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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第三章 中都市カーラル編
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第十九話 魔人 前編

 デューイのところに戻ってきたら、案の定あいつはニヤニヤしながら待っていた。

 晴れた表情で前を進むセナを尻目に、デューイが小突いてくるのがくすぐったかった。


 ちなみに現在は帰り道の途中である。時間的に正午は過ぎていて、デューイいわく初探索だから早めに切り上げようとのことだった。早く酒が飲みてえと後ろでつぶやいていたのは聞こえなかったことにした。


 が。


「見つけました!」


 またセナが何かを発見したようだった。

 さすがにもう目ぼしいものは見つからないだろうと踏んでいたデューイは引きつった笑みを浮かべている。ざまあみろ。


「これは……なんでしょう」

「本、かな?」


 セナが持ってきたのは、古い手帳だった。

 箱の中に入っていたらしく、ずいぶんボロボロで色あせたものである。

 早速読んでみようとしたが、光るコケの明るさだけでは無理があったので、三人で乾いたツタなどを集めて火を焚いた。


 オレンジ色の炎の眩しさに目を慣らしながら、いびつに歪んだページの一枚一枚をめくってみる。


「むむ、この国の文字じゃないですね……」

「おいおい、異世界の言語だぞ、こりゃ。

 こんな貴重なもん、他のやつらは見落としてたのか」


 左後ろからはセナ、右後ろからはデューイがのぞき込んで、合計三人で自分の手元の手帳をのぞき込む。手帳の保存状態は悪いが、文字がはっきりしている箇所は一部だけ残っている。


 聖騎士団に売りつければ儲かるぜ、と冗談半分でつぶやくデューイだったが、その言葉はスロウには届かなかった。


「読める……」

「はぁ?」


 不思議な形をした文字の羅列を、目で追いかける。


「『向こうの世界で馬鹿やらかしたせいで、こんなくそったれな場所に閉じ込められた。冗談じゃない、こんなところで果ててたまるか。絶対に抜け出してやる』」


 あれ、なんで読めるんだろう。

 分からないはずのものが分かるという得体の知れない感覚に不気味さを覚えるが、驚愕に染まる胸中とは裏腹にどこか懐かしさを感じていた。


 興奮して飛び跳ねているセナを横目にページを進める。


「『何度も何度も脱走を試みたが、そのたびにフシャクピトウスにぶっ殺されてこの部屋まで連れ戻された。半不死の呪いがこんなにつらいとは思ってなかった。死ぬたびにどんどん身体が動かなくなって、息苦しくなってくる』」


 『幸い、壁に埋まってた魔法道具でどうにか喉は潤せる。もう何日経ったかわかりゃしないが、かろうじて正気を保てているのはこのじょうろのおかげだ。向こうの世界じゃガラクタだったというのに、意外と役に立つものだ。とにかく、また隙を見て逃げ出してみよう』」


「これを書いた人、誰なんでしょうか?」

「さあ……?」


 破損して読めなくなった部分は飛ばしている。

 それにしても、後半に進むにつれて文字がどんどん下手になっている気がする。たぶんそのことには二人も気付いているだろう。


「『気が狂いそうだ。

 太陽が欲しい。外に出たい。死にたくない』」


 白紙の部分が目立ってきた。

 ところどころ破損しているとはいえ、明らかに文章量が減っている。

 おそらく一番最後になるであろうページの端っこには、ただ一文だけが記されていた。


『死神さまがめのまえにいる』




「……これで終わりだ」


 本を閉じて、二人の方を向いた。

 どういうことでしょう? とセナは首をかしげているが、一方のデューイは様子がおかしい。


「デューイ?」

「お前、読めるのか」

「あ、ああ」


 目を見開いて、信じられねえ、とつぶやいているデューイ。


 セナはなぜか後ろに目を向けていた。様子をうかがうように。


「まさか、お前……」

「っ、避けてください!!」

「ぐえっ!?」


 いきなりセナにタックルされて、二人して地面に転がる。

 何で!? と思った次の瞬間に、たき火が焚いてあった場所が、地面ごと陥没して消えた。


「は!?」

「魔物か!?」

「いいえ! 違います!」


 いつの間にか剣を構えていたデューイ。

 既に火は消えて霧散し、あたりはまた暗闇に閉ざされていた。


 その暗闇の中に、嫌に鮮やかな三つの紅が浮かび上がる。

 

 足元から湧き出るほのかな光の粒子に照らされたのは、真っ赤な瞳をたたえた一人の少年だった。




「子ども……?」


 いきなり暗くなったせいで目がまだ慣れないが、確かにそこにいるのは十代半ばくらいの少年だった。ぼろぼろに汚れた服に、ぶかぶかなのに外れる様子もない不気味な首輪をつけている。


 ……赤いルーン文字が輝いている。魔法道具か?


