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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第七章 セトゥムナ連合編
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第百九話 手がかり

「……なるほど、それでキミの生まれ故郷のことを知りたいと」


 イズミルにひととおり自分の境遇を説明したあと、狭い研究室内で自分は頷いた。


「はい。そこに戻るための手がかりならなんでも」

「困ったなあ……僕はあくまで文化研究者であって、『異世界渡り』の方法を調べてるじゃないんだけど」

「それでも、なにかヒントになりそうなものはないですか?」


 ぽりぽりと耳の裏を掻くイズミルに念を押すように聞いてみると、彼は自分とセナを交互に見ながら考え込み、やがてゆっくりと口を開いた。


「……いちおう、思い当たるものが無いこともない」

「ほんとうですか!?」

「けど、せっかくなんだ。

 すこし協力してくれないかな」


 彼はそう言って、のんびりと立ち上がった。


 部屋に入ったときも思ったけど、犬なのに猫背なんだ……と彼の姿勢を見ながら目で追っていると、イズミルは室内を囲むようにそびえ立つ本棚の一角に指を入れて一冊を取り出した。


「これ、イストリアの住人が書いた書物のひとつなんだけど、その土地の武術について記されていてね。

 解読を進めているんだけど……キミ、何か知ってたりしない?」


 彼はそう言ってこちらに視線を向けてくる。

 どうやら研究の役に立たないと情報をくれないようだ。


 抜け目のない人だな……と思いつつ、実際に情報がないと困るので「ちょっとそれ見せてもらえますか」とこちらも立ち上がる。

 床に散乱した本を踏まないようイズミルの隣に移動し、紙面に目を走らせた。


「えーと……『イストリアには数多の武術があり、中でも最も名が知られているのは』――……」

「へえ! 読めるのか!」


 そう、なんだかんだでイストリアの文字が読めるのだ。


 今まではダンジョンに潜っても回収するのは魔法道具ばっかりだったのもあるし、古文書なんて滅多に見つからなかったからしばらく発揮されなかった技能だが……ここに来て使い時があったようだ。


 イズミルが解読に手こずっていたという箇所をひととおり読んで聞かせてから、改めて彼のほうに向きなおった。


「何だったら全部読んであげますけど……」

「いいや! それで十分だ。

 ……そうか、そういう意味だったのか……」


 これで一番詰まっていたところが解けたぞ……とブツブツ呟いているイズミルから視線を外し、気まずそうに佇んでいるセナと目を合わせた。


 蚊帳の外に置かれている彼女を見てちょっと申し訳なく思いながら「ごめん、もうちょっと我慢してて」と小声で伝えると、「大丈夫ですよ、気にしないでください」とそっと耳打ちされた。


「いや、すまない。

 つい夢中になってしまって……。

 イストリアではいろんな武術の流派があったみたいでね。

『資金提供者』からの依頼もあって研究を進めないといけなかったんだ」

「資金提供者?」

「ああ。

 いかに森林学院といえども、金がないとやりたいこともできないからね」


 ――といっても、個人的に取引してる相手なんだけど。


 含みのある言い方をしたイズミルだったが、すぐにパッと表情を切り替えてきたので深掘りはしなかった。


「それはともかく、僕が知っていることを教えようか。

 約束通り報酬を渡さないといけないし」

「え、あれだけでよかったんですか?

