表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/138

第九話 囮

 バシャバシャと水を立てて村の外側まで移動したスロウ。

 教会から対角線上の、最も遠い場所だ。

 このあたりでいいだろう。


 深呼吸。

 銀色に光る剣を掲げる手が震える。


 デューイはおろか、加勢してくれる人もいない。

 完全に一人だ。


 落ち着け、落ち着け。

 膨れ上がる恐怖心に支配されるな。

 覚悟を決めろ。


 考えるよりも先に剣を振り落とし、叫んだ。


「俺はここにいるぞおおおぉおぉぉ!!」


 無数の瞳が一斉にこちらを向いた。

 瞬間、わき目も振らずに駆け出す。




 轟音を何度も何度も打ち鳴らし、雨のノイズを掻き消す。

 スロウは必死になって自分に言い聞かせる。


 魔物を倒すことは考えるな。

 逃げることだけに徹しろ。


 リリーの家を曲がり、子どもたちの遊び場になる木があって、それで……!


 昼間のうちに頭に叩き込んだ村の地形を頼りに走り、魔物を避け、さらに走る。

 教会からなるべく遠い場所をぐるぐる回り、囲まれそうになったら狭い路地、あるいはあえて家の中に入り込んで木窓から外に出る。包囲網を抜け、また走る。


 頭も心臓も沸騰しそうだ。


「はぁっ、はあっ、はぁっ……!」


 息が苦しい。

 手を置いて休みたくなるが、魔物は容赦なく襲い掛かってくる。


「くっそ……!」


 横から突然繰り出された鋭い脚を前方に飛び込んで回避。

 体中が泥だらけになる。

 それでも走り続け、剣を打ち鳴らし続けるスロウ。

 後ろから死の足音が追ってくる。




 どれくらい走っただろうか。

 数十分か、それとも数時間か。


 無理やり身体を前へ進めて、剣を振るう。

 どこかで一線を超えてしまったのか、途中から疲労感を感じなくなっていた。


「うっ……!?」


 途端に、頭上からの衝撃を受けてスロウは倒れ込む。

 真上から魔物が飛びかかってきたのだ。

 身体をねじって上を向くと、真っ黒な瞳が目の前にある。


「このっ……!」


 剣で魔物の目玉を突いて、足の隙間から抜け出した。


 その場で暴れる魔物を尻目に路地へ入ろうとするスロウ。

 だが、足が動かない。


 ―ー見れば、右足から大きく出血していた。


「あ、っづ……!」


 傷を負っていることを認識した瞬間に、激痛がやってきた。

 血が止まらない。

 さっき魔物が飛びかかってきた時にやられたのだ。


 気が付くと、入り込もうとしていた路地から別の魔物が現れる。


 方向転換。

 もう一つの道の先にも、魔物。

 焦って当たりを見渡す。


 いつの間にか、囲まれていた。


 ――まずい。


 何とかしないと。

 だが、どれだけ周りを見渡しても、逃げられる場所などどこにもない。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 まずい、まずい、まずい。


 息が苦しい。

 腹の底が冷えていく、血が止まらない。

 このままじゃまずい。何とかしないと。

 魔物を倒す? 無理だ、自分にそこまでの力はない。


 自分を取り囲む魔物の数がふくれあがっていく。


 さらに、後ろで暴れていた魔物が起き上がったようだ。振り向いた瞬間にはもう遅く、前脚で思い切り地面に叩きつけられた。

 パンッという音とともに水面が破れる。


「かっ、は……!」


 とっさに剣を間に挟んだものの、内臓まで衝撃が伝わったのか激しくせき込んだ。

 口内から飛び出た唾には真っ赤な血が混じっていた気がする。


 起き上がって逃げようとするが、しかしもう目の前の魔物は、鋭い前脚を自分に突き刺そうとしていた。


 避けられない。


 もう、だめだ……!


