捏造の王国 その6 プチ水騒動 ジコウイイナリ町町長とアトウダ副総理ご親族水道会社社長の罪と罰
水道法改正に懸念をいだいた国民の不安を払しょくするため、モデル都市として選ばれたジコウイイナリ町では、半年後、町民が逃げ出した。水道会社社長ヨシヨシダは隣村の水源地を壊し、町民の引き戻そうと計画、町長のタニゾコダもしぶしぶ加担するが…
「はあ、はあ、水源地の沢はまだかい、タニゾコダ君」
月が出ているとはいえ暗い山道を、ヘッドライトを頼りに進む水道会社の社長ヨシヨシダの息は上がっていた。いつもこの時間は接待をうけて飲んでいるか、マンションでゲーム三昧、滅多に歩くことなどない。不健康な生活を続けてメタボ体型そのもののヨシヨシダにとって急坂で舗装されていない道を歩くのはかなりキツイ。しかもシャベルを引きずりながらでは歩みも遅くなる。
「もうすぐのはずですが、ヨシヨシダ社長。僕もよく知らなくって、なんたってGPSにも載ってないような山奥の古い村ですし」
先をいくジコウイイナリ町、町長のタニゾコダはツルハシを背負い懐中電灯で古い地図を照らしながら答えた。彼の息もまた上がっていた。彼もBMI値40近く、太りすぎです健康に注意しましょうと町の医者から注意をうける身である。
「そんな村になんで町が負けるんだよ、まったく。水道料金がすこし高くなったぐらいで、隣の不便な村に引っ越すなんて」
「そうは言っても最低でも二倍、最高八倍にあがったと文句をいってくる町民もいたし、町長としては、そのもう少し下げていただきたかないと困るんですが」
「仕方ないだろ、“ザ・コンセッション~方式”でわが社が決めた価格なんだから。だいたいこんな田舎の町だとインフラ整備は金がかかるんだよ。今まで行政に頼るからいけないんだ」
本来インフラ整備は行政の役割であるが、金さえ儲けりゃの言動が卑しい、と陰口をたたかれているのアトウダ副総理の親族らしく、ヨシヨシダは自分勝手なことを言い出す。
「僕の役員報酬が高いなんてさ、わざわざこんな田舎に水道事業やってやってるんだよ、年1200万円ぐらい当然じゃないか」
実はディスクでふんぞり返るだけで実務は下請けに丸投げのお飾り社長ヨシヨシダの文句にタニゾコダはため息をつく。
(俺だって、こんな坊やのお守りなんかしたくないよ、だいたいタニタニダの叔父さんがうちの町を水道ザ・コンセッション~方式モデル都市にするなんて言い出すから)
ことのおこりは半年ほど前。水道法改正法案の国会審議中でのアトウダ大臣の答弁からである。
実質ただの民営化より悪いといわれる、施設の手入れは行政で、水道事業の収益は民間会社のものというザ・コンセッション~方式について野党だけでなく与党ジコウ党からも懸念が出ていた。
「それじゃ、お試しってことでどこかの町で、ザ・コンセッション~方式をやってみましょうや。それで様子をみればいいでしょうが」
との身内の水道会社のために是が非でも法案を通したいアトウダ大臣がいつもの人をくったようなふざけた口調で提案した。
要はモデル都市で成功すれば法案通してもいいだろと言いたかったらしい。確かに上手くいけば議員たちの不安も払しょくでき、国民も納得する。だが市民の命ともいえる水道事業、水道料の大幅値上げや最悪運営失敗、破綻となったら町は終わりである。そんな事業に率先して名乗りを上げる自治体があるはずがない。そこで副長官タニタニダが、甥が町長であるジコウイイナリ町にモデル都市を押し付けたのである。むろん、タニタニダはアトウダ副総理と”自分とタニゾコダをよしなに~”という密約を結んでいた。