 数ページくらいしか読んでないのに」

「まあね。

 で、イストリアに戻るための手がかりが欲しいんだったよね。

 この件に関しては、もしかしたら彼女の協力も必要になるかも」

「……へ? わたし?」


 行儀よく座っていたセナが、長い縦耳をぴっと伸ばした。


「ああ。

 おそらくだけど、このセトゥムナのどこかにあるという『空を飛ぶ舟』があれば異世界渡りが可能になる。

 ……フラントールの者であるキミなら、場所くらい知ってるんじゃないかい」


 セナと二人で顔を見合わせた。


 兎人族が管理していたという『空を飛ぶ舟』はいま、天樹会に狙われている。

 大々的に奴隷狩りがなされた背景もあるから、別に関係者でなくとも一部のさとい人たちには気づかれているのだろう。


 セナはややあってから、困惑したように口を開いた。


「……あの舟は、人を乗せて空を飛ぶ力があるだけです。

 どうして異世界渡りまでできるって言えるんですか?」


 セナが否定せずにそう聞くと、彼はにやりと笑って身を乗り出してきた。


「『竜巻たつまき山脈』って知ってるかい? 北にそびえる奇怪な形をした山脈だ。

 少し前に、旅の女剣士がふらっとこの学院を訪れてね、彼女が不思議な地図と手紙を残していったんだ。

 それに興味を持った人たちが探検隊を結成して、地図の場所まで調査に向かった。

 すると……あったんだよ。巨大な魔法陣が。

 遠くから見えなかったのに、山頂に登った瞬間に紫色の魔法陣が透明な空に浮かんでいたのを発見したんだ」


 彼は言葉に熱をまとわせ、興奮を抑えきれない様子で続ける。


「次に調査隊は、魔法道具を使って調査を試みた。

『使役の鳥かご』って呼ばれる魔法道具でね、そいつから探索用の鳥を連れてって、魔法陣のところに飛ばし、『向こう側』の土なんかを採取して持ち帰ってもらった。

 それをこの学院で調べたところ……あたりだった。

 ダンジョンから回収された追放者の靴に付着していた物質と同じものと一致したんだ」


 ――つまり、竜巻山脈の山頂に広がる魔法陣が、異世界と通じている。


 その証明がなされたと、彼は力強く断言した。


「次の問題は、その転移の魔法陣に進入する方法だ。

 これは普通の方法ではまず無理だと報告されている。

 まずひとつに高度が高すぎる。頂上付近に立ってもまだ上のほうに広がっているんだ。

 ジャンプするだけじゃぜったいに届かない。梯子を作ろうにもかける場所がないし、高台を建設するのも難しい。山頂までたくさんの資材を持っていくのは困難だし、そもそもそういうので到達できる高度じゃない」

「えっと、重力魔法は?

 魔人なら空に浮くことができるじゃないですか」


 頭の中で考えていたのはエフィールが重力魔法を使って全員を空に飛ばしている様子だった。

 それなら問題ないんじゃないかと思ったが、イズミルは頭を横にふった。


「それもダメだったらしい。

 拘束した魔人を連れていったんだが、山頂付近で重力魔法が使えなくなったんだ。

 不思議なことにね」


 彼は喉から出した分を回収するかのように空気をたっぷり吸い込んで、ゆっくりと目線を合わせてきた。


「現時点であの高度まで人を連れていくことができる魔法道具は、フラントール一族の『空を飛ぶ舟』以外には検討がついていない。

 だから……もし異世界に渡りたいのなら、彼女に舟の場所まで案内してもらわないと」


 そこで、男二人の視線が兎人族の少女に向けられた。


 さっきまでと変わらず行儀よく座っていたセナはやがてあたふたとせわしなく腕を組み、うなりながら悩み始めた。


「うーん……うーん……!

 すみません! こればかりは……スロウさんでもいますぐには教えられません。

 わたしひとりが決めていい問題じゃありませんから……」

「ああ、いや、もちろん。

 さすがにそっちの都合もあるだろうし、わがまま言うつもりはないよ」

「けれどあとでおじいちゃんに……族長に聞いてみます!」

「あ、ぼくもいっしょに行っていいかな?

 森林学院の研究者として説得すれば許してもらえるかもしれない」


 イズミルの提案を断る理由はない。

 故郷であるイストリアに戻るためには、その舟を借りることは避けては通れない話になりそうなのだ。

 なら、早めに話をしておくに越したことはないだろう。


 たとえ、舟を動かすための鍵を天樹会に奪われていてすぐ使えないとしても。


「それじゃ、さっそく行こうか。

 日が暮れる前に戻りたいし」

「了解です!」

「すこし待ってくれ。

 準備があるから……」


 そう言って研究室の奥に寄っていくイズミル。


 自分たちは先に部屋の前で待っていようと扉に手をかけて出ていったが、扉を閉める間際、何かの魔法道具を持ち上げているイズミルの後ろ姿が視界に映った。

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