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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第三章 中都市カーラル編
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第十二話 茶色のウサギを追いかけて

「冒険者にさせてください!」


 縦長のウサ耳を頭部に生やした少女が、スロウの隣の受付に詰め寄った。


 既にこの時点でギルド内の注目を集めている彼女だが、それでも十分に目立つ格好をしていた。


 腰まで伸ばした明るい栗色のロングヘア―に、琥珀色のきれいな瞳。小さく整った顔は美人というよりも可愛らしいと言った方が正しいだろう。肩からへそまでを覆う茶色いケープから華奢な腕を出し、身振り手振りで意志の疎通を図っている。その表情は真剣そのものだが、どことなく小動物を思わせるような愛嬌があった。


 だが、やはり特徴的なのはそのウサ耳だろう。

 動物のそれと同じように動いているあたり、あの耳は本物のはずだ。


 へー、この国にはああいう種族もいるのか。


 記憶を無くしたスロウにとって、この世界のほとんどは未知であふれている。そのため初めて見た種族といえど、ここに獣の耳を持つ人間がいることも半ば当然のこととして受け入れていた。

 しかし、どうも周りの反応は違うようだった。


「えっと……主人の方はいらっしゃいますか?」

「主人? いえ、わたしは奴隷じゃありません!」


 自分の首を指さしながら主張する少女と、困惑する受付。

 そんな彼女らを尻目に、疑問に思ったスロウはそれとなく聞いてみた。


「あの、どうしてあんなに揉めているんですか?」

「いえ……初めてのケースなんです。奴隷でない半獣人が登録に来るのは。

 嘘をついてる様子でもないですし……」


 困ったようなその表情から嫌悪感などは一切感じられない。ただただこの状況が不思議というか、想定外といった様子だった。それは受付嬢に限らず、冒険者たちも同じようだ。みんながみんな、顔を見合わせて何かを話し合っている。


 うーむ、何が不思議なのだろうか。


 とにかくスロウが理解したのは、この状況が日常的に起こることではない、ということだけだった。


「申し訳ありませんが、本日はお引き取り願えないでしょうか?」

「な、何でですか?」

「一度確認してみないことには、何とも言えないのです。

『魔人事件』もありましたし、申し訳ありませんが……」

「……わかりました」


 悔しそうに歯がみし、扉の方に振り返ると少女はそのままギルドを出て行ってしまった。


 一拍を置いてざわめきを取り戻すギルド。

 まるで腫れ物にでも触るようにいっせいに噂話を始める冒険者たちを見て、スロウは少し冷めた気持ちになった。


 何だよ、ざわついちゃってさ。

 別にいいじゃん。人と違うから何だ。そういう人間がいて不都合なことでもあるだろうか?


 なんとなくこのギルド内の雰囲気が気に食わない。

 その理由はうまく説明できないが、とにかく、居ても立っても居られなくなった。


「この書類、持ち帰っても大丈夫ですか?」

「え? ええ」


 何の署名もされていない契約書を丸めてポケットにつっこむ。


「ちょ、ちょっと、登録は!?」

「また今度来ます!」


 スロウもまたウサ耳の少女と同じように、ギルドの外へ出ていった。




 ごちゃごちゃとした露店街を見つけ、足を踏み入れた。


 きっと街灯代わりに使うのであろう、形の異なるランプの集団が曲線状の道に沿ってずらりと置かれていた。その高さもまばらで、壁にかけてあったり、箱の上に置かれていたり、道のすみに転がっていたりと、各々の位置で夜を待っている。

 道の真ん中に向かって伸びた天幕や板がランプの集団を覆い、その下を進むと木漏れ日を浴びているかのように目がチカチカした。


 ふと脇に目をやれば、コップ、絨毯、つぼ、ベルト、小手など多岐にわたる魔法道具が値札を張られて鎮座しており、足を進めるにつれて後ろへ流れていった。


 商品の奥で眠たそうに往来を眺めていた店番は、スロウが少しでも興味深そうな顔をすればたちまち笑顔で話しかけてきた。

 ウサ耳の少女を見なかったかと問うと、その店番はすぐに興味のなさそうな顔に変わり、ぞんざいな態度で彼女が向かった先を指さす。


 ――いた。


 縦に伸びたあの耳は、人混みの中でも見つけやすかった。

 あちこちをキョロキョロと見回しながら歩いているのか、耳がいろんな角度に揺れ動いている。


 だが、予想以上に人がごった返していて、追いつけない。

 そんな中、彼女が路地に入っていったのを見て、慌てて同じその場所まで向かった。人混みをかき分けて路地に入ると、誰もいない。


「あれ、このあたりに入ってったはずなのに……」


 数歩進んだだけで人々の喧騒から切り離され、ひんやりとした空気を吸い込んだ。

 薄暗い道を探検でもするようにあっちへ、こっちへと進んでいく。


 どうやらここは民家が多いようだった。

 頑丈そうだが、ところどころひび割れた石造りの壁が立ち並び、閉じられた窓の隙間から生活の音が聞こえた。上を見上げると、日の当たる二階部分からクモの巣みたいな紐が張られ、そこに衣服がぶら下がっている。ひとけのない路地に足音がこだまし、心地よい音を響かせていた。表通りのような華やかさは無いが、特に足元の道は相当頑強に作られているのが素人でも分かった。