そしてジコウイイナリ町にヨシヨシダの水道会社がやってきた。水道事業に詳しい職員たちは皆懐疑的だったが、町長のタニゾコダは、“まあアトウダ副総理のご親戚の会社だし、これで中央とのパイプができるー”と内心喜んで受け入れた。しかし、町民の反応は真逆であった。三か月もしないうちに不平不満が続出したのだ。
「こーんなちっぽけな会社、だめ、だめ、もっとちゃんとしたところを僕が連れてくる」
そういってヨシヨシダは今まで町民が頼りにしていた良心的な水道事業者をすべて排除した。反対する水道担当の職員たちもあの手、この手で辞めさせ、水道工事をよく知るものは町からいなくなってしまった。代わりにヨシヨシダが連れてきたのはお友達の水道屋。腕が良ければいいのだが、仕事はいい加減、必要のない修繕までやり、料金はべらぼうに高い。
水道料の計算に修理代だの整備代だのなぜか会社の福利厚生費(実質遊興費)までが上乗せされ、あっという間に水道料金は上がり町民は支払いに四苦八苦。払えないと即座に水道が止められる。水道管を撤去された家まで出てきた。
間もなく町の水道インフラはガタガタになり、一か月に何度も断水するようになった。安全な水が飲めるはずのニホン国の町とは思えぬ悲惨な事態である。
「もう、こんな高い水道料払えないわ!それに前のミズホリさんは丁寧にやってくれたのに、ヨシヨシダさんとこの会社の人の修理はいい加減よ。直したはずなのに、蛇口がすぐ壊れるし!」
「うちの店はもうやっていけないよ。水道代払えないとすぐ止められるし。前はガス、電気の次、最後が水道だろ。今じゃ水道が一番先に止まるから、水の確保で大わらわだ。しかも払ってても、いつもどこかに不具合があって一週間に一回は断水するときもあるんだ。こんな町で商売なんてやれるか!」
「なんで民営化なんてするのよ!しかもあの社長、現場になんか来やしない。いつも会社でパソコンいじってるだけじゃない、あれで私たちの水のことなんてわかるかしらね!」
瞬く間にヨシヨシダの水道会社の悪評は広まった。
当然のことながら町役場への風当たりもウルトラ台風並みに強くなる。
「ちょっと、この水道料金高すぎんでねえのか!どういう計算なんだ!」
とか、
「前とおんなじ水の使い方で、どうしてこんなに違うんだ!おまけに修理はなかなか来ないし」
とか
「修理したのにまた水道管が壊れたぞ!どうしてあんな会社を使うんだ!いつもやってたところになんで頼めないんだ!」
などの連日の町民からのクレーム対応に追われ、職員たちは疲労困憊。通常業務にも支障をきたすほどである。表立っての抗議の声はないものの、ザ・コンセッション~方式モデル都市を引き受けた町長タニゾコダに対して、摂氏ー10度ぐらいの冷たい視線が職員たちから毎日のように浴びせられた。
そしてその結果、事態は意外な方向に動いていった。町民たちが跳ね上がる水道料と度重なる断水に耐え切れず、次々と町から逃げ出し、引っ越し、出て行ってしまったのである。
「なんでこんなに利益が少ないんだ!」
ある日ヨシヨシダがタニゾコダに怒鳴りこんできた。先月の水道事業の売り上げが激減したことに激怒し、副町長と助役との三役会議中の町長室に押し掛けてきたのだ。
「な、なにしろ町民が、は、半分に減ってしまって、水道を使う人がいないんです~。料金払えないとしょっちゅう断水するし、それでなくても漏水して止まるってクレームが~あって、耐え切れないって出て行ってしまうんで。今日もその対策を、その」
本来は事業の発注者であるタニゾコダ町長だが、アトウダ副総理のご親戚と威張りまくるヨシヨシダに頭が上がらず、平身低頭。情けない町長の姿に副町長アケチイや助役ブルタは呆れながらも黙って二人の会話を聞いていた。
「半分って、どこにいったんだよ!先々月はもっといたはずだろ、そんなに急に大量に引っ越せるわけが」
