表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「背中に回した血塗れの手をあなたは知らない」 ~私立冥帝王学院高校 パーティーゲーム研究部の昼と夜~

「背中に回した血塗れの手をあなたは知らない」

  副題 『私立冥帝王学院高校 パーティーゲーム研究部の昼と夜』




第一部 武士(もののふ)達の白昼夢編


「では、会議を始める」

 私立(しりつ)冥帝王(めてお)学院(がくいん)高校パーティーゲーム研究部部長、仁天道万里夫(にんてんどうまりお)は高らかに宣言した。

「今日の議題は、来週の日曜に迫ったオカルト研究部との合同クリスマスパーティーについてだ」

 狭苦しい部室の中には、見るからにモテなさそうな4人の男がテーブルを囲んで座っている。皆、真剣な表情で万里夫を見つめていた。

「はい、部長!」

 部員の一人が手を挙げた。

「何だね、名婿くん」

「未だに信じられないんですけど、本当にあの部がうちと合コンなんてやってくれるんですか?」

「勘違いするな馬鹿者! 合コンではない、合同クリスマスパーティーだ! あくまで部活動の一環としての公式行事だぞ!」

「は、はい! ごめんなさい!」

 一年生の名婿伯男(なむこぱくお)は慌てて手を引っ込めた。


 冥帝王学院高校では、部活動の活性化と生徒間の交流を促進するためクリスマスパーティー特別予算というものが認められている。パーティーの実施については各部の裁量に任されており、特に決まりがある訳ではないが恒例として複数の部が合同で行うことが多い。

 当然、人気のある部にはオファーも多く、そうでない部はいつもと変わらぬメンバーと共に寂しい一日を過ごすことになる。

 そしてパーティーゲーム研究部というまるでこの日の為に作られたようなこの部は、その活動内容とは裏腹に冴えない部員達のせいでまるで人気が無く、長年にわたって他の部から無視され続けていた。

 部員達は、数年ぶりに訪れたこの大きな機会に、部の名誉と己の煩悩をかけて全力でぶち当たろうとしているのだった。


「まあいい、疑いたくなるのも当然だ。何しろ相手はあのオカ研、校内屈指のかわい子ちゃんが集う超絶美少女集団だからな。ちょっと変わってるけど。すごく変わってるけど」

 うんうん、と部員達が頷く。

「何を隠そう、この企画が実現に至ったのも全てはこの小波副部長の尽力の賜物だ。みんな、拍手!」

 パチパチ……と人数相応のささやかな拍手に迎えられて、副部長の小波時芽萌(こなみときめも)が立ち上がった。

「えー、本日はお日柄も良く」

「前置きはいいから」

「あ、そお? じゃあ」

 オホンと咳払いを一つ。

「まあ要するにだ。知っての通り、俺とオカ研部長の銀河遊穂(ぎんがゆうほ)はクラスが一緒だ。あちらも折角のクリスマスに男っ気がないのは寂しいということで他の部にあちこち声をかけたらしいけど、軒並み全部断られたそうなんだな。『仕方がないからあなたのとこで我慢してあげるわ』と言われた」

「先輩はその美少女部長さんに、そんな屈辱的なことを言われたんですか?」

 と、再び名婿。

「そうだ。『この私達があなた方のような底辺部に付き合ってあげるのよ。有難く思いなさい』とまで言われた」

「面と向かってですか」

「面と向かってだ」

「蔑むようにですか?」

「そうだ、蔑むようにだ」

「羨ましい……」

 ほう、と溜息をつく。その横顔を複雑な表情で見守る部員達であった。

「まあそのなんだ。実に無礼な言い草だが、後がないのはお互い様だ。だから心配するな、これは確実な話だ」

「「おおー」」 と歓声が上がる。

 超絶美少女集団がどうしてそんなに断られたのか、とツッ込む者はない。その理由なら一年生の名婿を除く全員がよく知っている。

 超絶美少女集団とは表向きの呼び名。裏では超極悪魔女軍団と囁かれる彼女達であるが、その活動実態は闇のベールに包まれている。実際に被害にあったとされる者は数多くいるのだが、それらの者達は皆一様に口を(つぐ)み、得体の知れない噂だけが校内を駆け巡っていた。

