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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

フィヨルドの竜

作者: 恒我臥薪

大分時間がかかりましたがどうにかかけました。


 昔々、スウーデェンの北部にある一つのフィヨルドに大きな穴がありました。


 その中に住んでいるのは竜で、大きくて怖くて誰もが震えあがるような声を持っていました。


 そのためかそこのフィヨルド一帯には町はおろか人の気配がするのかというほど寂しい土地でありました。

 

 竜は困りました、信仰がなければ空を飛んで他の場所に行ったり狩りをすることもできないのです。


 そして何よりも困ったことは自分の体が小さくなっていることです。


 これもまた誰かに怖がられないと起きてしまうことでした。


 竜は決めました、一度人になって近くの町で信仰してもらうようにしよう。


 そう思った時、竜の体は光り始めました。


 竜は神様としての残された力を使い、若い男の人間になりました。


 そして住んでいる洞窟から出ると外の景色に驚きました。


 周りの山にはいつの間にか緑が生い茂り、崖の下には海水が流れ込んでいたのです。


 竜は自分が本当に長い間洞窟の中にいたことを初めて知りました。


 (ああ、時間が流れるのは本当に速いものだな………)


 そうしみじみと思いながら彼は人里を求めて歩き始めました。



 ―――――――――――――――――――――



そこからいくつもの山を越え半日ほど歩くと町が見えてきました。


 竜はいつも空腹であったため何も食べずに来られました、しかし人間が自分の巣穴の近くまで来て信仰をするには大変気が滅入る距離だと理解しました。


 町に入ると竜の知っている人里と大きく違いがあるのに気づきました。


 家の周りを土を焼いて固めたものを積み上げていること、町の構造がある程度の規則性を持っていること、そして人と人との間に言葉以上の違いがあることがわかりました。


 日が暮れると竜は浮浪者がたまっている場所に行きました。


 竜は何年も寝て過ごしていたので二、三日寝なくても平気でした。


 けれど彼がここに来たのは「金」というものが必要ということを知らなかったからです。


 今の世界での食事や睡眠、そして人としての価値はそれで成り立っているのだという結論を竜は集めた情報から導き出しました。


 自分がまだ何もない世界の空を飛んでいたころと比べると人は大きく成長したものだと思いました。


 同時に夜空に輝く星を竜は瞳の中いっぱいに取り込んで変わらないとはつまらないものだなと竜はため息をつきました。


 少し経つと浮浪者の何人かで小競り合いが起きていました。


 竜はそれがなくなった酒のことであったことや酒を持ち去った犯人は小競り合っている人間たちではなく今自分の隣でそれを肴に盗んだ酒を飲んでいる浮浪者だということを知っていました。


 それでも竜は何も言いません、彼には責任も情もそれ以前に人間に備わっているはずの機能すら持ち合わせていません。


 竜はただそれを静かに見守って事の顛末がどうなるかを考えました。


 すると言い争っている内の一人が隣で飲んでいる男の方を見て盗まれた酒だということに気付きました。


 隣にいた男はぎくりとした表情を浮かべ竜の方を指さしました。


 罪をなすりつければ助かると思ったのだろう、竜は心の奥が段々と冷めていきました。


 酒を盗まれた男が竜に近づいて襟首を掴んで真偽を確認してきました。


 竜はその人間の目を見て何を求めているのかをゆっくりと考えました。


 男のつかむ力が時間と共に強くなると竜は静かに首を横に振りました。


 怯えたわけではありません、竜は人の言葉は理解できますが話すことができませんでした。


 しかし男は掴んだ手を広げてスマンと言って竜を解放しました。


 そこから男の目線は素早く酒を盗んだ男の方に向けられました。


 そのあとに鈍い音が隣で鳴り続けましたが竜は気にせず目を閉じました。


 ――――――――――――――――――――――――――


 朝の冷たい空気で竜は目を覚ますと隣の男は冷たい体になっていました。


 体の至る所が腫れ、顔はもはや原型をとどめていませんでした。


 竜は立ち上がりその場を離れました。


 彼の死骸を見た時、竜は朝の外気が心の臓の深くまで入ってきたなと思いました。


 彼は期待していました、何せ自分が昔調和の神として崇められたのだから。


 その時には喧嘩なんてものは当たり前のようになく村と村とで協力し合っていました。


 飢饉が襲った時は村人は竜を頼りそれに応えて竜は邪気を遠くの地に飛ばし、


 日照りの続く日は神通力を使って雨雲を呼び寄せました。


 空を見上げると薄くかかった霧の奥から太陽の光が漏れていました。


 竜は人気のない自分がもといた場所によく似た町から逃げるように去りました。


 町を出て竜は自分の巣穴に戻るか別の場所に行って信仰を続けるようにさせるか迷いました。


 分かれ道に立ってそれを考えているとふと何処かからか竜のものに近い声が聞こえました。

 