「そ、それが隣というか上のジキュージソク村に行ってしまって、村のほうも受け入れを促進しているということで」
しどろもどろに答えるタニゾコダ。
二人の会話を横で聞いていた助役ブルタと副町長アケチイは、ひそひそ話を始めた。
“当たり前だよな、あれだけ水道料が上がりゃ、多少不便でも上の村いくわな”
“ブルタさん、そう不便でもなくなったさ、県道までの道の整備を村人総出でやってるちゅうし。県道にでちまえば、隣の県でも県庁所在地の町までもすぐいける、駅も近くなるしな”
“ほんじゃ、俺も引っ越そうかな。俺の爺さんはあの村の出なんだ。掟が厳しいし、結束は固いし、村民としてやんなきゃいけないことは多いしで、耐えきれず出たらしいが、考えてみりゃあ、昔ながらの生活だからな、大変なのは当たり前だ”
“あすこは江戸時代から沢の水を引いてたってよ。今では水道管だが、その水道管も自分らで修理してつかっとるっていうし。電気も、太陽光だのミニ水力発電だのをやっとる。名前の通り自給自足村だ。そのおかげで民営化だのなんだのって中央のご都合に振り回されずにすんでるな”
“雨水タンクやコンポストトイレに対する助成とか、観光用に山のドローン撮影とかもやってるし。共働き家庭の子を高齢者が面倒みるっていう制度もあって若夫婦とかの移住者もいるらしい、結構新しいこともやってるんだよ。先見のなんとかっていうか、すごいなあ”
“あそこは昔からスゴイ婆様がいて、裏で采配をふるってるって話だ。だからうまくいってるのかもな。ただ婆様は、怒らせると怖えって話だ”
“よう知っとるよ。山の昔話だろ、悪さすると婆様がお仕置き、いいことしたら福を授ける。多少、古臭いことがあるかもしれんが、正しいことをきちんとやれば、村民として認めてもらえて、出世もできるってんだから、この町よりはいいかもな”
助役と副町長の内緒話に気づいているのかいないのか、ヨシヨシダのタニゾコダへの八つ当たりは続いていた。
「もういい、君とここで話していても無駄だ!」
と、怒って町長室をでるヨシヨシダ。慌ててタニゾコダが追いかける。
「ま、待ってください、ヨシヨシダ社長」
「こうなったら、最後の手段だ」
「な、なにをする、おつもりで」
「上の村の水源地をぶっ壊してやる」
「ふふふ、水源地にある水道管をぶっ壊して、沢とかも埋めて、メチャメチャにして水を取れなくしてやる!そうすればうちの会社から水を買うことなるだろ。上の村の奴らめ、思いしれ!町から引っ越した奴は水道代を倍にしてやる」
と、水道管を破壊するための(壊せるとヨシヨシダは思っているらしい)シャベルを抱えながら歩くヨシヨシダ。ちなみに先ほど村民以外立ち入り禁止の山道の柵を壊して進んでいるので、すでに法を犯している。
昼間はヨシヨシダの異常な言動にドン引きしたものの、結局タニゾコダはツルハシを背負い、ヨシヨシダとともに自らジキュージソク村の水源地である沢に行くことにした。
アトウダ副総理のご親戚に何かあったら自分及び叔父であるタニタニダの地位に響く。“あいつは言い出したら強情だから、頼むわ、えっとタニゾコダ君”と、アトウダ副総理直々に頼まれたのだ。
第一、“ほかの村の水源地を破壊する”という犯罪行為を行うのだ、迂闊に人に頼れない。町の職員だって、何をやるかわかったら、しり込みするに決まっている。ましてヨシヨシダは町民全員(実のところタニゾコダも)が嫌っている。ヨシヨシダの犯罪に手を貸すと聞いたらタニゾコダの家族や友人も止めるだろう。タニゾコダの妻ミエハリコなど猛反対するに決まっている。
というのも、彼女は近頃
“あなたねえ、いくら偉い叔父様の命令だからって、町長のくせに、あんな能無しデブ社長にこき使われて、恥ずかしいとは思わないの?”