 無論、パーティーゲーム部の面々もこの噂を耳にしない訳がない。

 出来るものなら自分達だってあんな連中に関わりたくはない。だが今ここにいる我々、特に3年生にとってはこれが女子と楽しく交流できる最後のチャンスなのだ。

 例え得体の知れない薬物を鼻から注ぎ込まれようとも、悪魔召喚の贄とされようとも、このイベントだけは絶対に成功させなければならないのだ。

「そこでだ!」

 と、再び万里夫。

「我がパゲ研としては、彼女らが気に入ってくれるようなオリジナルゲームを用意したい。いいか分かってるな、あいつらが用意してくるはずの怪しげな儀式よりも楽しいやつをだぞ」

 ごくり……、と部員達が息をのむ。

「はい!」

 真っ先に手を挙げたのは、2年の泰東印兵太(たいとういんべいた)だ。

「では僕が先日作った『人生山あり谷ありゲーム』を」「却下だ!」

 万里夫が即座に斬り捨てる。

「どうしてですか!」

「当たり前だろ、あんなクソゲー。あれの一体どこが山あり谷ありなんだよ。最初から最後まで借金まみれのどん底続きで、全員が鬱で不登校になりかけたじゃないか。しかも終わるまで三日掛かりって、ありえねーよ!」

「そうだそうだ!」「あんなのさっさと捨てちまえ!」「少しは反省しろ!」

 他の部員達も大声で騒ぎ出した。

「でも、三日掛かりなら必然的にお泊り会になるじゃないですか」

「「むっ!」」

 全員が動きを止める。

「い、いや駄目だ。学校の許可が下りない」

「ちぇっ」

 印兵太は渋々と引き下がった。

「という訳で、俺が一つ小道具を用意した。これだ」

 そう言いながら万里夫が取り出したのは、マネキン人形の手首だった。しかも……。

「な、何ですかこれ。気色悪い」

 赤い絵の具を塗りたくられた、血塗れの右手だった。

「皆でこれを使ったゲームを考えて欲しい」

 うーん、と部員達が腕を組んで唸る。確かにこれはあのキ〇ガイもとい美少女達にはウケそうだが、果たしてこれをどうゲームに活用すればいいのか。

「はい!」

「はい、名婿くん」

「この手首をテーブルに置いてですね」

「ふむふむ」

「エイッ、と回します。クルクル回って止まった時に手首くんに指された人が負けです」

「で?」

「終わりです」

「それって面白いか?」

「面白くないですか?」

「あー……。誰か他にないのかあ? ほらサタン、悪魔と書いてサタン。お前、一番オカルトっぽい名前なんだから、何か言ってみろ」

「えー、俺っすかあー」

 印兵太と同じ2年の瀬賀悪魔(せがさたん)だ。

「んじゃあー。オカルトっつーかー、ホラーっぽいのはどうっすかー。この手首に襲われるーみたいなー」

「おっ、いいじゃん。も少し具体的に」

「えーっとー。みんなで丸くなってー。誰かの背中んとこに手首を置くんすよー。そんでー、それに気づかないとこいつに襲われるっつーかー」

「なるほど、面白そうだな。で、誰がそれを置くんだ?」

「んーっ……」

 悪魔はそこで首を捻ってしまう。

「じゃあ、ゲームマスター的なのが一人いればいいんじゃないかな」

 と、横から小波。

「おー、ゲーマスか。でもそいつだけ仲間外れみたいで可哀そうじゃないか?」

「じゃあ交代で」「そうだな」「どのタイミングで?」「勝ち負けはどうやって決めるの?」

 他の者も加わり、次第に議論が熱を帯びてくる。

 まず楽しくなくては……。ルールは明確で分かり易く……。オカルト色が足りないのでは?……。

 喧々諤々。元々こういう事を考えるのは大好きな連中なのだ。

「じゃあこういうのはどうだ? まず、ゲーマスを呪者と名付ける。他のメンバーは村人だ。呪者は生贄を求めて村の周りをうろうろと歩き回るんだ」

「オドロオドロしい感じがいいっすね」

「そして、生贄と決めた者の背後に手首を置く。村人は前を向いたまま、呪者が自分の後ろを通り過ぎるまで振り返ってはいけない。その顔を見た者には呪いがかかってしまうのだ」