「で、この契約書にサインすれば、晴れて冒険者になれるのさ」


 どこかから話し声が聞こえる。

 声の方向に顔をのぞかせてみると、先ほどの少女が誰かと話していた。


「なるほど、そうだったんですね……」


 彼女は一枚の紙を手にうなずいている。


 契約書……冒険者……。

 ひょっとして冒険者登録の話だろうか。

 彼らが持っている用紙に目をやると、遠くからでも分かるその大きな紙に違和感を抱いた。


 あれ、さっき受付で渡されたものと違くない?


 路地は薄暗いのではっきりとは見えないが、それでも文章量や様式が異なっている。紙の大きさだって違うし。ポケットから取り出した契約書と見比べてみても明らかだった。


 頭上に疑問符を浮かべながら顔を上げると、取引を持ち掛けた男の口元がニヤリと笑っていた。


 スロウは半ば確信して、二人のもとへ近づいて行く。


「……何だお前、あっち行ってろ!」

「それ、本当に冒険者登録の契約書?」

「何?」

「本物なら、こんな紙面のはずだけど」


 ポケットから取り出した紙を広げて、様式の違いを指摘する。


 ウサ耳の少女がきょとんとした目を向けると、案の定というか、その男は深いため息をついた。


 視界の端に映り込んでいた長いウサ耳が、ピクリと反応する。

 その小刻みに動く耳から横へ、何気なく視線を移し、そこで初めてスロウは異変に気がついた。

 どこからか、自分たちを取り囲むように数人の怪しい者たちが現れたのだ。


 そして目の前の男は、ナイフをギラリと見せつけるように引き抜く。


「よし、嬢ちゃん、痛い目に遭いたくなかったらおとなしく――」

「たぁ!!」


 頓狂な声と共に、少女は男のみぞおちに蹴りを加えた。


 うわ、あれは痛いぞ。


 なかなかの思い切りの良さに驚いていると、少女はよろめいて下がった詐欺師に非難の声を上げた。


「だましてたんですね!」

「くっ、捕まえろ!」


 背後から別の詐欺師たちが近づいてくる。


 スロウも剣を引き抜いて戦闘体勢に入る。


 が、突如として、突風が巻き起こった。


「もう許しません!」


 隣の少女が構えていたのは、エメラルドグリーンに輝く短剣。

 クリスナイフとでも言うのだろうか、波打つように歪んだその刃にはルーン文字が刻まれていた。


「魔法道具か!」


 強風が路地を吹き抜けていく。

 風は短剣を中心に回っていた。徐々に勢いが増していく。

 彼女のそばにいたスロウは腕をかざす程度で耐えられたが、詐欺師たちはよほど強い突風にさらされているのか、膝をついて必死にこらえている。


「やあ!」


 少女は、短剣を横に薙いだ。


 瞬間、目の前に発生した強烈な突風が土ぼこりを巻き上げて突進していく。

 身動きがとれなかった詐欺師はもろに風圧を受け、後方に大きく吹き飛ばされた。


 すごい威力だ。

 大の大人がきりもみ回転しながら飛んでいくのを目撃するのは、後にも先にもないかもしれない。


「てっ、撤収だ!」


 野太い鶴の一声によって、背中を向けて走り出す詐欺師たち。散り散りになって駆ける彼らは、追い風に吹かれるようにしてすぐに消えていった。


 それを見届けた少女が短剣を下ろすと、風もすぐに散っていく。


 風を操る短剣か。


 実に多様な魔法道具があるものだと感心していると、少女もまた、スロウが持っている魔法道具を見つめていた。


「その剣は……」


 先の戦いでは使う必要も無かったその剣の、ルーン文字が描かれている部分と、スロウの顔を交互に見やっていた彼女は、突然ずいっと詰め寄ってきた。


「確か、さっき冒険者ギルドにいた方ですよね? しかもそのルーン文字が描かれた剣……」


 その表情は真剣そのものだ。

 ただでさえ整った顔立ちをしているのに、そんなにまっすぐ見つめられると動揺してしまう。

 しかし、そんなことはまったくお構いなしで矢継ぎ早に問いかけてきた。


「本物の冒険者さんですか!?」


 ちょっ待て待て、と落ち着くよう促すのも聞かずに、彼女は長い耳の備わった頭を下げた。


「お願いです! 冒険者になる方法を教えてくれませんか!?」




 返答をしないスロウに対し、意を決したような、不安そうな表情でこちらを見上げる少女。

 スロウは、なおさら言いにくくなったその言葉を、ゆっくりと吐き出した。


「……俺、まだ冒険者じゃないよ?」


 一瞬の間の後、自分の勘違いに気付いた少女は恥ずかしそうにうつむいたのだった。

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