と、タニゾコダを小馬鹿にするようなことばかり言うのだ。
美人でジコウイイナリ町でも指折りの裕福な家のご令嬢であるミエハリコがタニゾコダと結婚したのは、タニゾコダがコネとはいえ若くして助役→副町長→町長にのしあがったからである。権力目当てのはずが、実は夫の権力とやらが実は相当ショボいものだとわかったら、ミエハリコが失望するのは当然。そのうえ夫が犯罪行為に加担したと知ったら、離婚を切り出すに決まっている。高額の慰謝料と幼い娘の養育費をタニゾコダからむしり取るだろう。
そのような事態を防ぐためには、なんとしてもヨシヨシダとともに秘密裏に隣村の水源地を誰にも見つからずに破壊する、という完全犯罪を成し遂げねばならないのだ。タニゾコダは懐中電灯のわずかな明かりを頼りに、必死になって地図を読みながら、進んでいく。
木の根につまずき、岩で滑りそうになり、泥だらけになりながら、二人はようやく少し平らな場所に出てきた。そして
ザーッ
「み、水音だ、水源は近い!」
「やったー、ようやく着いたー!」
二人は喜びのあまり思わずその場で小躍りした。すると、
グニュッ
「あ、なんか踏んだ」
ヨシヨシダの足元で小さな影がピョンとはねて走っていった。
「いま小さいのが逃げましたが」
「ネズミかなんかだろ」
「そうですね、水を飲みにきたのかな」
ドドドッ
別の音がしてきた。
「な、なんだよ、馬の足音?」
「こんな山奥に馬はいませんが」
「鹿かな?」
黒い大きな影が猛スピードで近づいてくる。
それは、馬でも鹿でもなく
「わー化け物!」
「い、いの、いの、し、しし」
巨大な猪であった。
ヨシヨシダが踏んづけたのは、ウリボウ、猪の子供だった。踏まれて傷ついた子供をみて怒った親猪がヨシヨシダに仕返しにきたのだ。
「ふん、猪なんて、このシャベルで叩き殺してやる!」
と、シャベルを構えるヨシヨシダだったが
ブオオオ
と、猪突猛進の四字熟語どおりに迫りくる猪に圧倒される。
「ぎゃあああああ」
「た、助けて」
すぐに抵抗は諦め、逃亡に作戦変更する二人。しかし、慣れぬ山道、しかも夜、そして走るのが苦手な二人。満月に近い月明かりがあるとはいえ、そんなに早くは走れない。さらに当初の目的を忘れていないのかシャベルやらツルハシやらをもったままである。
「ギャー追いつかれるー」
「イノシシって人を襲うのかー」
「確か豚はヒトを食べるはずー」
「それじゃ、食べられるんだー」
しかも猪には豚にはない鋭い大きな牙がある。そして追いかけてくる猪の牙はかなり立派なものであった。
もし、アレで突かれたら、二人ともよくて重傷、もしかしたら、猪親子の餌食に…。最悪の事態を予想した二人は転がるように山道を駆け降りる。
と、その先に
「あ、檻だ」
「よし、入ってしまえ!」
檻に入るのは普通、動物のほうで人間ではないはずだが、そんなことを考える余裕もなく、二人は急いで檻の中に入って扉を閉めた。
ガシャン!
二人が檻に入っても猪はあきらめず、体当たりしてきた。
ドシン!ドシン!