「ふむふむ」「呪いとか、オカルトっぽいな」

 乗ってきた万里夫が一気にまくし立てる。

「村人は呪者が通ったら自分の後ろを確認することができる。そしてそこに手首を見つけたらそれを取って呪者を追いかける。呪者は捕まらないように逃げてそのまま村を一周できたら呪いは成立だ。その前に村人が追い付いて呪者にタッチできたら呪いは不成立。村人は生き延びることができ呪者はまた別の生贄を探さなければならない。逃げ切られてしまったら村人は呪いを受けて地獄に落ち新たな呪者となって次なる生贄を求める旅に出る。つまりここで呪者交代だ。これでどう…」

「「タッチだと!」」

 万里夫が言い終わらないうちに、部員達が一斉に立ち上がった。

「ちょっと待て、タッチとはあれか! 女の子の体に触るってことか!」

「そんなことしていいのか!」

「されてもいいんですか!」

 部員たちはゲームの内容よりも、タッチという単語に色めき立った。

「いいに決まってるだろ、ルールなんだから!」

「そうだそうだ!」

「やむを得ないことだ」

「いよっしゃあ!」

 大盛り上がりの部員達を見て、万里夫は心を決めた。

「よし、ではこれで行こう! ゲームタイトルは『背中に回した血塗れの手をあなたは知らない』でどうだ!」

「サイコー!」

「すげえ、完璧っすよ!」

「これは盛り上がるぞ!」

「楽しそうですよね! ハンカチ落としみたいで!」


 その瞬間、部員達がピタリと動きを止めた。

「あ、あれ? みんなどうしたんですか?」

 戸惑う名婿に向かって、万里夫は静かな声で語りかけた。

「お前いま、なんて言った?」

「えっ? ハンカチ落としって」

「違うだろ。俺はタイトルは『背中に回した血塗れの手をあなたは知らない』だって言ったよな」

「え、でも内容はまんまハンカチ落としですよね」

「は? 変なこと言うなよ、ハンカチなんてどこにあるんだ? それともお前、俺が他のゲームをパクったとでも言いたいのか?」

「い、いや、パクっただなんてそんな。でもアイテムが違うだけでこれは」

「うるせえっ! 俺が『背中に回した血塗れの手をあなたは知らない』だって言ったら『背中に回した血塗れの手をあなたは知らない』なんだよ! チンコも剥けてない童貞は黙ってろ!」

「ええっ! 部長は童貞じゃなかったんですか!」

「童貞だよ! 童貞で悪かったなちくしょう馬鹿にしやがって! うわあーーん!!」

「ええー……」

 いきなり泣き出した万里夫に、思わずドン引きの名婿である。


「名婿、名婿……」

 見かねた小波が名婿の袖を引っ張り、耳打ちする。

「こいつは以前、ネットに上げた自作のゲームをパクリだって叩かれて大炎上したことがあるんだ。それがトラウマになって、未だにパクリとか真似とか言われると理性を保てなくなるんだよ」

「うわー、めんどくさいですねー。じゃあどうすればいいんですか、これ」

「俺にまかせろ」

 小波はそう言うと、「パクリじゃないもん、パクリじゃないもん…」と床に蹲って泣きじゃくる万里夫の肩に、ポンと手を置いた。

「なあ万里夫、俺は思うんだが」

「んふぁ?」

「才能というものは、人々に理解されるまでには時間がかかるものなんじゃないかな。俺はお前の才能を確かなものだと信じているし、それに凡人には分からなくても見る人が見ればお前の才能はすぐに見抜けるはずだ。