 スロウの胸中に死への確信が芽生えたその時。




「え?」


 閃光が、飛んできた。


 気がついた瞬間には、眼前の魔物は串刺しにされて動かなくなっていた。

 もう、ピクリとすら動いていない。

 そいつは流れ星のような速度で飛来した金色の線に貫かれ、沈黙している。


「矢……か?」


 細長い胴体に見事に突き刺さったその黄金の矢は、しかし、すぐに消えてしまう。


 幻覚か何かだと思ったが、さらに信じられない光景を目にする。


 どこかから風を切って飛んでくる光が、次々と異形の魔物を貫いていく。

 どうやら遠くから攻撃を加えているようだ。少しずつ魔物の包囲が崩れていく。

 あれだけたくさんいたはずの敵が、まるでアリのようにあっけなく排除されていった。


 気が付けば周囲に魔物はいなくなっていた。


 あまりにも短い時間で起きた出来事に、頭が混乱する。

 状況が分からない。


 雨の音だけが響く中、暗闇の向こうから誰かが歩いて来る気配がした。


 影が近づくにつれて、その人物の容貌が明らかになる。黒いマントを羽織り、フードをかぶっているようだ。顔は見えない。

 腰の高さのところに構えた大きな弓に、複雑な幾何学模様が刻まれていることに気が付いた。


 魔法道具だ。


「大丈夫?」


 凛とした、女性の声だった。


「あ、ああ……」


 フードを目深にかぶっているためにその表情は見えないが、スロウの持っている剣をちらりと見たことは分かった。


「何度も派手な音を立てていたのは、あんたね」


 次に、スロウの足のケガを見たその人はきれいな布を取り出して、投げ渡してきた。

 これで止血しろ、ということだろうか。


……オオオオオォォォォォォォォォ……


 不気味な咆哮が響く。

 同時に、遠くから魔物が集まってくる気配がした。


「そこで待ってて、敵はあたし一人で倒す!」

「ち、ちょっと!」


 呼びかけも聞かずに走り出すフードの女性。

 押し寄せる魔物たちの群れに突っ込んでいく。


 彼女がその大きな弓に手を添えた瞬間に、光の矢が生成された。

 三本、同時に。


 謎の人物は敵に向かってさらに加速。四本脚の魔物の懐に入り込んで、射る。

 衝撃波が生まれる瞬間を初めて見た。

 超至近距離からモロに受けた魔物が、後方の敵も巻き込んで大きく吹っ飛ぶ。


 細い線だったはずの矢が、まるで杭のように図太くなって射られたことに気づいたのは、その後だった。


 弓使いというと敵から離れて戦うイメージがあったが、彼女はまったくの逆だった。

 異様に高い機動力で敵を翻弄し、攻撃を避け、至近距離から金色の矢を放っていく。


 それだけではない。

 彼女が弓に生成された光の線をつかんだ瞬間、光が、剣を形作ったのだ。

 左手に握られたその薄い光波は易々と魔物を切り裂き、彼女が手を離せばすぐに霧散する。


「つ、強……」


 信じられない速度で魔物が殲滅されていく。


 あれは、自由自在に形を変える光の矢を生み出す魔法道具だろうか。

 それを適切な場面で、適切な形に変える判断力も、きっと相当なものだ。


 もしかしてあの女性(ひと)、デューイよりも強いんじゃないか……?


 少しずつ、少しずつ、空が明るくなってきた。

 雨も風も、さっきと比べて弱くなっている。

 終わりが近いのは明らかだ。


「雲が晴れてきた、あと少しだ!!」


 大声で彼女に知らせる。

 その声が届いたのか、さらに戦闘のスピードが上がる弓使い。




 それから少しも経たない内に、その時が来た。


……オオオオォォォォォォォォォ……


 黒く分厚い雲が、霧散していく。

 荒波を立てていた空の海が、穏やかなものに変わっていく。

 頭上からのしかかるような波の轟音はもう聞こえない。


「お、終わった?」

「――お疲れさま」


 晴れた空の向こうでは、まだ太陽が高く昇っていた。

 水の太陽が、きれいな球体を維持してどこかへと飛んでいく。


 こうして、決死の防衛戦をどうにか乗り切ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