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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第七章 セトゥムナ連合編
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第百三十二話 導き手 後編

「――今のうちに、舟を!!」


 場をつんざくようなエフィールの声にハッとして、顔を上げた。


「そうだ! あの二人がカギを手に入れてくれたら

 あとはもう舟を動かすだけで逃げられる!!

 エフィール! 里の人たちは!?」

「距離があったから無事なはず!

 そっちはお願い! 横やりはあたしが阻止するわ!」


 思うように動かない足を腰からひねって無理やり動かし、バシャバシャと浅い湖面を走る。


 湖の中心にそびえる大樹のそばまでたどり着き、スノスカリフによる攻撃の余波で倒れてはいたものの意識ははっきりしていた里の人たちに声をかけた。


「すいません、舟の鍵を使う場所を教えてください!」

「そ、そんなこと言っても腰が砕けて……!」

「今はそんなことを言ってる場合じゃないんです!

 お願いします、背負いますから!」





 ――セナ視点――


 それはとてもスリリングな体験だった。

 相手に一度でも槌を振り下ろさせたら、それでおしまいのゲーム。


 なのに、ミラという名前の青い女性の剣舞に引き寄せられるように動いているだけで、なぜかわたしたちは生き延びられていた。


「そうそう、飲み込みが早いね」

「……すごいです、ミラさん……!

 こんな戦い方は初めて……!

 どうしてうまくいってるのか全然わかりません……!

 あとで教えてください! この戦い方の意味を!」


 さっきまでの疲労感や倦怠感が嘘のように消え去っていた。

 紅潮した頬で息をして、短剣を片手に跳ね回る。


 これなら、もっと強くなれる……!


 そのスピード感に夢中になっている最中、ふと、ミラさんが動きを緩めたのに気が付いた。




「セナちゃん。

 ……無理して『戦いが好き』とか、そういう風に振舞わなくてもいいんだよ?」




 硬直したわたしのそばで、槌が振り下ろされそうになった。

 それを、いつの間にかふわりと近づいていたミラさんが、群青色の剣でいなしていた。


「な、なに言ってるんですか?

 わたしは本心で……」

「キミがほんとうに望んでいるのは自分を変えることなんじゃないのかい?

 その手段として、戦いって分野に全力を注いでいるだけ。

 ボクにはそう見えるな」


 わたしをかばうように立っていたミラさんが、ほほ笑みながら優しい横顔を向けてくれた。


「……焦らなくていいんだよ。

 やりたいことがあったらすぐそっちに飛び移ってもいい。

 飽きたら、そこで止めていったん休むってのもいいかもね。

 ひょっとしたら、普段と違うことをしたら周りから失望されたり見捨てられたりするんじゃないかって思ってるかもしれないけれど……。

 でもね……変わることの恐怖を乗り越えられたら、

 この世界はもっと楽しくなるよ」


「――バカにしているのか……!

 戦いの最中にのんきに授業なんて……!

 ツク! お前は舟を!」


 パシャリ、と跳ねた水滴が浮かび、スローモーションで落ちていく。

 ミラさんがあの群青色の剣の能力を使ったみたいだ。


 青い髪の向こう側でいくつもの水像たちが駆けているのを視界に収めながら、

 わたしは、口を開いた。


「ミラさん」

「なんだい」

「自分のために生きることと、

 誰かのために生きること、

 どっちが大切なんですか?」


 その女性は、青い髪を優しそうに細めて、じっとこちらを見つめ返してきた。


「……星の動きって知ってるかな。

 キミたちが立っているこの世界はね、あの温かい太陽の周りをぐるぐると回っているんだ」


 目の前の人物につられる形で顔を上に向ける。

 頭上に張り巡らされた樹根の網、その欠けた大穴の向こうから差し込む木漏れ日に、手をかざして目を細めた。


「人生もきっとそれと同じ。

 ほんとうに大切なものを中心として、

 その『重力』に引っ張られるみたいに、『あっちでもない』『こっちでもない』って、付かず離れずの距離で回る……。

 それが正しい姿だとボクは思う。

 季節が巡って変わりつづけるのと同じようにね。

 だから、もし無理やり『これが自分にとっての大事なことだ』と決めて、

 そこから一歩も動いちゃいけないって思ってるのだとしたら、それは間違ってるよ」




 やがて、その女性は身を引いてわたしを誘導した。


「……さあ、まだ課題は終わってないよ。

 あの子の首元にぶら下がってるカギ、取ってきてごらん」


 ミラさんの示す先で、水の像をはねのけて憎々しげににらみつけてくる相手。

 にもかかわらず、怖いとは思わない。


 侮っているわけじゃないけれど、勝てるという自信があるわけでもない。


 不思議な感覚だった。


 いま自分がやろうとしていることが『目の前の敵を倒す』という発想のものじゃないとなんとなく理解しているからこその、静けさを聴いていた。


 身にまとうのは、涼しくて強い風。

 ずっと同じ方向、同じまとい方をしているつもりだったけど、足先の運び方、短剣の傾け方をすこし変えただけで、風が淀んだり、清凉になった気がした。


 一番よく流れやすい方向に風を調整して、相手に近付いて――

 わたしは、それをつかみ取るだけでよかった。







 ――スロウ視点――


「取った! セナがカギを取った!!