檻ごと激しく揺れ、周囲の木々の幹や枝に何度もぶつかる。その勢いに中の二人は震えあがった。
「こ、この檻、壊れないんだろうな」
「た、たぶん猪を捕まえるための檻ですから、容易には、破れないだろうと」
と、話す間も猪の攻撃は止まない。
「ひいいい」
「助けてー神様」
二人は縮こまって檻の真ん中で頭を抱えてうずくまった。
(ああ、神様、仏様、ぼ、僕が悪かったんですー。ヨシヨシダさんに手をかして水源地を壊そうなんてするからバチがあたったんだー。謝りますから、助けてー。ば、婆様ー)
“呼んだかの”
「え?」
「へ?」
と、二人が顔をあげると猪が走って山奥に帰ってゆく。そして
「お前ら、何してんだ」
と、声をかけてきたのはジキュージソク村の助役オオカミノ。他にも村民が何人かおり、猟銃をもっているものもいた。それをみて猪が逃げ出したのだろう。
ほっと胸をなでおろすタニゾコダにオオカミノが気づいた。
「なんだ、タニゾコダのボンかよ。いや今は町長さんか。偉くなったもんだな。いつも山で迷って泣きべそかいてた坊主がよ」
「オオカミノさん、あ、あなたこそ何を」
「いや、見回りだよ。このところ猪が出てくるしな。大事な沢を荒らされたら困るし」
「こ、こんな夜中に沢の見回りって」
「おめーんとこの町で、水道料あげたからよ。水道料とか払えなくて、水を止められて、困って水を盗みに来る奴がいるんだよ。だから見張りに来てるんだ」
と、別の村民が答える。
「まあ、大事な村の水だからな。お前らのジコウイイナリ町みたいに自分たちの水を余所者の好きにさせるなんてしねえよ。で、お前らの方こそ何しに来たんだ」
「えっと」
返答に困るタニタニダ。ヨシヨシダのほうはというと
「こ、ここから出せよ!」
と、先ほどの怯えた様子はどこへやら、いつもの横柄な口調が戻っている。
「自分から入ったくせに何言ってんだ、こいつ。だいたいお前は誰だ、どこのもんだよ」
「ぼ、ぼくはヨシヨシダ社長だぞ、アトウダ副総理の…」
“そいつが一番のワルじゃ”
と、突然、年老いた女性の声がどこからともなく聞こえてきた。
耳をそばだてる村民たちと檻の中の二人。
“そいつが、タニゾコダの坊をそそのかして、沢の水をダメにしようとしたんじゃ。お偉いさんの親戚だと言って、やりたい放題じゃ。ワシは知っとるぞー”
真夜中の山に響く不気味な老婆の声。
老婆の言葉に村民たちが騒ぎ出した。
「なんだと、こいつらが水泥棒か」
(やばい、なんとか言い訳しないと、出してもらえないどころか、警察に引き渡される)
破壊行為未遂で逮捕、町長も辞職、妻から離婚届、慰謝料他をもぎ取られ、一人寂しく刑務所へ、という最悪の未来予測がタニゾコダの頭に浮かぶ。
「ち、違う、盗むんじゃなくて、その」
恐ろしい未来から逃れようとタニゾコダは必死で取り繕うとしたが
「じゃ、なんだ」
「え、そ、その」
うまい言い訳が思いつかず、言いよどむタニゾコダ。
別の村民がタニゾコダの背のツルハシとヨシヨシダの手のシャベルに気づいた。
「オオカミノさん、こいつらシャベルだのツルハシだのもってやがる。さては沢を埋める気か、水道管を壊す気だったのか!」
「なにい、なんて奴等だ。どうりで町のもんが逃げてくるはずだ。水を取り上げ町民を苦しめる極悪非道の町長にお偉い親戚の権力を笠に着た悪徳社長か」
「こいつら、どうする」
猪の代わりに今度は村民たちが鬼のような形相で迫ってくる。檻のなかで再び縮こまるタニゾコダ。ようやく自分の置かれた立場を理解したヨシヨシダも青くなった。
そして、姿は見えずとも聞こえてくる婆様の声が追い打ちをかける。
