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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第三章 中都市カーラル編
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第十一話 冒険者

 冒険者とは、大陸の各地に点在するダンジョンを発見、探索し、未知の魔法道具や情報を持ち帰る者たちのことである。

 

 現在ダンジョンについて分かっていることは、太古から存在が確認されていること、そして魔物がいるということだ。


 ダンジョン内を徘徊する魔物たちは強大だ。

 腕に自信のある者たちでも、幾度となく地下へ潜れば数年ともたずに亡くなる場合が多く、結果として冒険者はならず者や罪人たちの行き着く地位となり、ダンジョンはいずれ死にゆく者たちの墓場となったのだ。


 しかし、二十年前のある出来事によってその時代は終わる。


 水の太陽の出現だ。


 もともと地下の魔物がダンジョンから出てくることは無かったのだが、空を漂うその竜が現れてからは引き寄せられるように地上に出没するようになったという。

 そのため地上では水の太陽によって産み落とされた異形の魔物、そして地下の魔物たちの二種類が人々を襲うようになった。


 しかしその反面、魔物が減ったダンジョンの攻略難易度は低くなり、冒険者となる者の数は増えたのだ。


「そんで、今じゃこの国で冒険者を知らない人間はいねえ。

 二十年前に比べりゃ、まさしく今が黄金期ってとこだな」


 スロウと並んで砂利を踏むデューイは、長い説明の最後をそう締めくくった。本格的に冬が近づき、澄んだ空気が刺すように冷たくなってきた頃の一日である。


「ふーん、じゃあ今俺たちが向かってるカーラルってとこはかなり大きな街なのか。

 だって冒険者の街なんだろ?」

「そりゃあ中都市って言われるくらいだからな。田舎モンは驚くだろうなぁ?」


 頭一つ分、上から見下してくる大男にいくぶん腹が立ったスロウ。

 ニヤニヤと意地悪そうな表情を浮かべるこいつはさぞや楽しいに違いない。


 ミスフェルの村からさらに西へ向かい、巨大な湖に当たった二人は湖畔に沿って北上していた。

 何回か太陽が昇っては沈み、そのたびに行進と野宿を繰り返してここまでやってきた。外で火を焚きながら干した肉をかじるのにそろそろ飽きてきた頃合いだが、幸運にも目的地は近いようだった。中都市カーラルはこの湖のさらに北にあるらしく、おそらくは今日中に到着するだろうと二人で予想していた。


 左側に広がる大きな湖は、乾いた水色が地平線まで続く空の下できらきらと光を反射している。湖の向こう側には特に何もない平原が続いており、さらにその向こうにはもやのかかった山脈がぼんやりと鎮座していた。

 足元の砂利道はうす黄色に剝がれていて、人の行き来が多いことを示している。頭上から降ってくる太陽の光によってデューイとスロウの影が生まれ、二人の動作に合わせて冷たい砂利の上を滑っていた。




 デューイの話によると、中都市カーラルは非常にごちゃごちゃとした街とのことだった。


「え、それだけ?」と問うと、「着いたら分かる」と返ってくるだけで、それ以上は何も教えてくれない。未知への興奮と不安を腹のあたりで抑えられているようで、スロウはなんとも言えない心持ちのまま歩を進めるしかなかった。


 とはいえ進めば変化はあった。


「さあ、どいたどいた」


 後ろからガシャガシャと騒がしい音がしてきたかと思うと、馬車に乗った恰幅な男が声を張り上げていた。道から避けた二人を、箱型の荷台がついた馬車が追い越していく。


 すれ違いざま、箱の中に首輪をかけられた人たちがいるのを見た。


「今のは?」

「奴隷商人だな」

「奴隷……」


 思い出されるのは、散々にこき使われたスクルナ村の記憶だ。

 そういえば奴隷みたいに扱われるのが嫌で飛び出してきたのだったか。


「ククク、オレがいて良かったな。でなきゃお前も奴隷のままだったかも」

「うっさい」

「ま、あいつらのおかげで商売が成り立ってんのは事実だ。待遇は劣悪だがな。

 あの村から解放したオレ様に感謝して、存分に働くがいい」


 デューイはスロウの頭をわしゃわしゃと撫でた。愉快そうだ。

 これをぞんざいに扱えればいいのだが、救われたことは事実なので余計にたちが悪い。


 しかし、奴隷というのはどうやらそれほど珍しいものでもないらしい。

 苦い思い出のある自分としてはやや複雑なのだが、そういうのは世間にありふれていて、当たり前のものなのだろうか。




 何も言わずにガシャガシャと走る馬車の向かう先を見ると、湖の向こう、テーブル状に盛り上がった台地との間に、建物群の輪郭が浮かんでいた。


「着いたな」





 門は東側にあった。

 すぐ下の脇に何かの紋章を描いた銀色の旗が掲げられており、その旗と同じような色合いの兵士か、騎士か、とにかく銀色の鎧をまとった数人に見送られながら二人は街に入っていく。


