探偵は推理を披露する
放課後、吹奏楽部の演奏が校舎に響く中、俺と俊は、部活へ向かおうとする拓也くんを捕まえた。突然の訪問に、彼は目を白黒させた。
「ちょっと話がある。付き合え」
まるでどこかのチンピラのような口調で、拓也くんをひとけのない空き教室まで連れてくる。椅子に大人しく座った彼は、戸惑いの表情を浮かべる。覇気のない顔だった。整髪料なんて一度も使ったことがなさそうな、勉強一筋の真面目な印象を受ける。
「あの、僕になにか用?」
開いた窓から風が吹き込み、カーテンを揺らす。グラウンドからはサッカー部や野球部の元気な掛け声が聞こえてきた。
俊は眼鏡を指で押し上げると、拓也くんに近づいた。
「おととい、つまり火曜の昼休み、薫にお守りを貸してくれるよう頼んだそうだな」
直球だった。俊の問いに、拓也くんはぎくりと身体を震わせる。
「そ、そうだったかな」
「間違いない。ちゃんと目撃者だっているんだからな。単刀直入に訊く。なんで、そんなことを頼んだ」
「それは」拓也くんは言い淀む。「いとこが、そういったものに興味を持っていて、それで、竹ノ内くんが持っていたお守りのことを思い出したんだ。竹ノ内くんが持っているものなら、けっこういいやつなんじゃないかなと思って」
「本当か」
顔を近づけて訊く俊に、拓也くんはこくこくと頷いた。
「それじゃあ、どうして驚いた?」
「え」
「目撃者の話だと、改めて薫からお守りを見せてもらったとき、すごく驚いたみたいじゃないか。その理由を教えてほしい」
拓也くんは目に見えて狼狽する。見間違いじゃないの、ととぼけた。
「見間違いねえ」俊は含みのある口調で言ったあと、俺のほうに視線を向けた。「たとえば、包装紙にくるまったプレゼントを俺がもらったとする。隆平もそれを見ていた。俺は包みを開けずに、しばらくの間、大事に持っておく。だけどある日、その包装紙が破れ、明らかに中を開けた形跡があるのをおまえは発見してしまった。そのとき、どう反応する?」
「どうって、そりゃあ驚く――」
そこまで言って、俺は俊の言わんとしていることがわかった。拓也くんを見れば、はっとした顔をしている。
「つまり、そういうことだ。おまえはあの日、薫からお守りを見せられたときに気がついたんだろ。誰かがお守りを勝手に開けたことに」
拓也くんは口を閉じたまま、なにも答えない。俊はそんな彼のことなどおかまいなしに、話を続ける。
「栗原が薫にお守りを渡す際、おまえもその場にいたそうだな。そのときはなんの反応も示さなかったのに、数日後、同じお守りを見たときは驚いた。なぜか。最初に見たときと比べて、お守りの外観に変化があったからだ。それまで薫が気づかなかったのなら、些細な痕跡だったんだろう。紐の結び方が変わっていたとか、結び目がずれていたとか。いずれにせよ、記憶力のいいおまえは異変に気がついた。だから、驚いた。そして、薫にバレずに中を確認しようと思い、お守りを貸してくれと頼んだ」
俺は、先ほど俊が栗原さんに電話で確認していたことを思い出す。
「百歩譲って、磯井くんの言うとおりだったとしよう」拓也くんが口を開いた。「だけど、お守りの中身を確かめるためなら、わざわざ彼に断りを入れなくてもいいんじゃないかな。あとでこっそり調べることだってできる」
「その点に関しては、正直想像するしかないな。気が動転していて、そこまで頭が回らなかったんだろうとか。ひどく狼狽えていたみたいだし、その可能性はゼロじゃないはずだ」
確かに、まったくありえない話ではない。
「ただ、おまえの言うとおり、中を確認するだけなら本人にわざわざ断る必要はない。実際、おまえも薫に断られたあと、あいつに黙って中を確認しているようだし」
「なにを根拠に」そう言う拓也の声はかすれていた。
「昨日、変な願いを書いたんじゃないかって尋ねた俺に、栗原が言っていたんだ。『薫の友達にも同じこと言われたんだけど』って。確認したら、短冊にどんな願いを書いたのか、前にも一度訊かれたことがあったそうだよ。その訊いてきた薫の友達っていうのが、おまえだ。おとといの放課後のことだ」
「それがなんだって言うんだよ。僕が中を見たんだとしたら、わざわざ彼女にそんなこと訊く必要はないだろ」
「そうだな。だけど、別の考え方もある。たとえば、中の短冊がなくなっていたとしたらどうだ?」
「どういうこと?」と俺は口を挟んだ。
「お守りを開封した何者かは、中の短冊を抜き去った。そのことに気がついたおまえは、誰にも知られることがないうちに、こっそりと短冊をもとに戻そうと考えた。だけど、願いの内容がわからなければ、偽物を作って入れておくことができない。だから、栗原からそれとなく訊き出そうとした。結局、教えてもらえなかったようだけど」
「ちょっと待って。ええっと、それはつまり」思考が追いつかなかった俺は、一度ストップをかけた。「拓也くんが栗原さんに願いの内容を訊いたのは、なくなっていた短冊の偽物を作るため。そんなことをしようと思うには、あらかじめお守りを開いて、中が空っぽであることを確認していないといけない。だから、拓也くんはこっそりとお守りの中身を確認していたことになる。そういうこと?」
「ああ」と俊は頷いた。
「証拠はあるのか」と拓也くん。
「おまえ、栗原に会ったあと、江藤先輩とも会ったみたいじゃないか。江藤守。三年D組の」
その名前を俊が口にした途端、拓也くんはぎょっとした顔つきになった。目を見開き、口をきつく結ぶ。表情には、嫌悪感が色濃く出ていた。
俺は、そういうことか、とようやく合点がいく。薫に恨みがあるやつを俊に訊かれ、脳裏に浮かんだ人物が彼だ。数週間前に、女子生徒にちょっかいを出し、薫くんによって撃退された男子生徒。俊の言っていた「犯人」とは、薫くんのお守りを開け、中の短冊を抜き去った人物のことを指していたのだ。その犯人が、江藤守。
「あいつと会ったのか」
「まだ会っていない。でも、証拠がほしいと言うなら、先輩から証言をとってきてもいい。おとといの放課後、おまえとなにを話したのか」
「やめてくれっ」拓也くんは椅子から立ち上がる。そのときの衝撃で、椅子が後ろの机にぶつかって派手な音を立てた。
「おまえは気がついていたんだな。薫のお守りに開けられた形跡を見つけた時点で、誰がそうしたのかを。そうじゃなきゃ、栗原にどんな願いを書いたのか訊いたあと、江藤に会いに行くはずがない。江藤はあの出来事以来、薫のことを目の敵にしていたようだからな。先輩面して、薫にしょうもない嫌がらせをしかけているのを、生徒の何人かが目撃している。そんなやつとおまえが会おうとするなんて、よほどの理由がなければ考えられない」俊は拓也くんをまっすぐ見据えながら言った。「短冊を盗んだ件について、江藤に直接訊きに行ったんだな」
しばらく俊を睨んでいた拓也くんだったが、やがて視線を逸らす。気の抜けたように椅子に座った。
「そうだよ、そのとおりだ。磯井くんの推理どおりだよ」