 そしてオカ研の部員達は、ただのかわい子ちゃんじゃない。いずれも学年上位に名を連ねる才女揃いだ。だからきっと、このゲームの素晴らしさも理解してくれると思うぞ」

「じゃあ……、これでいいの?」

「いいともさ」

「ほんと?」

「本当さ」


「ふっ」

 万里夫は再び立ち上がると、グイッと涙を拭いて声を張った。

「では皆の者、決戦だ!」

「「お、おお~~……」」

 微妙に力の入らない鬨の声であった。



第二部 ワルプルギスの聖夜編


 そして、決戦の日曜日は来た。

「…というルールだ。どうだ、我がパーティーゲーム研究部が叡智の限りを尽くして編み出した、世界のどこにもない究極のオカルトゲームだぞ。血塗れの生手首に背後から襲われる恐怖を、とくと味わえ!」

 得意満面ドヤ顔で胸を張る万里夫の前では、オカルト研究部部長の銀河遊穂が、奈落の深淵のごとき漆黒を湛える液体が入った大鍋を、お玉でゆっくりと掻き回している。

 講堂の中にいるのは、パゲ研とオカ研の二つの部の部員、総勢10人だけ。

 本来なら広い講堂はいくつかの部が共同で使うはずなのだが、遊穂が言うには「邪魔が入らないように結界を張っておいたわ」だそうで、その言葉通り他には誰もいない。

 だが万里夫はその結界の正体を知っている。何のことはない、講堂の入り口に『オカルト研究部使用中』という張り紙をしただけなのだ。ただそれだけで、他の生徒たちは一斉に逃げ出した。

 オカルト研究部とはそれほどまでに恐れられている存在なのであった。

「んー……」

 遊穂はお玉を動かす手を止め、少し考えてから言い放った。

「仁天道くん、それってハンカチ落としだよね」

「ぐっっ!」

 このクソ魔女め、言ってはならないことをこうもあっさりと……。

「ま、まあ少しは似ているかもな。でもハンカチなんか使わないしそれに」

「別にいいわよ、ハンカチ落としも楽しいし」

「だからハンカチ落としではないと!」

 あくまでそこに拘る万里夫である。

「でもそれだけじゃイマイチだから、少しだけアレンジしていい?」

「アレンジ? ま、まあいいけど」

 こっ、こいつめ! 我が部の汗と涙の結晶をイマイチだと?!

 涙を流したのは自分一人だけだということは脇に置いて悔しそうに歯噛みする万里夫を余所に、遊穂は他のオカ研部員に声をかけた。

「晴魅、さーちゃん。ちょっと来て」

 呼ばれたのは、3年の阿部晴魅(あべはるみ)と2年の一輪貞子(いちのわさだこ)の二人だ。

 二人は遊穂に何事かを耳打ちされると、「「はーい!」」と明るく答えてその場を離れた。

 そして貞子は講堂を出て何処かへと去って行き、晴魅は講堂の真ん中に這いつくばって、床にサインペンで何かを描き始めた。


「お、おい何をする気だ? 講堂にあんな落書きして大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。キャリーちゃん、萌泉。体調はどう?」

「オーケーデース」

「はい、ばっちりです」

 一年で転校生のキャリー・ホワイトと、同じく一年生の矢羽上萌泉(やはうえもぜ)。体調とは、どこか具合でも悪いのだろうか。

 その間にも晴魅は真剣な表情で床に何やら怪しげな紋様らしきものを描き続け、程なくしてふうと息をつきながら立ち上がったのと時を同じくして、貞子が戻ってきた。


「なんだ、あれ…」

 呆気に取られるパゲ研部員の前に広がっているのは、講堂のど真ん中にサインペンで描かれた奇怪な魔法陣。そして貞子に首を掴まれクェーッ!クェーッ!と耳障りな悲鳴を上げているのは、学校で飼っている一羽の鶏だった。