“ワシがー”
(わー婆様のお怒りだー。どうしよう、怒らせたら大変なことになるって本当だったんだー。悪いことしたら、婆様にお仕置きされるんだー、猿に噛まれて鹿に蹴飛ばされて谷底にー)
山の衆に度々聞かされた昔話を思い出し、震えが止まらないタニゾコダ。
“今からー”
(ひいい、ば、罰が当たるんだー)
バターン、
恐怖のあまりタニゾコダは気絶した。それをみてヨシヨシダもフラフラーと倒れこむ。
“県警に通報するから、逃がさんようになー、オオカミノの坊ー”
「わかったよ、オオヤマダの婆様」
と、オオカミノが無線で答えた。
「こいつら、ビデオカメラとかスピーカーとか俺たちが仕掛けてるの知らねえのか」
「知らねえんだろ、猪除けに人の話声が聞こえるようスピーカー設置しといてるとか、猪や鹿の動きを把握するためにアチコチにカメラ仕掛けとくとかはよ。いっつもコンクリのビルの中にいるから、現場ってのを、わかってねえんだよ」
「タニゾコダの坊も前はちっとはマシだったが。やっぱお役人になっちまうと駄目なんかね」
「オオカミノさんだって助役じゃねえか。ま、お上とか政府のいいなりになる奴はロクデモナイってことだ。村民、町民、市民のことをちゃんと考える人間じゃねえとな」
と、村民の一人がいうと、突然、婆様の声がした。
“山のもん、村のもん、町のもんのことを考えんような奴は、上に立つ長にはなっちゃいかんのじゃ。あ、そろそろ県の警察のやつがくるからな。ここまで連れてきてやって、そいつらをちゃんと引き渡しといてな”
急に言われて、ドキッとしたオオカミノ。
「婆様、いきなりスピーカー越しに話すのやめといてくれ、心臓に悪い。わかってる俺らでもビックリするわ」
“えーじゃないか、悪人どもを脅すにはもってこいじゃ”
「何年生きとるかしらんが、悪ふざけもたいがいにしといてくれ」
たしなめるオオカミノだが、スピーカーの向こうの婆様がちゃんと聞いているかはわからない。
側で聞いてた男たちが苦笑していた。
「まあ、オオヤマダの婆様はほんと年がわかんねえな」
「実は山のもんや沢の守り神だっていう噂もあるで」
村民たちの話を聞いて
“ふわっふわっふわ”
婆様は愉快そうに笑った。
後日談
ヨシヨシダとタニゾコダは檻ごと、婆様の通報で山にやってきた県警に引き渡された。もちろん取り調べ云々は檻から出されて行われた。彼らはしばらくの間、警察署に留め置かれたが、官邸からのお達しがあったのか、不起訴になり、無事に釈放。表面上、お咎めはなかった。
しかし檻に入ったまま、県警本部まで連行される様子が全国のテレビで大々的に報じられた上、猪に追われてからの一部始終の映像がネット上に流出し、彼らの罪は世間、いや世界の知るところとなった。
悪い意味で全世界的に有名になったヨシヨシダとタニゾコダは、刑事罰は逃れたものの社会的大制裁という別の罰が下された。どこにいっても指さされ、クスクス笑われるヨシヨシダはトウキョウの自宅で引きこもりとなった。家族とも会おうとせず、一日中部屋に閉じこもり、あげく運動不足がたたって若くして脳卒中で寝たきり。タニゾコダは失職の上、離婚。高額な慰謝料(高すぎて分割してもらった)と養育費を稼ぐためにベーリング海でのカニ漁の出稼ぎに出ることになった。
そして、タニタニダ副長官とガース長官は水道ザ・コンセッション~方式モデル都市の大失態の隠蔽に奔走し、アトウダ副総理の口調はさらに下品になっていった。
水は命の源です、たいせつにしましょう。
悪いことをしたらいつか、どこかで、まわりまわって自分に三倍帰りの報復がくる、かもしれません。