 空を見上げると広がっていたのはただただ青い空でした。


 しかし竜が目を凝らすと雲の上の太陽に近い所に二頭の竜が飛んでいるのが見えました。


 彼らは竜の巣穴とは逆の方向に向かっていました。


 竜は変身せずに彼らを追いました、人が行き来する道での変身は危険だと判断したためです。


 竜は不便になったものだとしみじみ思いました。



 ――――――――――――――――――



 一山、二山と越えたところに街がありました。


 そこに先程空を飛んでいた二頭の竜が降りていくのが見えたので竜は彼らを探しました。


 少しの間、竜は探すついでに街を歩き回りました。


 信仰の場所がそこまであるわけでもなく、人が慌ただしく行き来していて忙しい印象を竜は受けました。


 そして竜は見つけました、一昔前の古びた洋館に竜と近い流れを感じました。


 竜が今いる道にはあまり人気が無いので、そのまま玄関の扉を開け中庭を通り洋館の中に入りました。


 洋館は妙に整頓され、外観からは到底予想のつかないほどの生活感がありました。


 竜は不自然に思いました、中庭から見た時は家の窓が割れ煉瓦が崩れていたりしていた所があったからです。

 

 竜は近くの家具に手をあてると微かに温かみがありました。


 竜は気付きました、これはただ作られたものでなく洋館に残った魂を使っているのだと。

 

 コツコツと音が聞こえて顔を上げると母娘がこちらに近づいてくるのが見えました。


 竜は彼女らから出る流れを見て彼女らが竜ではない別の生き物だと理解しました。


 竜は子どもを持ちません、正確には卵から生まれるのは自然のエネルギーが満ちたものだからです。


 だから竜に血統や遺伝子はなく、あるのは自然からのエネルギーだけでした。


 そのため、竜は自然の調和の神として畏敬されるべき存在として語り継がれていました。


 しかし竜の目の前にいた母娘はその逆の存在、つまり恐怖でした。


 竜は自身の中で何かが壊れていくのを感じました。


 それが徒労によるものだったのか、それとも失望によるものだったのか。


 もしかしたら自分が信仰していたと言っても過言でないものだったのかは定かではありません。


 良い証明である二人を見て竜は思わず涙が出ました。


 その涙には悔しさや辛さ、優しさはありません。


 滝、と表現できるほど自然に流れていました。


 母娘の娘が竜に近づいて摘んできたのであろうか一輪の花を渡しました。


 娘は竜がそれを手に取るとすぐさま母親の後ろに隠れてしまいました。

 

 竜はそれが彼女なりに慰めていることであること、そして彼女が渡した花に魔力が宿っていることも理解していました。


 竜はチラリと母親の方を見ました。


 彼女の目に光はありませんでした。


 先程飛んでいたのも周りの気配を感じ取れる同族なら可能だと竜は知っていました。


 この二人の存在は明らかに異質でした、恐怖で存在を保てる同族は今までにいなかったためです。


 竜は一度洋館を出て最後の力を使って空に飛びあがりました。


 人気が無いのも幸いし、竜の姿を見るものは誰もいませんでした。


 竜は垂直に飛び上がり雲を越えて、空が暗くなるところまで飛びました。


 竜がまだ神と呼ばれていたころ、竜はたまにここまで飛んで太陽の方をジッとにらみました。


 それは太陽も自分と同じ神として崇められていたことを知っていたからでした。


 自分や同族と違いあの丸い赤い球はいつもあそこにいるだけで神とされていることにいつも疑問を抱いていたことが多かったですが、


 同時に自分が太陽と同格の存在に満足していました。


 時が経った今再び相まみえると、その存在に竜は自分の浅はかさを実感しました。


 神とは絶対不変の存在、誰にも脅かされず干渉もされないものだと思い知りました。


 竜は身を翻し、再びあの洋館を目指しました。


 体が地球に近づくに連れて体の周りが熱くなっていくのを感じながら、


 一緒に体の奥底に溜まっていた重い垢が取れていくのが分かりました。

 

 洋館に降り立つ頃には竜の身体は予想以上に軽くなっていました。


 神の力はもう使えません、竜として変身することもできません。


 竜はただの一人の人間になりました。


 竜と言われた人間はその場で深呼吸をして、洋館の扉を開けました。


 中は外観と変わらず崩れていて、幽霊屋敷と言われても仕方のないものになっていました。


 開けた扉を閉じ、彼は静かに屋敷を離れました。


 そして人気のある通りに出て、人の多い道の中に混じりながら、


 自分が竜であったこと、一時だけだが自分が神であったこと、


 そして人としてやり直そうと考えたことを人の中に混じりながらゆっくりと消していった。

童話というジャンルを書くあたって一番悩んだのは「どうすれば童話と呼べるだろう」ということです。

連載作品は紆余曲折があって完結出来ますが、どうしたってそれは童話と呼ぶことは難しい。

短編は確かに童話として書くには最適だが、伝える言葉を短く紡いで端的に示すのは骨が折れる。

まあ要するに書きずらかったですね(笑)。

赤ずきんや桃太郎みたいに単純にこうこうああしてこうやってを思いつくのはあまりにも難しい。

実際人魚姫を書いた作者さんも苦悩だらけの人生を送っているようですし。

童話は恐らく作者自体の経験から来る真実、もしくは願いをバッドエンドでもハッピーエンドでもいいから伝えられる話なのではないかと半分ぐらい書いている時に考えてました。

何故ならこの作品はプロットの段階だと竜が絶望して洞窟に引きこもって終わりにする予定でしたが、納得がつかなかったかこんな結末になりました(笑)。

長々となりましたがこれで以上となります。ありがとうございました。

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