 そして貞子はそのまま魔法陣の中に立つと、手にしたナイフで鶏の首を一気に掻き切った。

「グェーッ!」「「キャーッ!」」

 鶏の断末魔とパゲ研部員の悲鳴が重なる。

 だが貞子はそんなことはお構いなしに、切り取った鶏の頭を魔法陣の真ん中に置き、胴体の方から溢れ出す生き血をバシャバシャと魔法陣の上に撒き散らした。

「!!……」

 男達はもはや声も出ない。

 そして貞子は陣から出ると、フンフンと鼻歌を歌いながら鶏の羽をブチブチと千切り、裸になったその肉を遊穂がずっとかき混ぜている大鍋の中にポイと投げ入れた。

「うふふ、いいお出汁が取れそう」

 そりゃそうかも知れないが!


 キャリーが魔法陣の縁に沿うように蝋燭を立て行き、萌泉はそこに火を点す。

 その間に晴魅と貞子は、遊穂から鍋の中身を注いだスープカップを受け取り、ワイングラスと共に陣の周りに並べた。

「さっ、準備が出来たわ。皆さんお座りになって」

 にこやかに微笑む遊穂。だがパゲ研部員の男達は顔を引きつらせたまま、身動き一つ出来ない。

「ドウしたデスかー? ハヤくすわっテクダさーい」

 キャリーがそう言いながら小波時芽萌の手を掴む。

「ひいっっ!」

 小波は思わず悲鳴を上げてその手を振り払った。

「えっ……」

 戸惑いながら手を引っ込めるキャリー。その仕草は、ごく普通の女の子のものだ。

 だが……。


「あっ!」「馬鹿っ!」

 オカ研の女子達は一斉に顔色を変えた。

「アナタ…、ワタシのことがキライですカ……」

 地の底から響いてくるような暗い声。そして、その声と同時に講堂の床がグラグラと揺れ始めた。

「地震?」

 小波は思わず周りをキョロキョロと見回す。その腕を、駆け寄った遊穂が強く掴んだ。

「ちょっと小波くん、何してくれてんのよ。キャリーちゃんを泣かす気?」

「え? いやだって……」

 遊穂は小波の耳元に口を寄せると、口早に囁いた。

「キャリーちゃんはね、前の学校でイジメにあって、それでトラブルを起こしてウチに転校してきたの。だから人に嫌われるとか、そういうことにとても敏感なのよ。このままだと私達全員、講堂の下敷きになってお終いよ。ボーッとしてないで早くなんとかしなさい」

 まさか! この子が地震を引き起こしているというのか!

 小波は慌ててキャリーの手を取ると、にこやかで引きつった笑いを投げかけた。

「ごっ、ごめんね。女の子にいきなり手を握られたから、びっくりしちゃっただけなんだ。君みたいな可愛い子を嫌いだなんて、そんなことあるわけないじゃないか。あは、あははは…」

 キャリーはそんな小波の顔を上目づかいに見つめると、おずおずと口を開いた。

「じゃあ……、アナタ……ワタシのコト、キライじゃないですカ?」

「も、もちろんさ。もしも君とお友達になれるなら、こんな嬉しいことはないよ」

 これは嘘ではない。小波の人生において、こんなに可愛い女の子とお近づきになれたことなど一度もないのだ。

 むしろこちらからお願いしたいくらいだ。

「ワタシもウレしい……」

 目を潤ませて見つめてくる。ああ、本当に可愛いなあ。手もちっちゃいし、柔らかいし。

 そういえば、いつの間にか揺れも収まっている。これでいいなら、ずっとこうしていようかなあ。

「じゃあ、ワタシとケイヤクしてくれまスか?」

「は?」

 ケイヤクって……。契約?!

