合わぬ機動性で攻撃を避け続けていた。

 素早く動き、時に障害物を利用して巧みに魔法を躱し、一歩踏み込めば剣先が届く絶妙な距離を保っている。やみくもに魔法を放つ魔人は、明らかに主導権を握られていた。







「首輪を壊すだと?」


 時は少しさかのぼり、作戦会議中のことである。


「たぶん奴隷商人が絡んでいるのは間違いない。

でも、首輪は奴隷の証なんだ。もしかしたらあの子は操られているだけかもしれない」

「いっそ殺しちまった方が早えだろ」


 簡単に行ってしまうデューイだったが、それでも首を縦には振れない。

 直観的にそうしちゃいけない気がした。


「頼む、試してみたいんだ。

 首輪を壊して、もしそれでも襲ってきたら、......殺そう」


 ここが妥協点だ。これ以上は譲れないと伝えると、デューイは渋々と折れてくれた。


「問題は誰が首輪を壊すかなんだけど……」

「わたしがやります」


 すぐに口を開いたのは、セナだった。


「やらせてください」


 いつになく真剣な表情である。

 有無を言わせぬ口調に驚いたが、後になって、彼女なりに責任を感じていたのかもしれないと思った。


「じゃあ、俺とデューイが囮だ」


 スロウは杖の魔法道具で攻撃を防ぐとして、デューイには断切剣だけで戦ってもらうことになる。

 あの魔法をしのげるかと聞いたら、A級舐めんな、と自信満々に返ってきた。




 以来、魔人とデューイの戦いは続いている。

 デューイは圧し潰しを受けないギリギリの距離を保ち、魔法の範囲外で魔人を牽制。合間に反撃のフェイントを入れてうまく気を引いている。


「……ふぅー……」


 次は俺の出番だ。

 デューイとタイミングをずらして戦闘に参加。俺たち二人に魔人の意識が向いた瞬間に、セナに首輪を壊してもらう。


 デューイに気を取られている魔人がこちらに背を向けたタイミングで、影から飛び出した。


 今だ!


 スロウは杖を持って全力疾走する。

 魔人はまだ背を向けている。気づかれていない。


 距離は二十メートルほど。そろそろ重力魔法の範囲内だ。

 ここでわざと、ガチャリ、と瓦礫の山を踏み抜いた。


 魔人の顔がこちらに向く。


 予定通り、あいつが手をかざした瞬間に杖を発動させようとして……。




 手元にあったはずのその杖が、魔人の手に吸い込まれた。


「あ……?」


 何かに引っ張られたように、身体のバランスが崩れていた。

 突然の事態に思考が停止する。


 杖を奪われた? この距離で? なんで?


 前のめりの姿勢のまま顔を上げると、ピンポイントで杖だけを奪った少年の顔が、笑った気がした。


 まさか。

 重力魔法による、『引き寄せ』。


 杖を無くして無防備になったスロウに向けて、既に魔人は手をかざしていた。


「スロウ!!」


 空気が揺らいだ気がした。





「――たぁ!!」


 間一髪、迫っていたセナが魔人に蹴りを加える。

 直後、すぐ真横でズドン、という轟音が響いた。


 あ、あっぶねえ……!


 すぐ隣の地面が陥没したのを見て肝を冷やした。


 どうやらとっさの事態に気付いてくれたようだ。セナは予定よりも早いタイミングで魔人に攻撃を仕掛けて、重力魔法をズラしてくれた。


 半ば放心状態になっているスロウの前で、セナは追撃を仕掛ける。

 魔人の少年は、先ほどの蹴りでひび割れた首輪を気にしつつ、セナに向かい直る。


 そこで予想外の事態がまた起きた。


「あ、あいつ!」

「魔法道具を使いやがった!」


 魔人を中心に、ドーム状のバリアが展開していく。


 だが、セナは止まらなかった。


 風をまとっていた彼女は、その場にいた全員の予想をはるかに上回るスピードで魔人に肉薄。

 展開前にバリアの内側に滑り込み、中には魔人とセナの二人が閉じ込められた。


 魔人は重力魔法を使う様子もない。いや、狭すぎて使えないのか。

 バリアの内側では、身体能力で圧倒的に勝る半獣人の少女の方が有利だった。




 その後はずいぶんあっけないものだった。


 セナはひび割れたぶかぶかの首輪にナイフを滑りこませ、それを切断。

 同時にバリアも消失し、突風で飛び上がったセナはよろけながらスロウたちのそばに着地。


 首にわずかな切り傷をつけただけで済んだ少年は、膝をついてひたすら咳き込み、その横に壊れた首輪が落ちた。

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