 足音の反響する、どこか圧迫感を感じる門を抜けた途端に前方からわずかに聞こえていた喧騒が眼前に広がった。


「ようこそ、冒険者の街カーラルへ」


 剣を腰に差した戦士、買い物袋を抱えて走る少年、帳簿を持って立つ商人。

 実に様々な様相をした人たちが通りを行き交い、各々の声量で口を動かしていた。

木々のざわめきにも似た喧騒の中からは、石造りの地面を鳴らす音、馬車が揺れる音、箱か何かを下ろす音などが連続して聞こえてくる。そしてどこからか、香ばしい食事の匂いが熱気と共に漂ってきた。


 左右に並ぶ店はどれも茶色を基調とした色合いの壁で構成されており、四角形の天井からは煙突が、扉のすぐ上からは看板が飛び出している。それぞれの看板はどれも異なる色や素材で装飾され、動物をあしらった絵が達筆な文字とともに描かれている。




 中都市カーラルは、北の台地、南の湖のはざまに発展した『四分の二』城塞都市だった。

 城壁が築かれているのは東西の門周辺だけで、南北は天然の要塞に囲まれていたのである。

 スロウたちが歩いているのは、楕円形に伸びたこの都市を横断するようにまっすぐ結ぶ大通だった。


「おい、はぐれんなよ。

 このまま冒険者ギルドまで直行するぜ」


 顔を四方に回しながら歩いていると注意を促された。


 でも興奮せずにいられるだろうか。一歩進むごとに今まで見たこともない景色がたちまち現れ、心が躍るようだった。


 特に不思議だったのは屋根だった。

 石造りの頑丈そうな建物の上に、木や布のような不釣り合いなほど簡素な屋根が接合されていたのだ。その屋根の形も独特で、四角形が南に向けて傾いているような、そんな構造だった。空から見たらきっと生き物のウロコのように見えるだろう。ひょっとしたら地形の傾斜に沿った作りになっているのかもしれない、どういう意図でそのような作りにしているのかは分からないが。


 人々の往来にまぎれ、川の流れに身を任せるように進んでいる途中、さらにあることに気が付く。


 魔法道具だ。

 なんと、普通に店で売られていた。

 大小様々な魔法道具が、値札を張られ、商品棚に並んでいる。硬貨とともにそれらが手渡しされているところを見てカルチャーショックのような何かを受けていた。


 周りをよく見れば冒険者らしき男女が身に着けている剣や小手、ブーツなどの装備は奇抜な外見をしているものが多く、そういうものには大抵ルーン文字が刻まれている。


 さらに通り沿いでは、傾けても傾けても水が流れ続けるじょうろがなぜか酒場兼食堂の客引きに使われていたり。

 あるいは大きな荷馬車を格納している倉庫で、小さなランプが特に意味もなさそうなタイミングで点滅していたりと、微妙にコンセプトの合っていない魔法道具が多くの場所で使われていた。


 デューイの言っていた、ごちゃごちゃした街というのはこれのことだったんだろうか。

 妙に納得しながら、とにかく魔法道具の使用を試みようとする人々の姿勢に感心した。


 冒険者地区は街の西側にあるそうだった。

 ダンジョンはその方角に多く存在しているらしく、冒険者たちが行き来しやすいように宿や鍛冶屋などの各種施設は西門近くに発展したらしい。今向かっているギルドも例外ではないようだ。でかい図体を人の往来にぶつけることなく器用に進むデューイの足取りに迷いはなかった。


「ダンジョンに入るにはまず冒険者に登録する必要がある」


 前を歩くデューイは振り向きもせずに話し始めた。


「まあ、結局のところ金を積むだけなんだがな。

 最初はそれで仮登録して、依頼をこなして正規の冒険者になっていくのが王道だな。

 そういやスロウ、金はあるよな?」

「ああ」


 スロウは腰につけた袋の底を軽く持ち上げた。ジャラリ、という音はデューイにも聞こえたはずだ。


 以前二人がミスフェルという村に立ち寄った際に、水の太陽が襲撃してきたことがあった。その村の防衛に協力した二人は、襲撃後に村の人々からいくらかの謝礼金をもらっていたのである。

防衛の際にかなり無茶をして危うく死にかけたスロウだったが、結果的に誰一人死ぬこともなく済んだ。その時に村の人々に大きく感謝されたことを思い出して、思わず頬が緩む。