 小波は、社会においてはごく身近でありながら学生にとってはちっとも身近でないその用語の持つ不気味な違和感に戸惑い、救いを求めるように周りを見回した。

 だがそこに見たのは、殺気を帯びた目で小波を睨み付けてくるオカ研の美少女達と、それとは逆に小波から目をそらそうとしているパゲ研の男達の姿だった。

 お前ら、俺を売る気か……。

「ダメですカ?」

 ううっ、この瞳には逆らえない。

「じゃ、じゃあ。もう少しお互いをよく知ってから、可及的すみやかに実現できる可能性もなきにしにあらずという前向きな姿勢で検討させていただけたらいいかも知れない気がするとかしないとか」

「ウレシいっ!」

 キャリーが抱きついてくる。

 うわっ、いい匂い! それに柔らかくて、あったかくて……。て、この胸に押し付けられているボリューム満点の弾力の塊はもしかして! まだ高一だというのに、さすがアメリカン!

 こ、このまま契約しちゃってもいいかな……。

 などと呆けている小波の横顔を、4人の魔女達は冷たい笑みとともに見つめるのだった。


「はいはい、ではそろそろ始めましょうか。皆さん早く座って下さいな」

 パゲ研の面々はそれぞれオカ研の女の子達に手を引かれ、魔法陣を取り囲むように座らされた。

 万里夫も遊穂と並んで床に腰を下ろす。気が付けば、5組のカップルが出来上がっていた。

 普通なら夢のような状況であるはずなのだが、目の前に広がる舞台装置がどちらかというと悪夢であると告げている。

「じゃあまずは乾杯といきましょうか。皆さんグラスを持って」

 目の前に置かれたワイングラスの中には、得体の知れないドロリとした赤い液体。パゲ研部員はその見た目だけで手を伸ばす気にはなれなかった。

「どうしたの? 心配しなくてもただのトマトジュースよ。雰囲気よ雰囲気」

 遊穂にグラスを手渡され、なんだトマトジュースかとホッと息を吐く万里夫の耳には、彼女の呟きは届かない。

 -隠し味は入っているけどね-

「では」

 遊穂が立ち上がる。

「今日の良き日にこのような素晴らしいパーティーを開催できたことを、大変嬉しく思います。私達の申し出を快くお受け下さったパーティーゲーム研究部の方々には心からの感謝を。では皆さん、楽しいクリスマスにしましょう! 乾杯!」

「「乾杯!」」

 明るく言い放つ遊穂の声に、パゲ研の面々はそれまでの緊張を忘れて一気にグラスを飲み干した。

「ふう」

 息をつきグラスを床に置くと、何やら胃のあたりがジワジワと熱くなってきた。一瞬ギクリとしたが、不快な感覚ではない。

「おい銀河、まさかこれ酒なんか入ってないよな」

「まさか、そんなもの入っているわけないじゃない」

 -入っているのは別の物よ、ふふ……-

 暫くすると体中が心地よい暖かさに包まれ、まるで温泉に入っているような気分になってきた。つい先程まで心を蝕んでいた恐怖感もすっかり消え、周りの景色まで違ったものに見えてくる。