 セナとデューイは既に臨戦態勢に入っている。いまだに転がっているのはスロウだけだ。


 急いで立ち上がって身構えた瞬間に、目の前の空気が揺らいだような気がした。


「スロウ! 後ろに跳べ!!」


 直観的に危険を感じて、デューイの言う通りにする。

 瞬間、自分のいた場所が地面ごと陥没した。


「は!?」

「重力魔法だ!! 下手に近づいたら潰されるぞ!!」


 嘘だろ!? そんな叫びもむなしく、赤い目の少年はこちらへとずんずん近づいてくる。


「やあ!!」


 最初に動いたのはセナだった。エメラルドグリーンの短剣で突風を巻き起こし、謎の少年へ向けて反撃を試みる。

 だが。


「……!」

「あれ、どうして!?」


 大の大人ですら吹き飛ばされる突風なのに、背の小さい少年はビクともしなかった。

 腕を前にかざして、そのまま耐えきったのである。


 スロウは彼の足元を見て、からくりに気が付いた。


 地面がめり込んでる。

 あの子、自分に重力魔法をかけたんだ。


「このガキ……!」


 それでも彼は身動きをとれなくなっていた。その隙にデューイが接近。

 足を踏み込み、腰を落として一太刀浴びせようとする。


「……」

「おわっ!?」


 しかし、少年が手をかざした瞬間に、あの巨体が宙に浮いた。

 頭が下を向く体勢のまま空中で無様に剣を振ろうとしたデューイだが、腕だけの力では足りなかったようだ。ろくに速度の出ない剣戟は難なく躱される。


「デューイさん!」


 為すすべも無かったデューイは、セナが生み出した突風ではじかれた。

 魔法の範囲外まで飛ばされ、問題なく着地するデューイ。

 敵の追撃と言わんばかりに次々と陥没する地面を避けきった後に、盛大に舌打ちをした。


「クソがあぁぁ!! あの魔法さえ無きゃ、すぐぶった斬ってやんのに!!」


 こりゃあ、かなり相性悪いぞ。

 デューイの持ち味でもある体重を乗せた渾身の一撃が、いともたやすく無効化されている。

 さっきまでたき火のあった場所を見る。四角形に陥没してぺしゃんこになっていた。デューイみたいな大柄な男が横になって入れるくらいの大きさだ。意外と範囲が広い。


 地団駄を踏むデューイの気持ちも分かる。

 何せ、こちらの攻撃は正面からだとほぼ無効化。なのに、相手からの攻撃は即死級なのだ。


 あれ、これ無理じゃね?


「いやダメだよなこれ! みんな逃げよう!」

「ああ!? その前にあいつに一発お見舞いさせろ!

 このままじゃ気が済まねえ!」

「いいから、早く!」


 赤目の少年に思いっきり背中を向けて逃走する。

 文句を垂れるデューイを先に行かせるが、あの特徴的なウサ耳が見当たらない。


「ス、スロウさん!」


 振り返ると、彼女は空中に浮かされて身動きがとれなくなっていた。これも重力魔法か。


「セナ、杖は捨てて、風を使って!!」


 指示を飛ばすと彼女は風の短剣で脱出。杖の重さが無くなった分だけ飛距離が伸びて、デューイの近くまで飛んだ。コントロールがうまい。


 スロウも落ちた杖を拾って追いかける。

 この甘い行動が、きっかけだった。


 視界に映る空気が、また揺らいだ。

 後ろを振り返ると、既に少年が手をかざしている。


 ……やばい!


 何かを考える余裕もなく、とっさに杖を前に突き出した。

 刹那、濁流を浴びたように全身が重くなる。


 半ば死を覚悟して目を閉じた瞬間、ズン、という音が鳴るのだけは分かった。




「……あ、あれ?」


 ……生きてる?

 戦いの最中だったはずなのに妙に静かだ。恐る恐る目を開く。


 ――目の前にあったのは、紫色の障壁だった。

 スロウを中心にドーム状のバリアが展開されていたのだ。そのバリアの外縁で、くり抜かれたように地面が陥没している。

 自分の身体に異常はない。ただ、杖のルーン文字だけが紫色に輝いていた。


「は、発動した?」

「――ロウ! スロウ! 何してる!」


 途中でそのバリアは消えてしまい、同時にデューイが叫んでいるのが聞こえる。


 とにかく、陥没した地面を飛び越えて一目散に逃げ出した。


 怖かった。超怖かった。あんなの勝てるわけないって。

 涙目になりながらもすぐに二人と合流して、全速力で走り抜けた。

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