「それくらいありゃ十分足りるだろ。

 そら、ここが冒険者ギルドだ」


 唐突に足を止めたデューイは、目の前の建物を指さしていた。




 家を二軒建てられるくらいのスペースにぴったりと収まっている冒険者ギルドに入ると、中は吹き抜けになっていた。

 一階には多数のテーブル席のほかに、受付のカウンター、壁には掲示板がかけられていた。

 二階部分は入口からすぐ右手の幅の広い階段とつながっているようで、上方から香ばしい調味料の匂いが下りてくる。どうやら上は食堂になっているようだった。格子状の柵のそばでテーブルを囲み、食事をほおばっている冒険者がここからでも何組か見受けられた。


 そういえばまだ飯を食べていない。

 仮登録の後で金が余るのならば、到着記念としてうんと高い料理を注文してみようか。

 香辛料のかかった肉などはどうか、一度くらい食べてみたいものだ。


「おいデューイ!!」


 と、冒険者らしき装備をまとった男たちが突然立ち上がる。


 ずかずかと近づいてくる二人の冒険者を見て、確かデューイがA級とか言っていたことを思い出した。ベテランであるなら、知り合いの一人や二人いてもおかしくはない。


「よお、久しぶりだ……」

「てめえ、貸しにしてた金はまだ返さねえのか!?」

「え」


 驚いてデューイの方を見ると、やべ、と口だけ動かしていた。

 もう一人の冒険者がさらにまくしたてる。


「そうだ! こっちはお前のせいで聖騎士団に追われる身になったんだぞ!

 どう落とし前つけてくれるんだ!?」

「デューイ、お前……」

「何だよ」


 旅の相棒に借金があったとは。

 しかも聖騎士団に追われるって、明らかにヤバい響きがする。

 呆れた目を向けると、デューイは目をそらした。


「今日という日は逃がさないからな」

「……スロウ、悪いが登録は自分でやっておいてくれ。じゃあな!」


 一目散にギルドから出ていくデューイ。


「待ちやがれぇ!!」


 それを追って何人かの冒険者が飛び出していった。




「やあ、君はデューイの仲間かい?」

「あ、そうです」

「大変だね、君も」


 あっけにとられていると、いきなり知らない人に同情された。

 デューイのことを知っているような口ぶりだったので、ふと思ったことを聞いてみる。


「デューイって、冒険者としてはどういう人間なんですか?」

「有名な人だよ。実力はS級にも匹敵するのに、なぜか昇級するのを拒み続けてA級に留まってるんだ。しかも一匹狼でね。たまに気まぐれで他の冒険者とチームを組むんだけど、たいてい問題を起こすからいつも根無し草みたいにふらふらしてるのさ」

「ああ……」


 いまだかつて、ここまですとんと腑に落ちる瞬間があっただろうか。

 デューイの無計画さであったりとか、物事に対しての雑な姿勢にはここの人たちも振り回されていたようだ。

 今まで自分がデューイに対して抱いていた感覚を他人と共有できたことに感動を覚えるとともに、スロウの中で彼への評価は完全に固定された。


 すなわち、『あいつはダメ人間である』、と。


「とはいえ、水の太陽が出てくる前からダンジョンに潜ってた超ベテランだから実力だけは折り紙付きだよ。実力だけは」

「確かに、魔物が現れた時だけは頼りになりますね」


 そういえば、ここにいる冒険者はみな二十代半ばほどに見える。最も年長らしき者でもおそらく三十かそこらだ。

 自分の記憶が正しければ確かデューイは四十代のはず。

 生存率という点から考えてもやはり、あいつは冒険者としては優秀なのだろうか。




 丁寧に教えてくれた冒険者に礼を言い、受付まで移動した。

 受付嬢に登録する旨を伝えると、必要な金額を提示されるとともに一枚の紙を差し出される。


 そこではたと気がついた。


 文字が読めない。

 差し出された紙を見たまま身体が固まる。どれだけ見つめても、この記号の羅列が何を意味しているか分からなかったのだ。

 たぶん契約内容か何かが書かれていて、その下の欄に自分の名前を署名するのだろう。


 笑ってごまかしながら受付嬢にその旨を伝える。

 まだ読めない人もいますから、とフォローされたが、なんとなく背中がかゆかった。




 後ろの方で扉の開く音がする。


 受付と話している最中に、後ろで広がる静寂に違和感を感じた。

 声を潜め、ささやくような不快なざわめきが足元を漂う。


 ……このざわめきは悪意とか、敵意といった類のものではない。

 困惑だ。


「あの!!」


 無邪気な声が響く。

 振り返った先、人々の視線の中心には、一人の少女が立っていた。


「冒険者にさせてください!!」


 その頭に、縦長のウサギの耳を揺らしながら。

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