「はい、あーん」

 正面では、矢羽上萌泉が瀬賀悪魔にカップの中身を食べさせようとしている。瀬賀は名状し難い異臭を放つその液体を、何の抵抗も示さずに口に入れた。

「万里夫くんも食べて?」

 遊穂が、蕩けそうな笑顔と共にスプーンを差し出してくる。

 それにいつの間にか呼び名が万里夫くんになっているし。まあいいけど。

 おや、改めて嗅いでみるとそんなに嫌な香りじゃないな。せっかくだから一口食べてみようか。パクッ……。

「んんっ?」

「どお? 美味しい?」

「うん」

 見た目とは裏腹に、予想外の旨さだった。

「ほんとう? 嬉しい! もっと食べて食べて!」

 いや、見た目だってそんなに悪くない。むしろ物凄く旨そうに見えてきた。それに香りも、味も……、ああ癖になってしまいそうだ。

 少女達が見守る中、パゲ研部員の男達は恍惚の表情でカップの中身をきれいに平らげてしまった。

 遊穂はその様子を満足げに見届けると、静かに立ち上がった。


「それではゲームを始めましょう。パーティーゲーム研究部の皆さんが心血を注いで考えて下さった、素晴らしいゲームを。

 良かったわ。自らが定めたルールに沿って進めれば、魂に拒絶される心配もなさそう。とっても好都合だわ」

 遊穂の言葉は男達の耳には届いているが、その心は既に夢の中だ。

「皆さん、お願いします」

「「はい」」

 少女達は立ち上がって陣の中に入ると、血塗れの床の上に膝を付き、手を合わせ祈るように頭を垂れた。

 遊穂はマネキンの手首を手に陣の外側に立つ。その手首には火の灯った蝋燭が持たされていた。

「****……、**……、***…」

 男達の背後をゆっくりと巡る遊穂の口から、囁くような声が漏れる。

 暗闇の中に響き渡るそれは呪文……、それとも歌であろうか……。 

 その声は深く、言葉の意味も分からない。それがこの世界からは既に失われているはずの、古代魔法帝国で使われていた言語であることなど、桃源郷を彷徨う万里夫達には知る由もなかった。



エピローグ ~誰も知らない知られちゃいけない~


 そこから先の記憶は定かではない。

 翌朝、いつものように目覚めいつものように朝の支度を終えて学校へと向かう道すがら、ふと、そういえば昨日はどうしたんだっけと頭に浮かんだりはするものの、思い出そうとしてもただ楽しかったというぼんやりしとた記憶しか引き出すことが出来ず、具体的に何をしていたのかはさっばりだ。でもまあ、楽しかったのなら別にいいか。

 学校ではクラスメイトが魔女に何かされなかったかとやたら心配してくるが、そんなのは余計なお世話だ。その後の生活だって特に変わった事もない。


 でもまあ強いて言えば、知らないうちに肩のあたりに変な紋章のような痣が出来ていたことと、

 あと時折、

「ん?」

「どしたんすか、部長」

「ああ、なんか呼ばれたような気がして」

「そっすか。じゃあ行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくる」

 と、ごく普通に見送る部員達に手を振りながら部室を出て、なんとなく購買部の自販機へと向かい、

「今日はこれか」

 と、意味もなくイチゴミルクを買って何の気なしにオカ研の部室へ足を運ぶと、そこには、

「あっ、万里夫くんありがとう。ごめんね、急に飲みたくなっちゃって」

 と、当たり前のようにパックを受け取る銀河遊穂がいて、

「また何かあったら呼ぶね。じゃあねバイバイ、愛してるよ万里夫くん」

「よせよ。またな」

 なんてやり取りをするようになったことくらいかな。

 え? 二人は付き合ってるのかって? まさか、遊穂様を相手にそんな恐れ多いことなんか出来る訳が……。

 って、あれ? 俺っていつからあいつのことを遊穂様なんて呼ぶようになったんだっけ。

 それに何でイチゴミルクなんか買ったんだろう。はてな……。


 ま、いっか!




パーティーゲーム研究部

仁天道万里夫(にんてんどうまりお) ←ニンテンドー マリオ

名婿伯男(なむこはくお) ←ナムコ パックマン

小波時芽萌(こなみトキメモ) ←コナミ ときめきメモリアル

泰東印兵太(たいとういんべいた) ←タイトー インベーダー

瀬賀悪魔(せがさたん) ←セガ サターン

泰斗印兵衛(たいといんべえ) ←ワイ杯に登場したこいつは泰東と同一人物です。改変し忘れという大失態!


オカルト研究部

銀河遊穂(ぎんがゆうほ) ←銀河 UFO

一輪貞子(いちのわさだこ) ←リング 貞子

阿部晴魅(あべはるみ) ←阿部晴明

キャリー・ホワイト ←映画「キャリー」の主人公

矢羽上萌泉(やはうえもぜ) ←ヤハウェ モーゼ


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