細かい事情は省くが、どうやら俺の恋は叶ったらしい。
今回の小説について
テーマ書き出し「細かい事情は省くが、どうやら俺の恋は叶ったらしい。……から始まるもの」
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細かい事情は省くが、どうやら俺の恋は叶ったらしい。
それは、ごく平凡な、夏の始めの昼下がりのこと。
……思えば、「平凡な天気」なんてものがあるとは思わないなあ、なんて思ってしまうことも、恐らくは妙なテンションの後押しがあってのことだろう。
夏の始めの、まだ梅雨の陰気をはらんだささやかな風が、そのまま遠くに流れるのが聞こえてくるような。
それは、――強いて言えば、どこか静かな昼過ぎのことであった。
静寂の成立に不可欠なことといえば、それは人気のなさだと思う。
俺は今日、何の気なしに訪れた知らない街の、とある河川のふもとを歩いていた。
こうしていれば、いずれは何かしら、……例えば巨大な入道雲だったりみたいな、異世界じみた風景に行き当たるような気がしていたのだ。
久しぶりの休日。それにこんな日和、遠出日和が重なるとすれば、俺のような計画性のない人間は、何も考えることなく外に出てしまうようで。
……計画性がないと自負するだけあって、ケータイに入っていた万歩計は、先ほどちょうど三万の大台を計上したところであった。
「……、……。」
いい加減疲れたというか、帰り道を考えるともう辟易としたため息くらいしか出てこないというか。
涼しいというのが唯一の助けであって、俺は河川のふもとより。これといった契機もなく、いつの間にか日陰を探す手はずを取り、
そこから幾何、故も知らぬ橋のたもとに腰を落ち着けて今に至る。
あるいは、「事情」はそこより更に数手遡るだろうか。
俺の恋が叶ったプロセスというのが、これまた実に下卑たもので、それだけに俺は、この感情に微笑みを耐えがたく思うのかもしれなかった。
曰く、――橋のふもとには「お宝」が眠っているという。
今日の日和の鮮烈さに目を焼かれつつあった俺は、少しばかりの箸休め、というわけではなかろうが、ちょっとした茶目っ気を得ていた。
そして、案外、或いは運命的に俺は、――「束ねられた雑誌」のシルエットを見つけ、そして改めて言おう、今に至ると。
……いや、煮え切らないようだが、もう一言だけ付け足しておくべきであった。俺が見つけたのは「お宝」ではなく。
過日、幼いころによく読んでいた小説の続きであった。
内容は簡単なものだった。女性の一人称による日常。それを淡々と繰り返す。
エッセイとは違うだろう、それはヤマもオチもない展開を続けながら、明確に意味が存在してた。
その物語はおそらく、読む人によっては、日常の平凡に特別な意味を見出し、或いは食事や風景やそれ以外の描写の、五感へのレスポンスに別格な価値を見出し、そうじゃなければ、主人公の素朴さに一種の敬念を見出す。
そんな、ありふれているようでその実、――その小説は思えば、俺の人生において「最も文学に近い作品」であった。
翻って蛇足をすれば、過日の俺は、平凡さや、風景や音楽や香りなんかへの感動には、具体的な価値を見出せていなかったということも付け足すべきだろう。若い人間に最も好まれるのは、やはりわかりやすさ第一のジャンクフードであったということで。
そんなわけで、俺は過日、その本に抱いた感覚の理由には思い至りもしないままで、登場人物たる彼女には、恐らくは抽象的な尊敬の類を覚えていたのだろう、と分析じみた念を抱く。
というのも、少なくとも当初の俺は、「その感情」を自覚してはいなかったわけで……、
――俺が、「その感情」を極客観的な視点で思い出すに至ったのは、
「……、……」
最後のページをめくり終わり、ほうと息をつき、橋の袂の日陰からは、ちょうど目的の入道雲が顔を出していたころであった。
入道雲を探すというだけあり、俺は、なんとなく海の方を目指し歩いてきた。
未だ日が傾ぐには至らないけれど、それでも潮のにおいをいつの間にかはらんでいた風は、先ほど気付いた時よりも幾何か冷たく感じる。
それだけに風は切れ味を以て、明確に、或いは入道雲のてっぺんへと突き刺さりかねないほどに俺の背を押し上げる。
……距離というものへの自覚は、どうにも人を冷静にする。
「……、……。」
あの日していたのが「片思い」であれば、これはどうやら成就と呼ぶべき状況にあった。
開口一番では敢えて詳細を省いてしまったが、今にして思えばあれは、敢えてではなく、ただ単に語るべき詳細を、俺は過日に置き去りにしてきただけのことであった。
記憶にないといえば、率直に過ぎるだろうか。
――彼女は、
平凡なまま、明日も続く日常を待望したまま完結した。
何のことはない、ただの打ち切りエンドである、といってもそれは直接的な比喩であり、本当に打ち切られたわけではなかったはずだ。
最後のページ曰く、彼女の日常が「明日も続く」という結論を以て完結したのも、ちょうど今日のような日和の、夏のいつかであったらしい。
そして彼女は、明日の天気に思いをはせて、そこでページは底を尽いた。
過日の俺の恋路は、結局今日まで「休載」したまま埃をかぶっていて、しかし唐突に、今日のこんな思い付きじみた逃避行のうちに「完結」を得た。それが、俺の恋物語の顛末ということか。
成就というには、あまりにも空っぽすぎる帰結かもしれないが、それでも、――この感情は成就であろう。非存在に対する恋愛感情の落としどころとして、これは一番上等だと俺には思える。
彼女には明日があって、俺には観測しえないどこかで、それはさらに続いていく。それを成就と結論した俺の感情については、俺自身よくわからないゆえに、やはり詳細は省くが、しかし、加えてこんな運命的な再会さえお膳立てされてしまっては、否定の余地などありえないだろう。
つまり、それは結局のところ、彼女の物語に恋をした俺の、恋の成就であるようだった。