 これで逃げられる!

 みんな、早く舟に……!」


 エフィールがツクを重力魔法で牽制しているのを横目で確認しつつ、

 土杭の能力で階段を作り、甲板の上からみんなを誘導させた。


 堅い木板の上をこつこつと響かせる足音がどんどん増していき、

 最後の一人の乗船が完了。


 その後、俊敏に戻ってきた二人と合流し、鍵の場所を教えた。


「ここ、この舵取りに使うハンドルの真ん中!

 この穴に……」


 セナが差し込んだ鍵を時計回りにひねった直後、

 右舷左舷の両方からなにかの作動音がした。


 右舷のほうに近寄って手すりに両手をついて見ると、草葉に覆われていた船体部の内側から機械仕掛けのプロペラが飛び出しているのが確認できた。

 風車のようなその仕掛けには舟を空中で安定させる効果でもあるのだろうか、くるくると穏やかに回り、一定以上のスピードには届かない様子だった。


 やがて、羽のような帆がばさりと頭上に広がり、日差しは遮られ……ふと視線の下のほう、樹の根で覆われた船底部から光がこぼれているのに気が付く。

 手すりからさらに身を乗り出してみると、舟の下で魔法陣が回り、無音のまま目に見えないエネルギーを発して宙に浮かび始めていた。




 ……これで、里の人たちを避難させられる……。

 いや、その前に、デューイと合流しないと。

 それで、里の人たちを避難させ終わったら――


 ――早く、イストリアに――





「……少年、もっと肩の力を抜きなさい」


 驚いて目を上げれば、線の細い女性が柔らかい風圧に青い髪を揺らして立っていた。


「キミは、イストリアに戻りたいんだろう?

 そう願うこと自体は別にいい。ボクたちもそうしてもらわないと困るしね。

 でもね……その目標を叶えたあとも、君の人生は続いていくんだ。

 それを忘れてはいけない」


 ふと、その女性ひとの手が、頬に触れてくる。

 革かなにかの手袋で隠されていた彼女の指は冷たくて、異様に骨ばっていた。


「よく聞きなさい、少年。

 自分で立てた目標に最短距離で向かえないことを恥じる必要なんかどこにもないんだよ。

 ……せっかくの旅路なんだ、いくらでも迷っていい。

 自由な旅をする喜びも、将来どうなるのか分からない不安も。

 いつか数十年後になって振り返った時に一度きりしか味わえなかった特別な思い出として残るから。

 だから、安心していろんなものを見てきなさい」

「……は、はい……」




 いい子だね。


 とつぶやいた彼女は、次の瞬間、唐突に舟から降りてしまった。


「ちょっ……いっしょに来ないんですか!?」

「まだやることがあるからね。

 大丈夫、すぐに『向こう』で会えるよ。

 デューイにも……ボクの愛弟子にも、そう伝えておくれ」


 そして、ミラと入れ違いになる形で、重力魔法を使って跳躍したエフィールが乗船。

「能力を無効化してくる扇ははじき落としてきたわ! 今ならみんなを逃がせるわよ!」と息切れしながら報告してきた。


 そして、どこか寂しそうにこちらを見上げる青髪の追放者との距離はみるみるうちに開いていった。





「エフィール・エーデルハイド!!!!」


 突然、はるか下方から轟いてきた叫び声の方向に視線を向ける。


 ヘンリーさんだった。

 あの、魔人狩り部隊のリーダーは、半獣人のような生命力も、激痛と引き換えに全快する魔法道具も持っていないのに、あの神々の魔法道具の攻撃を受けてなお立ち上がってこちらをにらみつけていた。


 彼が伸ばした鋼鉄のワイヤーがみるみる指を伸ばしてきて、もう少しで掴まるか、というところで糸が緩んでいく。

 どうやら、ギリギリで逃げ切れたらしい。


「――貴様の裁判を明日! 『森林学院』近郊の大広場で執り行う!!

 貴様の生存も、罪もすべて! 全世界に余すところなく公開してやる!

 もし貴様に罪の意識が残っているのなら、明日、『森林学院』に来い!!」


 そんなかすれた声で叫んだら喉がつぶれてしまうのではないかと不安になるほどの声量をかすかに聞き取りながら、横に立っていたエフィールが複雑な顔をして唇を噛んでいるのを視界の端にとらえた。


 やがて舟は、皮肉にも連中が登場したときに開けた大穴をギリギリで通過して地上に顔を出し、枝葉のざわめきが聞こえるほどゆったりとセトゥムナの大森林の眼下におさめ……


 それでもまだ、舟は上昇を続けていった。

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